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35話

 


 露店で買った洋服の手直しを依頼し終えたマリンとセラフィーが店を出た時、空は分厚い雲に覆われていて、いつ雨が降ってもおかしくない状態だった。


「雨のにおいがするね」


「うん………」


 沈んだ表情で答えたマリンは雨があまり好きではない。それは住んでいる街を魔物の群れが襲ったあの日が雨だったから。


 思い出す。


 湿度が充満する暗闇の地下室で、外から聞こえてくる音の全てに怯え震えていた。人の声、魔物の声が耳が痛くなるほど反響していた。


「ねえマリン、大丈夫?」


 心配そうに顔を覗き込むセラフィー。


「ありがとう、大丈夫だよ」


 その微笑みに力は無い。


「帰ろうか、今日は何か特別に美味しいものを食べようよ。先生からもらったお金は沢山あるんだからさ」


「そうだね、それもいいかも」


 少しだけマリンに力が戻っていた。


「あ!いたいた、やっと見つけた!」


 一斉に顔をあげた二人が見たものは、こっちを指さして走って来る少年。


「あなたは………」


「トマソンズだよ。秘密の抜け道を使って街に入れるようにしてあげただろう、もう忘れたの?」


 ツンツン頭の少し目の鋭い少年が言った。


「相変わらず生意気ね」


「そうかな?普通はこんなもんじゃないのかな。それよりもあの時、ふたりともすごくクレープを食べたがってただろ?あれから食べた?」


「まだ食べてないけど、それがどうしたの?」


 マリンが首を傾げた。


「そりゃあよかった。いまあのクレープ屋は今、すごく空いてるからお姉さんたちに食べてもらおうと思って探してたんだ」


「空いてる?だってあれから何回かあのお店の前を通ったけどいつも長い列になってたわよ?それで私たち諦めてたんだから」


「いつもはそうなんだけど、今日に限ってたまたま空いてるんだよ。すごいラッキーだろ?絶対今から食べに行った方が良いよ」


 トマソンズは唾を飛ばしながら喋っている。


「なんでそんなに私たちにクレープを食べさせたいの?」


「食べさせたいとかじゃないよ、そうじゃないけど今は空いてるから絶対食べた方が良いよ。こんなチャンス滅多にないよ?」


「それで私たちのことを探してたの?」


「そうだって言ってるじゃん!」


 なんだかあまりにも必死過ぎると思う。


「あなたそんなに親切な人だった?」


「そうだよ。俺は生まれてからずっと親切なんだよ」


 マリンがじっと見つめるとトマソンズは目を逸らした。


「行こうよマリン」


 明るい表情のセラフィーが言う。


「だった私達ずっとクレープが気になってたでしょ?あのお店いっつも並んでるからきっとものすごく美味しいし、なんだか今日のマリンは元気が無いからあれを食べればきっと元気になるよ」


「セラフィーがそう言うなら………」


 マリンの歯切れは悪い。


「そうと決まれば早く行こうよ!そうじゃないとあっという間にまた人が並び始めるよ、今だけ、今だけなんだから」


 トマソンズが手招きする道を歩くマリンとセラフィー。


 空には濃い灰色の雲がどんどん増えていっている。湿度も高くなっていき、いつ雨が降り始めてもおかしくない状況だ。


 もうクレープはいらない、マリンはそう思ったがセラフィーが楽しみにしていると思うと言いだせなかった。


 遠雷が轟いた。





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