とんでもない欠陥令嬢がいたものだわ…
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アイリッシュ・ルドマン侯爵令嬢は、時間ぴったりにやってきた。
すらりと背の高いアイリッシュ様は、お茶会のときよりもシンプルな飾りの少ない濃紺のドレスに身を包んでいる。だけど一目でわかったわ。これ、シンプルだけどとってもいいドレスよ。高いやつね!
まっすぐな銀色の髪は、高いところで一つに結ばれてその横に銀細工の髪飾りが挿してある。歩くたびに艶やかな銀色の髪が馬の尻尾みたいに揺れているわ。
赤い瞳の目は切れ長で、髪と同じ長い睫毛に覆われていた。
お茶会のときも思ったけど、とっても姿勢がいい。
そして、今日も代弁係のがり勉眼鏡オーフェリアがくっついて来ている。
オーフェリアがアイリッシュ様の代わりに口を開いた。
「本日はお招きいただきありがとうございます。こちらはお茶会のときにお話しした、オスマンタスを漬けた白ワインです。お口に合うといいのですが」
「まあ、ありがとうございます」
オリヴィア様が微笑んでテイラーに目配せする。テイラーがオーフェリアからワインの瓶が入った袋を受け取った。
「どうぞおかけになって」
オリヴィア様が席を進めると、アイリッシュ様がソファに座って、オーフェリアが背後に立つ。
オリヴィア様はアイリッシュ様の対面に座った。
そして、微笑んだまま、オリヴィア様は不思議なことをおっしゃった。
「これは独り言なのですけど、この部屋にはわたくしが信用している人間しかおりませんわ」
すると、アイリッシュ様が赤い瞳をふっと和ませて、手に持っていた扇をぱたんと閉じた。それを背後のオーフェリアに渡す。
「本日は、無理を言って申し訳ありませんでした、オリヴィア様」
アイリッシュ様の口から出たのは、流量なブリオール語だった。
……やっぱりブリオール語が喋れたんじゃない!
ちょっとムッとしたけど、ここはぐっと我慢よ。大人しくしておかないとテイラーにつまみ出されそうだもの。
でも、見極めさせてもらうわよ。どういうつもりでずっと口を利かなかったのかを!
「いいえ。お気になさらず。ユージーナ王女殿下からアイリッシュ様のお力になってあげてほしいと連絡をいただいていましたから」
ユージーナ王女ってあれよね? フィラルーシュ国の第一王女殿下よね。今度のパーティーにいらっしゃる予定の。フィラルーシュ国の王太子エドワール殿下の妹王女で、国内の公爵家に嫁いだ方だわ。
その王女殿下が、わざわざオリヴィア様にアイリッシュ様を気にかけてあげてほしいって連絡をしたの? 訳ありな臭いがプンプンするわ。
「ユージーナ王女殿下か。殿下にもご心労をかけてしまったのだな……」
アイリッシュ様がそっと息を吐く。
わたくしは「うん?」と心の中で首をひねった。なんか口調が……。
「しかし、オリヴィア様がご存じなら話は早いです。この通りわたしは令嬢らしくない女でろくに社交ができません。母からは頼むから人前で口をきいてくれるなと言われておりまして、この通り彼女にいつも代わりに受け答えしてもらっている次第です」
……なんですって⁉
わたくしはぽかんとしてしまったわ。
テイラーも想定外だったのか微笑んだまま固まっている。
……いやいや、待ちなさいよ。人前で口がきくなってつまりフィラルーシュ国にいた時から代弁係を使っていたわけ? 社交ができるできない以前の問題よ!
「なんとか黙って取り繕うくらいまではできるようになったのですが、口を開けば場の空気を台無しにし、令嬢たちの会話にもついていけず、わたしは我が家のお荷物なのです」
「お荷物だなんてそんな……」
「お気遣いは無用です。両親にも兄にも妹にも、お前は生まれてくる性別を間違えたと言われております。実際そう思いますからね。正直なところ、長時間座っているのも苦手なくらいなのです。今もその辺を走り回りたくて仕方がありませんし、できることなら剣を振り回したり馬に乗りたい……。この国に来てからまったく馬と触れ合えていませんし、剣すら持てない。そろそろ発狂しそうです」
「アイリッシュ様、本音が駄々洩れになっています」
「失礼」
オーフェリアが困った顔で注意すると、アイリッシュ様はきりっと眉を上げた。
……わかったわ。この方、とんでもない脳筋なんだわ。間違いないわ。
またすごい令嬢が来たものである。なんでこの方に白羽の矢が立ったのかしら。
「隠しても仕方がないのでぶっちゃけますと、いくら隠していても国内でわたしが社交もできないポンコツだという情報は広まっておりまして、ろくな縁談がないのです。わたしは別に嫁がなくていいと思っているのですが、両親も兄たちもそうは思っていないようで、中身がポンコツのわたしがさらに年を重ねたら本当に修道女になるしかなくなると頭を抱えている次第でして……この度の縁談に、我先にと飛びついてしまったのです。どうしましょう」
いやいや、どうしましょう、じゃないわよ。自分のことでしょうが!
オリヴィア様も笑顔のまま固まっちゃったわよ。いくら何でもびっくり箱すぎよこの方!
「そして、フィラルーシュ国とブリオール国の関係強化のためという名目までつけられた以上、わたしにこの縁談は断れません。ですので、とりあえず中身のない白い結婚だけでも了承していただけないかとファレル公爵子息に直談判しようと思ったのですが、どういうわけかわたしがこの国に来てからずっと部屋に引きこもって出てきてくれないのです。困りました」
全然困っていない顔でアイリッシュ様が言う。少しは頭を使いなさいよ!
「ちなみに、アイリッシュ様の、その……性格のことは、ファレル公爵夫妻は……」
「ご存じありません。当然ファレル公爵子息もです。どうやら噂では儚げな優しい女性が好きだとのことですので、彼には大変お気の毒だとは思いますが……」
お気の毒って……。なんで他人事みたいに言ってるの。
オリヴィア様の目が泳いでいるわ。
アイリッシュ様はきりりとした顔で、堂々と言った。
「結婚さえしてくれれば、いくら愛人を抱えようとも、愛人の子を次期当主に据えようとも構いません。この情熱を、ファレル公爵子息にどうやって理解していただければいいでしょう」
どこが情熱よ!
アイリッシュ様の背後に立っているがり勉眼鏡が、「ああ……」と両手で顔を覆っちゃったわ。ものすごく彼女に同情するわ。こんな主いやすぎる。わたくしの主人がオリヴィア様でよかった。
というか、社交ができない女性が次期公爵夫人って問題大ありじゃない。まさか一生代弁係付きですごすつもり?
オリヴィア様もここまで悲惨な状況だと思っていなかったのか、完全に困惑顔よ。
……というか、モニカの情報ではデイビス・ファレル公爵令息は繊細な方よね? アイリッシュ様の本性を知ったら卒倒するんじゃないかしら?
オリヴィア様はたっぷり沈黙した後で、困った顔のまま言った。
「ファレル公爵令息……デイビス様とお話になる前に、その……デイビス様がショックを受けない言い回しといいますか、言葉選びからはじめた方が、いいかもしれませんね」
ユージーナ王女から力になってあげてほしいと言われている手前、オリヴィア様は匙を投げるわけにはいかないわよね。
オリヴィア様もテイラーもわたくしも、ついでにオーフェリアも頭が痛そうな顔をする中で、アイリッシュ様だけが元気いっぱいに言った。
「ブリオール国の才媛、オリヴィア様にお力添えをいただけるなら、こんなにも心強いことはありません!」
これはあれね。
アイリッシュ様問題は、オリヴィア様の人生の中で、きっと一番の難問だわ。
……敵とか味方以前の問題だったわ。どうするのかしらこれ。
世の中には、とんでもない欠陥令嬢がいたものだと、わたくしはため息をつきたい気分だった。
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次章は「前途多難な婚約問題」です。
開始まで少々お待ちください!











