8 これはオリヴィア様のため!
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アイリッシュ・ルドマン侯爵令嬢の情報収集はモニカに任せるとして、問題はヤギ女の方よね。二人を接近させないようにする対策はアイリッシュ様の情報が集まってからになるけど、お茶会でヤギ女が大きな顔ができないようにするための対策は勧めておくべきよ。
とりあえず、お茶会のお菓子にヤギの食べ物が出てくるのは阻止したけど、それだけじゃあ対策不足よね。
ということで。
「おじいちゃんいるー?」
わたくしは白髪のおじいちゃん庭師のいる薔薇園へ向かった。
少しだけ耳の遠いおじいちゃん庭師のために大きな声で呼びかけると、奥の方から「ここだよー」と返答がある。
「また剪定した薔薇の花かい?」
「うーん、それも欲しいけど、ちょっと教えてほしいことがあって」
おじいちゃん庭師はとんとんと背中を叩きながら腰を上げた。
「おや、薔薇でも育てるのかい?」
「あ、そういうのじゃないわ。というかわたくしに薔薇なんて育てされたら一か月もしないうちに枯らすと思うわよ」
「お嬢ちゃんに植物を触らせるのは危険だな」
ちょっと、人を危険物みたいに言わないでほしいわ。
「なんかね、最近一部の貴族令嬢の間で生の花を食べるのが流行しているのよ。だけどね、わたくしも食べてみたけど、苦くてぼそぼそして美味しくないの」
「それはそうだろうね。食用花は彩りや香りを頼むものであって、もしゃもしゃ食うもんじゃないよ。ヤギじゃないんだから」
「そうなのよ!」
おじいちゃんわかっているわ~‼
「でもね、ほら、来週お城でお茶会があるじゃない? そこに花を食べるのを流行らせた馬鹿が来るのよ。花瓶に生けられた花をむしゃむしゃ食べられたら嫌だから、優雅に美味しく花を食べる方法はないかしらって」
「お嬢ちゃん、さすがに花瓶の花を食べたりはせんと思うよ。あれは食用じゃないからね」
あら、わかんないじゃない? 相手はあの馬鹿女ダルシーよ? 目立つために花瓶の花を食べるかもしれないわ。だってヤギ女だもの!
おじいちゃん庭師は考え込んで、ポンと手を打つ。
「お嬢ちゃん、ついておいで。ちょうどいいものがあるよ」
「本当?」
さすが長年庭師をしているだけあるわ。おじいちゃん、とっても花に詳しいのよ!
あの女が作り出した馬鹿げた流行を横からかっさらってなおかつ美味しいものを用意して、オリヴィア様の手柄にしてやるわ。ほほほほほっ! ざまあ見なさいダルシー!
おじいちゃん庭師のあとをついていくと、だんだんと甘くていい香りがしてきた。
どこかで嗅いだことがあるような香りだわ。美味しそうだけど、お菓子とは違うのよね。
おじいちゃん庭師に連れていかれたのは、図書館をすぎてしばらく行った先の、いくつかある温室のひとつの側だった。
いい匂いはそこからしているみたい。
「ちょうど昨日あたりから咲きはじめてね。これなら優雅に楽しめるだろう」
おじいちゃん庭師が温室の側に植えられている木を指さす。緑とオレンジ色の木だと思ってよく見ると、オレンジは小さな花の集合体だった。
「おじいちゃん、あれ何?」
「オスマンタスだよ」
「オスマンタス?」
「紅茶に浮かべて飲むとの、いい香りがするんだよ。見た目も華やかだし、お茶会にはうってつけだろう?」
なるほど、これはいいわ。控えめなオリヴィア様にもよく似合うもの!
オリヴィア様が生の花をむしゃむしゃ食べるのは絵面的によろしくないけど、これなら問題ないわ。テイラーも文句を言わないはずよ!
「おじいちゃん。この花くれる?」
「かまわんよ。たくさん咲くし、散った後の掃除が面倒だから、好きなだけ取っていってくれていい」
「掃除大変なの?」
「散るときはこのあたり一帯オレンジ色の海だねえ」
それは大変そうね。
「お花をもらったお礼に今度手伝いに来てあげるわ」
「それは助かるね」
おじいちゃんは好々爺然とした顔で「ほっほっほっ」と笑う。わたくし、おじいちゃん庭師のこののんびりしたところが好きよ。なんとなく、死んだわたくしのおじい様を思い出すわ。
わたくしは一度部屋に戻って籠を持ってくると、おじいちゃん庭師に協力してもらいながらせっせと花を摘んでいく。一つ一つが小さな花だから風に飛ばされそうになるけど、逆に小さいからいいのよ。大きな花をむしゃむしゃヤギみたいに食べるなんて本当に品が悪いわ。
せめて砂糖漬けとかジャムとかに加工されていたり、花びらを散らす程度にして彩りとして使われているのなら許せるけど、ケーキを花籠みたいにするのはどうかと思うわ。飾りとしてのケーキならわかるけど、それ食べるとか信じられない。
……ダルシーがヤギ化するのはいいけど、オリヴィア様には絶対に似合わないもの。あと、アイリッシュ・ルドマン侯爵令嬢にブリオールの貴族令嬢は頭がおかしいって思われちゃうじゃない。国の恥よ恥っ!
おじいちゃん庭師からたくさんのオスマンタスをもらって、籠を抱えて廊下を歩いていると、前方から疲れた顔のアラン様がやってきた。
「アラン様、また書類仕事から逃げてきたんですか?」
「失礼なことを言うな。終わったから気晴らしに……いい香りがするな」
アラン様がわたくしが抱えている籠を覗き込んで首をひねる。
「どこかで嗅いだことのある香りだが、それはなんだ?」
「オスマンタスですよ。おじいちゃんにもらったんです」
「おじいちゃん?」
「庭師のおじいちゃんですよ」
「ああ、あの御仁か。……待て、ティアナ。あの庭師はあれですごい御仁なのだぞ。それを気安くおじいちゃんなどと……」
「おじいちゃんがいいって言いましたもん」
アラン様がこめかみを押さえて「まったくそなたは……」とぶつぶつ言い出したけど、本人がいいのならいいじゃないの。アラン様ってば変なところで真面目よね。
「あ! ちょうどいいです。今からオスマンタスを使ってお茶を入れようと思っていたんです。どの茶葉が合うか試してみようと思って。暇ならこのままオリヴィア様の部屋に行きましょうよ」
「いや、暇では……」
「アラン様の『ご婦人』なら運動に連れて行ってもらっていましたから、今いらっしゃらないですよ」
アラン様の愛馬。通称『ご婦人』。アラン様の気晴らしと言えば『ご婦人』に乗るか、剣を振り回すかだからね。そして今は剣を持ってないから『ご婦人』に会いに行こうとしていたのは明白よ。ふふふん、わたくしだってたまには洞察力を働かせるんだから。
「そうか、それなら仕方ないな。じゃあそのオレンジの花の茶でもいただくことにしよう」
当てが外れたアラン様は、ちょっぴりがっかりした顔で言う。本当にアラン様は『ご婦人』が大好きよね。ちなみに『ご婦人』は気位が高くてアラン様と馬房係以外にはあんまり懐いていないのよね。
「それにしても、そなたがそうやって真面目に茶会の準備をしているのを見ると驚くな」
「ちょっとどういう意味ですか」
「いや……準備など面倒くさいと言い出しそうだなと」
「確かに面倒と言えば面倒ですけど、女には負けられない戦いがあるんです」
「茶会だろう?」
「お茶会は女の戦場ですよ」
「そういえば以前も茶会で相手を牽制だのなんだの言っていたな……」
アラン様は頭が痛そうな顔になった。
「オリヴィアと婚約していた時、付き添いで何度か茶会に参加したことがあるが、そのような雰囲気ではなかった気がするぞ」
「それはアラン様が鈍感なだけですよ」
「鈍感……」
アラン様は驚いたみたいだけど、アラン様は鈍感よ。自覚なかったの?
「覚えてないんですか? レネーン・エバンスのお茶会は特にひどかったですよ。オリヴィア様、散々口撃されてたじゃないですか。まあ、いつものらりくらりと微笑んでかわしてましたけど」
オリヴィア様がすごいのはそういうところなのよね。
当時オリヴィア様は何を言われてもおっとりと微笑んでいるだけだったけど、普通は無理よ。今ならわかるわ。いくら穏やかな方でもあれは怒ると思うもの。相当我慢していたはずよ。それを顔には一切出さないんだから、どんな精神力しているのかしらって思うわ。
「オリヴィアはそんな目に遭っていたのか……」
「気づかない方もどうかしますよアラン様」
サイラス殿下ならすぐに気づいてえげつない方法で報復したはずだもの。というか実際、当時からオリヴィア様に気づかれないようにしていたみたいだし。
アラン様って、あれよね。人の汚い部分をあまり見たくないというか気づかないような人なのよ。育ちがいいからかしら? あらでも、サイラス殿下は気づくわよね。じゃあ性格ね。
そんな性格だから、遠回しの女性の嫌味とか口撃にはなかなか気づかないのよ。
わたくしもオリヴィア様を散々口撃してたけど、アラン様、多分気づいていなかったと思うし。
なんか、アラン様がしょんぼりしちゃったからこれ以上はやめておいた方がいいわよね。別にわたくし、アラン様をいじめたいわけじゃないもの。ただ、女性のお茶会は怖いのよって言いたかっただけで。
「このお茶は、次のお茶会でオリヴィア様の完全勝利のために必要なものです」
「いや待て、戦いはわかったが勝敗はどうやってつくんだ」
「そんなのは、ええっと……雰囲気です!」
こればっかりは言葉にしにくいのよね。あと、状況によって勝敗のつき方は変わるし。
例えばお茶会で一番目立った場合が勝利のときもあれば、特定の相手をやり込めて勝利になる場合もある。
次のお茶会は、わたくしの中では敵が二人。
一人は当然、ダルシー・ビンガム。
そうしてもう一人……まあこっちは今のところ仮想敵くらいだけど、アイリッシュ・ルドマン侯爵令嬢。
ダルシーは当然、大きな顔をさせないように徹底的にやり込める必要がある相手よ。
アイリッシュ・ルドマン侯爵令嬢はオリヴィア様を舐めないように牽制するくらいかしら、いまのところ。
そしてこのお茶はダルシーをやり込めるためと、それからアイリッシュ・ルドマン侯爵令嬢にオリヴィア様の存在を印象付けるために必要なの。
次のお茶会でオリヴィア様が話題をさらって、このオスマンタスのお茶を社交界に流行させるのよ。オリヴィア様の名前と共にオスマンタスのお茶が社交界でブームになれば、完全勝利ってところかしら。
アラン様は難しい顔になった。
「ちなみにだが、それはオリヴィアも承知しているのか?」
「オリヴィア様は何も知りませんよ。あの方、そういうのは気にしないので」
「それは、主人の意思を無視した行動にならないのか」
「オリヴィア様のためになる行動ならテイラーも何も言いませんよ」
「……はあ、わかった。そなたがきちんと侍女としてオリヴィアを立てているのならいいだろう」
オリヴィア様を立てる? 当たり前じゃない。わたくしは侍女だもの。そして、オリヴィア様の名声が轟けば轟くほど、その隣にいるわたくしも注目されるのよ。こういうのはあれよ、利害の一致ってやつね。わたくしはオリヴィア様のために動くけど、周り回って自分のためにもなるの。最高ね!
「そなた、伯爵令嬢をやっていた時より、今の方が楽しそうだな」
わたくしは思わず目をぱちくりとさせちゃったわ。そんなことを言われるとは思っていなかったもの。だけど……。
「状況があまりに違うから比べるのは難しいですけど、そうですね……楽しいと思います」
わたくし、オリヴィア様限定だけど、侍女って天職じゃないかしらって思うのよ。
あと、猫をかぶらずにアラン様とお話しできるのも、実は結構楽しいの。
「そなたはどんな状況でも、どこにいても楽しめるのだな」
「さすがにそれはないですよ」
だって、遺跡の発掘現場の労役は本当に心の底から嫌だったもの。もう二度とごめんだわ。











