魔力ゼロの賢者
アシュレイ公爵家の広大な謁見の間。そこには、冷酷な眼差しを向ける父と、勝ち誇った笑みを浮かべる異母妹がいた。
「リーゼ・フォン・アシュレイ。魔力測定の結果は『零』。我が公爵家の歴史に、これほどの泥を塗った無能はいない」
父の冷たい声が響く。リーゼの足元には、先ほど叩きつけられた「勘当届」が転がっていた。
前世で化学エンジニアだった彼女にとって、この世界の「魔法」はあまりに非効率で、非科学的なオカルトに過ぎなかった。
(……やれやれ。h(プランク定数)も知らない連中に『無能』呼ばわりされるなんてね)
リーゼは心の中で溜息をつく。追放は、彼女にとってむしろ好都合だった。この家には、実験器具も薬品も足りなすぎる。
「お姉様、可哀想に。魔法も使えないなんて、平民以下の家畜と同じですわね」
義妹が魔法で小さな火の粉を飛ばし、リーゼのスカートの裾を焦がす。周囲の家臣たちがクスクスと笑い声を漏らした。
「……そう。それがあなたの『最高火力』なのね」
リーゼは静かに立ち上がった。煤けたスカートを払い、真っ直ぐに義妹を見据える。
「何を……?」
「効率が悪すぎて、見ていて鳥肌が立つのよ。せっかくだから、餞別に『本物の燃焼』を教えてあげるわ」
リーゼは懐から、自作の小さなボトルを取り出した。中には微細なアルミ粉末と酸化鉄が入っている。
「それは何ですの? そんなゴミを……」
「ゴミじゃないわ。『テルミット反応』よ。――下がってなさい、お父様」
リーゼは魔法陣も詠唱も使わない。ただ、ボトルを床に置き、導火線代わりのマグネシウムリボンに火をつけた。
――キィィィィィィィィン!!
次の瞬間、公爵家の頑丈な石床が、太陽のような白い閃光と共にドロドロに溶け落ちた。
3000℃を超える超高温。魔法防護壁すら無意味な「純粋な化学反応」が、謁見の間を真っ赤な熱気で支配する。
「な、なんだこれは!? どんな大規模魔法だ!」
「魔法じゃないわ。ただの還元反応。……さようなら、お父様。この穴、修理代は高くつくわよ」
唖然とする家族を背に、リーゼは意気揚々と公爵邸を後にした。
門の外。そこには、一台の馬車と、一人の少年が立っていた。
「……今の熱源反応は何ですか。公爵邸の結界に穴が開くなんて、理論上ありえません」
呆然と屋敷を見上げる少年――王立魔術研究所の最年少主任、ノア・ルミエールだった。
彼はリーゼが手にした空のボトルを凝視し、震える声で続けた。
「あなた……一体何者なんですか?」
「ただの『無能』よ、後輩くん。……あ、ちょうどいいわ。駅まで乗せていってくれる?」
これが、後に「科学の賢者」と呼ばれる令嬢と、彼女に心酔する「天才魔術師」との、運命の出会いだった。




