わたしは月より星が綺麗ですねって言われたいわ
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わたくしの上で気を失ったデイビス様を、アラン様が抱え上げてベッドに寝かせる。
「あーひどい目に遭ったわ」
わたくしは涙と鼻水がべったりとくっついたシーツを脱いだ。ついでにウィッグも脱ぐ。地味に暑いのよ、これ。
「本当にこれで洗脳されてくれたんですかね?」
「わからんが……そう祈るしかないだろう」
デイビス様は気絶していても「パトリスぅ」とむにゃむにゃ言っている。
「……よほど、パトリス様に会いたかったんでしょうね」
抱き着かれたときは本気でどついてやろうかと思ったけれど、錯乱するほど会いたかったのかもしれない。
「そうだろうな。だが私としては、できることならそろそろほかにも目を向けてほしいと思う。パトリスを忘れろとは言わないが……今のままではデイビスはいつまでたっても過去に囚われたままだ。残酷なことを言うようだが、死んだ人間は生き返らない。生きている人間は、前を向いて生きていくしかないんだ」
「そうですね」
アラン様の言うことはわかる。わたくしもそう思うわ。でもね。わたくしにはデイビス様の気持ちがまったくわからないわけではないのよ。
……死んだ人は生き返らない。
お父様は、近い将来処刑されるわ。罪を犯したんだもの、仕方がない。だけど、わたくしにとっては、どんな罪を犯そうとお父様はお父様なのよ。
わたくしはお父様が処刑されても、デイビス様のようにはならないでしょう。
でも、何も感じないわけではないし、過去に戻れればいいのにと思うこともある。
だから、いつまでも死んだ人に囚われるなとは、言えないのよね。
「ひとまず、任務は果たしたので帰りましょうか。いつまでもここにいてデイビス様が起きたら大変ですし」
デイビス様が起きて、さっきまでわたくしがパトリス様のふりをしていたのがばれたら、せっかくの努力が水の泡だ。好きでもない男に抱き着かれて頬ずりされるという苦行までさせられたわたくしの努力がぱあになるのは許せない。
わたくしとアラン様はそーっとデイビス様の部屋から出て、ワンワン小屋ならぬアラン様の愛犬離宮を後にする。
夜も遅いから、お城の灯りもすっかり落とされていて、そのおかげか星がとっても綺麗に見えるわ。
……こうして夜空を見ていると、なんとなく遺跡発掘の労役をやらされていたときを思い出すのよね。
肉体労働はつらいし日焼けもするし髪も肌もぼろぼろになって、とっても悲惨な日々だったけど、星だけは綺麗だったわ。
「わたくしの人生、山あり谷あり踏んだり蹴ったりですけど、まさかお化けにまでなる日が来るとは思いませんでしたわ」
「ぷっ」
わたくしがしみじみと呟くと、アラン様が噴き出した。
じろりと睨むと、アラン様はお腹を抱えて笑い出す。
「た、確かにな! そなたの人生はびっくりするくらいあり得ないな」
「笑い事じゃないですよ。わたくし、とっても可哀想なんですから!」
「可哀想なやつがそんなに元気なはずないだろう。それにしても……ぷっ! そなた、年を取ったら伝記でも書いたらどうだ。きっと売れるぞ」
「波乱万丈な人生でしたって? それなら、成り上がり日記の方がいいです」
「なんだそれ」
「ふふふ」
底辺まで落っこちたわたくしが、てっぺんまで上る物語よ。ただの伝記よりそっちの方がよっぽど面白いわ。
「そういえば知ってます? わたくしがまだ伯爵令嬢だった時、一時期社交界で『月が綺麗ですね』って言い回しがはやったんですよ」
「ああ、それなら知ってるぞ。古典文学か何かからの引用だろう。確か、あなたを愛していますという意味だったか?」
「そうです。それを知らない男性からその言葉を引き出して遊ぶのが同年代の令嬢たちの間ではやりまして。知らないで言った男性に、『まあ、それはわたくしを愛しているってことですの?』って言って揶揄う遊びだったんですが」
「可哀想だからやめてやれ……」
アラン様が「女は怖い」とぶつぶつ言うから、わたくしはくすっと笑う。
「わたくし、月が綺麗ですねより、星が綺麗ですねって言葉の方が好きです」
アラン様が釣られたように空を見上げる。
銀色の星が無数に輝いている空は、まるでダイヤモンドを散りばめたみたいに綺麗。
「月は満ち欠けしますけど、星はずっと綺麗なままですから」
オリヴィア様なら、満ち欠けはしないけど星の位置は季節によって移動するとかなんとか難しい話をはじめるかもしれないけど、星いっこいっこの位置なんて覚えてないからどうでもいい。
ただ、晴れた夜は、いつでも星が綺麗。それだけわかっていたらいいの。
「わたくし、天文学には興味ないですけど、星は好きです」
「そもそも、そなたが興味のある学問なんてないだろう」
「確かにそうですね」
さすがアラン様、わたくしのことをよくわかっているわ。
アラン様がふっと表情を緩めて立ち止まる。
「だが、そうだな……。そなたの言う通り、星が綺麗だ」
わたくしも足を止めて夜空を見上げる。
「わたくし、もしこの先プロポーズされることがあるなら、星が綺麗ですねって言われたいです」
「そんな言い回しはどの本にも載っていないから、難易度が高いな」
アラン様がまた笑う。
もうすぐ秋が訪れる夏の終わりの夜。
アラン様と見上げた星は――本当に本当に綺麗だった。
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