1 モノクル砕けろ!
ティアナを主人公にした物語、はじまります!
「一章 モノクルおじさんの弱点を探せ!」は時系列で言えばノベル④の序盤あたりです。
第一章はティアナがどういう人物かをわかっていただくために、プロローグ代わりで作っています。
楽しんでいただけたら幸いです(*^^*)
「ではティアナ、ブリオール国の初代国王はなんですか?」
このおじさん、外見はクールに見えるのに、その実、熱血でとっても面倒くさいわ。
わたくしは、灰色の髪を撫でつけてたモノクルおじさん――ワットールとか言う名前の偉いおじさん――を見やって、胸を張って答えた。
「トなんとか」
「………………はー」
モノクルおじさんは、長く長く沈黙したのち、これ見よがしなため息をつく。
む、嫌味なおじさんね!
わたくしとモノクルおじさんとは、何を隠そう、わたくしが王太子だったアラン様の婚約者だった時からの付き合いだ。
あの時は心の底から大嫌いだったんだけど、今は「ちょっと嫌い」くらいにまでは昇格している。
やたらとカクカクキビキビした動作の、とっつきにくそうなおじさんだけど、まあ、悪い人ではないみたいだし。
オリヴィア様もこのおじさんを高く評価しているみたいだから、オリヴィア様の侍女になったわたくしも、主人の顔を立てて仲良くしてあげるべきなのよ。うん、わたくしも成長したものだわ!
こうして、モノクルおじさんが定期的に開催している勉強会にも大人しく……まあたまに文句は言うけれど、それでもサボることなく参加しているのも、わたくしに侍女の自覚というものが芽生えたからに他ならないの。
だって、オリヴィア様は次期王太子妃。ゆくゆくは王妃になるんだもの。
王妃の侍女よ?
わかるかしら?
伯爵令嬢という身分を失ったわたくしにとって、これ以上ない後ろ盾なの。
意地でもしがみついて、いずれオリヴィア様パワーでお金持ちのイケメンを捕まえて結婚して、面白おかしく暮らすのよ!
それにオリヴィア様って思っていたみたいに悪い人じゃなかったし、結構優しいから居心地もいいし、侍女って言うのも悪くないわねって最近思うのよね。
だから、心の底から嫌だけど、こうしてモノクルおじさん主催の、わたくししか参加者がいないお勉強会にも我慢して参加しているのよ。
「ティアナ、あなたは一体、何十回教えれば、トルステン国王陛下のお名前を覚えるんですか?」
「わたくし、過去は振り返らない性分なの」
「歴史を過去とひとくくりにしてはいけません!」
何を言っているのかしら?
歴史って言えば過去のことじゃないの。何が違うって言うわけ?
「いいですか、ティアナ。我々がこうして生活できているのは、先人たちのおかげなのです。ましてやトルステン国王はこの国の礎を気づいた偉大なお方です。子供でも知っているのですから、いい加減覚えてください」
面倒くさいわねー。
だいたい大昔に死んだ人の名前を憶えて何の得があるというのかしら?
今の国王陛下の名前さえ憶えておけばそれでいいと思うの。
「さあティアナ、初代国王陛下のお名前は?」
「トルなんとか」
「…………一文字増えたことを喜べばいいのか悲しめばいいのか、私はわかりませんよ」
はあ、とモノクルおじさんがまたため息をつく。
自慢じゃないけど、わたくしはとっても物覚えの悪い生徒だと思うわ。
だって興味ないんだもの。
興味があることなら――そうね、たとえば最新のお菓子とかファッションとかのことなら一瞬で覚えられるんだけど、興味がないとまったくと言っていいほど頭に入らないのよね、わたくし。
そんな、十教えて一覚えられるか覚えられないかというレベルのわたくしに、このモノクルおじさんは実に根気よく付き合っていると思うわ。
もしわたくしがモノクルおじさんの立場なら、三日……ううん、一日で匙を投げるわね。
このモノクルおじさんは、オリヴィア様をとっても大切に思っているから、その侍女であるわたくしを成長させようと必死なんだろうなって思う。
だって、わたくしがアラン様の婚約者だった時は、すぐに匙を投げたもの。
……最近思うんだけど、オリヴィア様ってもしかして、おじさんキラーだったりするのかしら?
モノクルおじさん然り、アラン様のところのぽっちゃり補佐官もオリヴィア様のことが大好きだし。
ついでにどっかの大臣も、頻繁にお菓子を持ってオリヴィア様のご機嫌伺いに来る。
そのお菓子の大半は、わたくしが美味しくいただいているからありがたいんだけどね!
わたくしだったら、どうせちやほやされるなら若くてイケメンな男性にちやほやしてほしいけど、オリヴィア様の周りはおじさん比率が高い。
枯れたおじさんに群がられて、うんざりしないのかしら、オリヴィア様ってば。
「歴史はこのくらいにして、数学に移りましょう」
げ。
なんでモノクルおじさんはわたくしが嫌いなものばかりをチョイスするのかしら。
うんざりしてきたわたくしは、ここで自己主張してみることにした。
「はい」
手を上げると、モノクルおじさんが嫌そうな顔をして「なんですか?」と訊ねてくる。
「主従というものは、弱点を補いあってこそだってどこかの誰かが言っていました」
あれ、今のちょっと賢そうじゃない?
ニマニマしながらモノクルおじさんを見れば、眉間にぐぐっと皺を寄せて「それで?」と続きを促してきた。
もぅ! 察しの悪いおじさんね!
「つまり、わたくしはオリヴィア様が苦手なことをお勉強すればいいと思います!」
ふっふっふっ、そしてオリヴィア様は頭がいいから、基本的にお勉強関連で苦手なんてないのよ。全部網羅しているの。つまりね、わたくしがお勉強することは何もないということよ!
モノクルおじさんは額に手を当てて、やれやれと首を横に振った。
「あなたの言い分は一理ありますが、それは最低限の教養を身に着けた上での話です。ティアナ、あなたは割り算がまともにできないでしょう!」
「できますぅ!」
しっつれいしちゃうわ!
割り算くらいできるわよ!
この前間違えたのは、モノクルおじさんが三桁の割り算を持って来たからでしょう? 桁数の多い割り算なんて、日常生活において使用することなんてないわよ! たぶん‼ 一桁のものを持ってきなさいよ一桁のものを‼
モノクルおじさんは、モノクルをきゅっと指先で持ち上げて、計算問題が書かれた紙をわたくしの前に置いた。
「そうですか。では、解いてください」
……三桁どころか、四桁の割り算問題じゃないの! 意地悪‼ モノクル砕けろっ‼











