3 わたくし、遊んでいるんじゃありません!
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まったく、国の手続きっていちいち書類なのよ、本当に面倒くさいわ!
わたくしは申請書の記入をテイラーに押し付けて、宝物庫に向かう。テイラーもわたくしに申請書を書かせると誤字脱字のオンパレードでろくなことにならないとわかっているから、文句を言いつつ引き受けてくれたわ。
宝物庫に到着するとわたくしはさっそく、オリヴィア様のためのアクセサリー選びに取り掛かったのだけど――
「ティアナ」
十五分くらい経った頃、宝物庫にアラン様がやって来た。
手鏡を持ったまま振り返ると、アラン様が頭の痛そうな顔をしている。
「アラン様、どうしたんですか? あ! 指輪か何かお探しです? 男性物はあっちですよ」
「違う! そもそも私は指輪をつける趣味はない!」
それもそうね。アラン様は剣術が大好きで、息抜きによく鍛錬しているもの。指輪があったら邪魔よね。
「じゃあなんですか? わたくし、今とっても忙しいから邪魔しないでほしいんですけど」
「忙しい? 遊んでいるの間違いだろう。扉番に泣きつかれたぞ!」
どうやら、アラン様はたまたま宝物庫の前を通りかかった時、扉番からわたくしを何とかしてほしいと嘆願を受けたらしい。
……ちょっと、どういうことよ! わたくしは重要な任務でここにいるのよ⁉
ムッとして宝物庫の入り口を睨むと、こそこそとこちらを伺っていた扉番二人がぱっと顔を反らす。
「わたくし、来月のパーティーとお茶会のためにオリヴィア様のアクセサリーを見立てている最中なんです!」
「オリヴィアのアクセサリーを見立てるのにお前はいちいち自分が身に着けるのか?」
「そうですよ? その方がわかりやすいじゃないですか。ほら、見てくださいこのルビーのイヤリング! 石が大きくてちょっと重たいのが難点ですけど、こんな綺麗なルビーはなかなかないですよ! 似合うでしょう?」
わたくしは両耳に付けたルビーのイヤリングをアラン様に自慢した。だって、本当に素敵なルビーなのよ! 金でできたイヤリングに、涙型の大粒の、鮮やかな濃い赤色をしたルビーがキラキラと輝く。
わたくしも伯爵令嬢だった時にいくつかのルビーを持っていたけど、こんなに綺麗な色のルビーははじめてよ。
「オリヴィアはルビーはあまり身に付けないぞ」
「そうなんですか?」
さすがは元婚約者。よく知っている。
「ああ。母上がルビーを好んで身に着けることが多かったから、気を使ってあまり使わないようにしていたはずだ。……そなたは、暖色系の宝石が好きだったようだが」
わたくしは思わず目をぱちくりとさせた。
アラン様ってば、ほんの短い間に婚約関係にあったわたくしが好む宝石を知っていたのね。
……アラン様って、見ていないようでこういうところはよく見ている方なのよねえ。
わたくしとの婚約は、アラン様がオリヴィア様を愚者と認識して、オリヴィア様との婚約を破棄するために整えられたものだった。
わたくしはアラン様が好きだったけど、アラン様は特別わたくしが好きだったわけではないと思う。ただ、消去法でわたくしが選ばれただけ。お父様がわたくしの評判を盛りに盛っていたから、それに騙されちゃったのよねぇ。
わたくしも、あの頃はお父様から散々褒められて、自分が天才なんだって思っていた。思い込んでいたのよねえ。だけど蓋を開ければびっくりよ。
そんなわたくしの趣味なんて、アラン様は興味なんてないと思っていたんだけど、短い間でもちゃんと見ていてくれたんだなって思うと、不覚にもときめいちゃうじゃない。やめてほしいわ、アラン様への想いなんてもうとっくに昇華したはずなんだから。
「今度のお茶会は、王妃様は妊娠中だから参加されないらしいですよ。だからオリヴィア様がルビーを身に着けてもいいと思います」
「まあそうだろうが……」
アラン様はちらりとルビーが置かれていた場所の札を確認する。
「ああ、やはりな。イザドーラ王女のピジョンブラッド。これはやめておけ」
「何でですか?」
「このルビーを王女が手にした時のいわくが、フィラルーシュ国から嫁いでくる侯爵令嬢を歓迎する場にふさわしくない」
「曰く? え? いわくつきの宝石はあっちの奥の部屋に別に納められているじゃないですか」
「あの奥の部屋は特に問題視されているものだけだ。多少のいわくつきの宝石なら普通に納められている。……そなたはオリヴィアから宝物庫の管理代行も任されているのだろう? それならきちんと知っておいた方がい。まあそなたが間違えて選んだとしても、オリヴィアが気づくとは思うが」
「……ちなみに、このルビーのいわくってなんですか?」
「それはな、四代前のイザドーラ王女が、他国から嫁いで来た令嬢から奪い取った宝石で作られたイヤリングだ。奪い取られた令嬢は、それが理由かどうかは定かではないが離縁して国に帰っている。その宝石は、その令嬢の祖母の形見だったそうだ」
わたくしはちょっとホッとした。いわくつき、なんて言うから呪われた宝石とかお化けがらみとかかと思ったけど、意外と普通だった。
「他国から嫁いでくる侯爵令嬢の歓迎の茶会に、ふさわしくないだろう?」
「確かにそうですね。でも、アラン様はよくご存じでしたね、そんな話」
「ああ。そのイヤリングは、母上が気に入らない他国の来賓を相手にする際によく身に付けていたから覚えていたんだ。何気なくそのイヤリングが気に入っているのかと訊ねた時に、とっとと追い返したいからそれを身に着けていると言っていた」
……さすがはバーバラ王妃様だわ。
優雅に扇を広げて高笑いする様が目に浮かぶようよ。あの方、嫌いな相手には容赦ないから。
わたくしは仕方なくルビーのイヤリングを外すと棚に戻す。
「それからティアナ。私は女性の茶会に詳しいわけではないが、今回はフィラルーシュの侯爵令嬢が主役だろう? あまり派手なものは控えておいた方がいいんじゃないのか」
「何を言っているんですかアラン様! 派手なのがいいんです! 目立ってなんぼ! 初対面の時に序列というものを認識させて牽制しておかないといけないんですよっ!」
「……女性の茶会とはそこまでぎすぎすしているものだったか?」
「していますよ! みんなお腹の中は真っ黒です! いかに相手を蹴落とすかばっかり考えていると言っても過言ではありません! オリヴィア様が舐められたら大事ですよっ! 侍女であるわたくしまで舐められるじゃないですか! わたくしのためにも、オリヴィア様にはこの国の令嬢の頂点でいていただかないと!」
「それが本音か」
はあ、とアラン様が額を押さえる。
だがわたくしは譲らないわ。今のわたくしには、「オリヴィア様の侍女」という肩書しかないんだもの! だったら、その肩書が最大限輝くように努めるだけよ! そのためにはオリヴィア様は誰にも舐められてはいけないの!
オリヴィア様は優しいしおっとりしているし、多少の悪意を向けられたところで仕方がなさそうな顔でやり過ごす節がある。
その点バーバラ様は容赦ないんだけど、性格が違いすぎるからオリヴィア様にバーバラ様と同じことを求めても無駄だ。
どれだけ女性社会はピラミッドだって伝えても、オリヴィア様は困った顔をするだけだもの!
オリヴィア様のお母様であるブロンシュ様もどちらかと言えばおっとりした方だけど、あの方は締める時には締めるし、序列にもなかなか厳しい。夫が宰相だから、その夫人が舐められてはいけないことをよく知っている方よ。
オリヴィア様はその点、ずっと他者に侮られ続けてきたから、そのあたりが無頓着なのよね。わかってくれる人がいればそれでいいみたいに考えているところがあるけど、それじゃあこの先やってられないわ!
だからわたくしが代わりに締めて回るのよ! テイラーも、オリヴィア様のために令嬢たちを威嚇するのはいいって言ったもの!
「テイラーもつくづく過保護だが、そなたも大概な気がするな。あれか? オリヴィアの侍女になったものは総じてそうなるのか?」
「テイラーは、長短あわせてオリヴィア様ですって言っていましたよ。わたくしもそう思います。オリヴィア様がバーバラ様みたいに厳しくなるのはちょっと……」
働きづらくなると困るじゃない?
だからオリヴィア様は優しいままでいいのよ。そしてわたくしに甘いままでいいの。
オリヴィア様がオリヴィア様らしくわたくしに甘いままでいられるように、わたくしは全力を尽くすのよ!
わたくしはテイラーのオリヴィア様至上主義なところはちょっぴり苦手だけど、一応、尊敬しているところもあるのよ。
だってオリヴィア様は一時期社交界の噂が散々だったじゃない? それなのに、テイラーはオリヴィア様がオリヴィア様の優しさを失わないでいいように、必死にその心を守って支え続けてきたのよね。
あれ、なかなかできることじゃないわ。
わたくしだったら主に発破をかけて令嬢たちを絞めて回るように仕向けたと思うもの。だって、主の評価はすなわち侍女の評価にもつながるから。
「アラン様、暇ならアクセサリー選び手伝ってくださいよ。問題になりそうないわくがない宝石を探さなくちゃ!」
「私は暇ではないんだが……」
「そうですか? じゃあ、バックス補佐官を呼びますね」
「わかった暇だ。やめろ」
やっぱり書類仕事から逃げてきたのね。
今頃バックスさんが泣きながらアラン様を探していると思うわ。
……アラン様ってば、本当に机に長時間向かっていられない方よね~。
ま、わたくしも人のことは言えないけど。
わたくしはどことなくぐったりしているアラン様を巻き込んで、オリヴィア様が参加するお茶会のアクセサリー選びを再開した。
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