弱いものいじめじゃない!
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アイリッシュ・ルドマン侯爵令嬢にティアナが頭を抱えていた、その頃――
アランもまた、頭を抱えていた。
「あー……おい、大丈夫か?」
困惑顔で、つい十分前に訊ねてきた友人に向かって問いかけるも、対面のソファに座り、うつむいて頭を抱えている彼に反応はない。
というか、ずっとぶつぶつと、アランには理解できない呪文をつぶやき続けているのだ。
「終わった、終わった、僕の人生。星もない、月もない、真っ暗闇だ。お先真っ暗。きっとそんな真っ暗闇の中で僕は足を滑らせて階段を転がり落ちる。そして首の骨を折って死ぬんだ。ふふふふふ、でもいいや。そうしたら君に会えるね、パトリス……ふふ、ふふふふふ」
「…………」
アランはこめかみを押さえた。
前々から少々変な男だというのは知っていたが、ここまでぶっ壊れたのは久しぶりに見る。
アランの背後では、補佐官のバックスが真っ青な顔でぶるぶる震えていた。まあそうだろう。これは怖い。アランですら今すぐ医者を呼べと叫びたくなるくらいには怖い。
「おい、デイビス。デイビス。戻ってこい」
「ふふふふふ、パトリス、君はきっと花畑の中で微笑んでいるんだろうね。わかる。わかるよ、だって君には花がよく似合う……」
「ダメだなこれは」
しばらく放っておこう。アランはそう判断した。
(いろいろあって、精神的に追い詰められているみたいだからな……)
アランはそっと嘆息する。
友人――デイビス・ファレル公爵令息は、普段ならばもう少しましな男だ。
繊細で、追い詰められると殻に閉じこもってぶつぶつと何やら呟きはじめ、ついでにキャパシティーオーバーになると「ファーッ‼」と叫んで気を失う変な友人だが、何事もなければそれなりに有能である……と思う。
この少々変な友人は、二年前に馬車の事故で婚約者を亡くしている。逝去した婚約者の名前はパトリス・ロッキンガム伯爵令嬢。今まさに「パトリス、パトリスぅ」とデイビスがほろほろと泣きながら呼び続けている名前である。
(というか泣き出したんだがどうしたらいい?)
デイビスはアランの友人たちの中で一、二を誇る変人だが、これでなかなか優しい友人だ。力になってやりたいとは思う。だが、自分の殻にこもった彼には、アランの声は届かない。
「……デイビス、そなた、一体何をしに来たんだ?」
部屋を訪れてしばらく匿ってくれと言い出したデイビスは、一分もしないうちにこの状況になった。アランはまだ何の説明も受けていない。
「あのぅ、殿下……侍医を呼びましょうか?」
「無駄だやめておけ。こうなれば気が済むまで放置しておくのが一番いい。下手に医者になんて見せたらもっと悪化する。以前私も試したことがあるからな」
バックスはますます青ざめた。その気持ちはわかる。
アランもデイビスの悲惨な様子に、これは医者の力を借りるべきだと精神科の医師を呼んだことがある。結果「僕はだめなんだ、ダメな人間なんだ。きっと頭がおかしいんだ。だから医者が呼ばれたんだ。ファーッ‼」と叫んで気絶した。以来、アランは怖くて彼を医者に診せることができない。
「殿下、デイビス様はいったいどうなさったのでしょう……」
デイビスは放置しておくしかないので、アランはその間にバックスの質問に答えてやることにした。
「たぶんだが、フィラルーシュ国からアイリッシュ・ルドマン侯爵令嬢が来たことが関係しているのだろう。デイビスは亡くなった婚約者を溺愛……というか依存気味なほどにべったりで、いまだに彼女のことを忘れられないんだ。部屋の中はパトリスとの思い出の品であふれかえっていて、パトリスに似た人形に向かって『パトリス』と呼びかけるくらいひどい」
バックスはだらだらと汗をかいて視線を泳がせた。気持ちはわかる。
「そんな状況で縁談が……しかも簡単に断れない縁談が持ち上がった。そのせいで追い詰められたんだろう。少し前に会った時は以前よりましになったと思っていたんだが……この通りだ」
「縁談、断れないんでしょうか……」
「無理だろうな、両国でまとめられた上にファレル公爵夫人が乗り気だ。デイビスがこの状況だからな、早く嫁を取りたくて仕方がないのだろう。……国内の令嬢たちはこんな様子を見たら悲鳴を上げて逃げ出すだろうからな」
「パトリス、パトリス……パトリスがいない」
デイビスはクッションを抱きしめてほろほろと泣いている。
ファレル公爵夫人ではないが、アランも今回の縁談を逃せば間違いなく生涯独身だろうと断言できる。二年経ってもこの状況なら、一生このままかもしれないからだ。
アランが泣き続けるデイビスに額を押さえていると、コンコンと扉を叩く音がした。
「兄上、軍部に提出する資料について聞きたいことが……」
ガチャリと扉があいて、弟のサイラスが入ってくる。だが、ドアノブに手をかけたまま三秒制止すると、そのまま何事もなかったかのようにぱたんと扉を――
「閉めるな! 逃げるな!」
すかさすアランが叫ぶと、サイラスが困惑顔で再び扉を開いた。
そして、しくしくと泣き続けるデイビスを見て眉を寄せる。
「……兄上、弱い者いじめはやめたほうがいいよ」
「違う‼」











