湖上の花火
僕は湖畔の幽霊
美術館裏の芝生の広場から毎日湖を眺めている。
今日は湖上祭だ。
この町では毎年夏になると、湖から花火を打ち上げる。
いつもの僕は昼間の湖を眺めているけど、今日は夜の湖を眺めていた。
夜の湖は意外にいろいろな音で満ちている。
海のような波のさざめきのようなものもないが、代わりに鈴虫の鳴き声と葦の擦れ合う音が、品の良く聞こえる。
今日はいつもの音に加えて、花火の見物客がいたるところにいるので大変にぎやかだ。
人が一番集まっているのは、僕のいる広場の対岸だけれど、ここの広場からも花火が見られるので多くの見物人がいる。
家族の連れの一団、友人と固まっている学生、犬と一緒に静かに座っている中年の男性、広場を見渡すといろいろな人たちが集まってきている。みんな花火を楽しみにしているようだ。
花火の見物客の中には、焼きそばやたこ焼きを持っている人もいる。
近くに屋台が出ているのだろうか。いいなあ、僕も食べたい。
僕の地元にもこういったお祭りがあった。
八朔祭りと言って、毎年9月1日に豊作をお祝いするお祭りだ。
出店だけでなく、神輿や屋台囃子、大名行列のようなイベントも行われた。
土日平日関係なしに行われるので、学校が終わるとお祭りに行くメンバー集めが始まる。
彼氏・彼女がいる場合は、クラスメイで過ごす時間と、カップで過ごす時間を調整していたりした。
中学生の時は、この八朔祭りにカップルで行くことで、クラス公認のカップルとなるような空気もあり、八朔祭りにカップルで行くというのはなかなか勇気がいることだった。
僕は色気より食い気だったから、出店を片っ端から回って気になった出店フードを買っていた。
僕のお気に入りはシャーピンだった。大きな餃子のようなその食べ物は、お祭り以外では見かけることがなかったので、お祭りがあるたびに売っている出店を探して回った。
今日の湖上祭でもシャーピンは売っているのだろうか。
広場の周りを少しきょろきょろとした。
幽霊なのに相変わらずの食い気で、やれやれという気持ちだ。
屋台フードのことを考えていたら町内放送が入った。
どうやらもう少しで花火が始まるらしい。
広場の見物客も芝生の上に座って湖の上空を見上げている。
僕もいつものように湖の方に目線を戻した。
カウントダウンが始まった。
3.2.1…カウントが終わると暗い湖の中から、空気を割くような音が聞こえる。
そのすぐに後に、ピンク色の大きな花弁が黒い夜空を彩り大きな音が聞こえた。
見物客がおお!やきゃー!といった歓声を上げる。
続けて青色、黄色と大きな花弁が花開いた。
僕は湖の方を向きながら、打ちあがる花火の色とその爆音、歓声を浴び続けた。
ふと、視界に入った右の方にいる見物人が気になり、そちらを一瞥する。
その見物人の手にはシャーピンが握られていた。
僕はしばらく、その人の右手をじっと眺めていた。
5、6発の爆発音の後、再び湖の方へ目線を戻す。
僕は湖畔の幽霊。
美術館裏の芝生の広場から、花火を眺めている。




