8話 ~幸福な驚き~
大きな大きな浴槽に浸かりながらセラフィーはむくれていた。
いつもは一緒にお風呂に入ってくれるマリンが、「今日はセラフィーひとりで入ってね」と言ってきたせいだ。
「うー」
広いお風呂場に自分の声だけが響いているのが辛くて、お湯の中に口まで沈んでブクブクさせる。
どうしてだろう?
もしかしたら何か怒らせるようなことを言ってしまったのかもしれない。だけど思い出せない。昨日はあんなに楽しかったブクブク遊びも今日は悲しい気持ちになるだけ。
もうお風呂はいらない。
歩けばペタペタという自分の足音が聞こえる。お風呂場でこんな音が鳴っているなんて知らなかった。
脱衣所の扉を開けて見てもやっぱりマリンはいなかった。もしかしたら少し遅れ来てくれるかもしれないと思っていた。それなのに扇風機が一人で首を振っているだけだ。
あつあつの体を拭いていく。お喋りのないお風呂なんて少しも面白くない。次に会った時マリンはどんな顔をしているんだろう。もしも怒っていたら………。
虎丸先生に相談してみようか。先生ならきっと、どうしたらいいのか教えてくれる気がする。体は紫色だけど、とてもやさしい人だと思うから。
濡れた髪でとぼとぼと歩いてマリンの部屋に入ってみても誰もいない。自分の部屋には言ってみても誰もいない。泣きそうになりながらリビングへ向かう。
もしここにも誰もいなかったらどうしよう。もしかしたら皆この城からどこか遠くに行ってしまったのかもしれない。不安な気持ちで扉を開けたら、明るい世界があった。
「セラフィー!私たちのお城に来てくれてありがとう!」
パン!という音がして色とりどりの紙のシャワーが噴き出した。何が何だか分からなかったかったけどマリンも先生も笑顔だった。
「え、」
のどが詰まって言葉が出てこなかった。
「びっくりした?今日は先生と私で内緒でセラフィーの歓迎会をやろうって計画していたんだ。見て見て、この飾り私と先生で付けたんだよ」
リビングの中はいつもとは違う綺麗な飾りつけがしてあって、そこには「ようこそ!セラフィー」という文字が貼ってある。嫌われたかもしれないと思っていたのにまさかこんなことが待っているなんて。
頬から温かい涙がこぼれ落ちる。
「すっごい美味しい食べ物もたっくさん用意したんだよ!多分セラフィーが食べたこと無いものばっかりだと思う。ピザでしょ、ローストビーフでしょ、鮪のカルパッチョでしょ、とにかく色々あるから全部食べてみよーよ」
「私たちはセラフィーがうちに来てくれて嬉しく思っているんだ。セラフィーがいると家の中がとても明るくなるからね。今日はその気持ちを伝えたくてパーティーをすることにしたんだ」
優しい笑顔を浮かべながら先生が言った。
「うれしい………」
とにかくうれしくてうれしくて涙があふれて止まらない。
「これからも私と仲良くしてね」
まりが差し出してくれた手が光輝いて見えた。私がこのお城にこれからもいても良いと言ってくれている気がした。
宝物のようなマリンの手を取った時、体の中から何かが抜けていく感じがして、背中から頭にずばばばばって来て、いつの間にか体が空の高い所まで浮き上がった感じがした。
「なにこれ………」
今までに一度もない感じだった。
「ちょっとセラフィー!」
「なんで急に大きな声出すの、びっくりしたよ」
「だってセラフィーが光ってるんだよ」
「わたし!?」
マリンが驚きの声をあげるのも当然で、セラフィーの体の周りが金色の靄が溢れ出して今までに嗅いだことが無いような良い匂いがしている。
「なんで気が付かないのよ、自分の事でしょ!?」
「わかんないよそんなの」
両手を広げて見ても光なんか見えない。もしかしたらマリンが嘘を言っているんじゃないかと思ったのだけど、本当に驚いているように見える。
「え、待って!」
金色の霞が弾けた。
「なになにどうしたの?!」
弾けた床やテーブルの上に転がる。それは指の爪くらいの大きさの綺麗な白い球体でポップコーンのように弾け続けている。
「なにこれ、なんか落ちてきてるんだけど何が起きてるの!?」
自分を包む光は見えなくても、白く輝く小さな球体は見えていた。
「セラフィーも分かんないの?」
「わかんないよ、だってこんなこと初めてだもん」
驚くセラフィーの体からはまだ球体が飛び出してきている。
「先生、なにこれ?」
しゃがんでそれを拾い上げた虎丸に聞く。
「美しいな」
指先でつまんで光りにかざしながら言う。
「まるで真珠みたいに見えるね」
「しんじゅ?」
「海にいる貝からとれる宝石の事だよ」
「宝石!?」
それを聞いた途端にマリンもセラフィーも拾い上げて見る。
「本当だ綺麗だね」
「うん」
完全に真ん丸なものもあれば少し縦長になっているものもある。白は白なのだけど少しだけ黄色が入っているような色をしていて、その色合いも様々だ。
「頭が痛いとか、体に何か変なところはないかい?」
セラフィーに聞く。
「え!?病気なの?」
「ぜんぜん平気だから心配しないでマリン。けどなんかさっきお腹の下の方ががきゅってなって、頭の方に向かってすうーってなった」
「そうか………体が大丈夫ならよかったよ」
天井からの光を浴びて一粒一粒が美しく光る真珠のようなものは、徐々に勢いを無くして行って、しばらくしたら完全に止まってしまった。部屋の床の中はいま、それで敷き詰められている状態になっている。
「これは「天使の涙」と言われる貴重な装飾品だ」
「クロ、いたの?!」
暫くの静かな時間を打ち破ったのは金色の目をした黒い猫だった。大きなテーブルの上にいてローストビーフを一切れくわえて飲み込んだ。
「これは人間が高く買い取るぞ。もしかしたら人間以外も欲しがるかもな」
「そうなんだ………」
暫くの間沈黙が流れる。
「思ってもいなかったことが起きたけど、とりあえず片づけるのは後にして、まずみんなでこのおいしい料理を食べようじゃないか」
テーブルの上にある数々の料理に視線を移しながら言う。
「いいの?」
セラフィーの顔に笑顔が戻る。
「もちろんだよ。セラフィーのために用意したんだからみんなで一緒に食べたかったんだけど、残念ながらもうすでにクロだけは食べてしまっているけれどね」
「私は自分が食べたい時に食べる」
黒猫が不愛想に言った。
「ほら、自分が食べたいものを選んで皿に盛ってごらん」
「うわーどれもすごく美味しそう。私は今まで一度も食べたこと無いものばっかりだよ」
「そうでしょ!?全部すっごく美味しいんだよ」
「飲み物もたくさんあるから好きなのを取って飲んでいいよ」
「虎丸先生、マリン、クロ。みんな本当にありがとうございます。私はこのおうちに来ることが出来て本当に嬉しいです」
白い宝石に囲まれながら言ったセラフィーは幸せそうな顔だった。
「こちらこそセラフィーが来てくれて嬉しいよ」
「私も嬉しい!」
「騒がしくなりそうだな」
クロが少し渋い顔をしながら言った後で、マリンとセラフィーは一緒に白いお皿を持って料理を選び始めた。
明るい声が弾ける魔王城はいま幸せで満ち溢れていた。
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