34話
魔王虎丸が叫んだ。
「何でだよ、なんで俺が長生きできないんだよ!」
占い師の老婆の胸ぐらに掴みかかりそうな勢いだ。
「嘘だろ!?」
その目は血走っている。
「そうやって適当なこと言って客から金を巻き上げるのがあんたらの商売だ、そうだよな、だから俺を騙そうとしているんだろ?そうだと言ってくれ」
しかしながら占い師マーリンはそんな客など見飽きているといった様子で、落ち着き払って鼻を鳴らした。
「そう思うならそれはあんたの勝手だ。あたしは別に無理に信じてくれとは言っていないんだ。好きに生きればいいさ」
「ちょっと待ってくれ、なんでそんな冷たい言い方をするんだ」
「詐欺師扱いされれば誰だって腹が立つだろう?当たり前の事さ」
呆れたような顔をして言う。
「すまなかった」
青ざめた顔で頭を下げる。
「この通りだからさっきの言葉は訂正させてくれ、ください。お願いします」
まだ頭を下げている。
「占いは信じないんじゃ………」
豹変した虎丸のことを、目を大きく開いて見ているマリンのつぶやきは魔王の耳には入っていないようだった。
「ちゃんと謝れるのは偉いよ。でかい図体して偉そうな感じがしたから少し意外だったね。けどまあそれならこっちも許さないこともないね」
「誰だ、誰が俺のことを殺すんだ、いつだ、いつなのか教えてくれ、頼む、金はいくらでも出す、どうすればいいんだ、俺はまだ死にたくない」
その姿は醜くて、哀れで、滑稽。人間ではないのに、人間の嫌な所をすべて凝縮したような姿だった。
「本気でやりな」
「ふぇ?」
それは意外な言葉だったらしく、虎丸はアホ丸出しの顔をしている。
「死にたくないのなら本気でがんばりな。あんたは自分の強さに自信を持っているんだろうが、並大抵の強さなんかで生き残れるほどこの世界は甘くないってことさ。死にたくないなら本気で努力することだよ」
「ううううう………たしかに、今まで生きてきてあんまり命の危険を感じたことが無いから弛んでいたのかもしれない」
しょぼくれた顔。
「かもしれない、じゃないよ。弛んでいたんだあんたは」
「すいません!」
背の高いがっしりとした体つきの男が深々と頭を下げた。
「俺、弛んでました。食べ物ならいくらでもお金払わずに美味いものが手に入るし、自分だけの温泉もあるし、ベッドも枕も最高だから朝から、まぜのっけ食べて、シェイクうどん食べて、倍ダブルチーズバーガー食べて、どうでしょうを見ながらコーラ飲んで、くずパチ見て、東雲うみ見て、それで一日が終わってました、すいません!」
「それじゃあいけないよ。あんたがそんなことしている間にも、他の奴らは努力しているんだからね」
やんちゃな子供に説教するようにマーリンが言う。
「そうです、その通りです!」
「死にたくないのなら毎日頑張るんだよ」
「はい!」
直立不動のままハキハキと答えるその姿は、占い師に洗脳されて全財産を貢ぐ人間のようだった。
「先生、ご質問よろしいでしょうか」
「なんだい?」
腰を折り曲げて低姿勢を作り、蠅のように両手を擦る哀れな魔王に対し老婆は堂々とした態度で聞く。
「いま私は知り合いからすごくリスクのありそうな話を持ち掛けられています。かなり危険なので私としてはYESともNOとも言わずに時間を稼いでうやむやにしようとしているんですが、このままでいいのでしょうか?」
「言い訳が無いだろう馬鹿者!」
「ひえぃ!」
「安全なことばかりやっていても成長は無いんだよ。危険なことには自分から飛び込んでいく位じゃないといつまでたっても今のままだ。それじゃあ早死にすることになるよ」
「おっしゃる通りです。わかりました、その通りにいたします!」
「うん、いい心がけだよ。というかあんたの名前は何と言うんだい?」
「失礼しました。私の名は虎丸と申します」
「それじゃあ虎丸、とりあえず財布の中の金をすべて置いていきな」
「ふぇ?」
「ふぇ、じゃないよ。私のアドバイスのおかげであんたは早死にから逃れられるんだから金なんか安いもんだろう?この期に及んで何をケチケチしているのさ、私が野垂れ人だらどうするつもりだい?」
「そうでした、すいませんでした」
ぺこぺこしながら財布をひっくり返している虎丸。
「あんたずいぶんと金持ちじゃないか」
「そうなんです。金ならいくらでもあります」
「いいね、気に入ったよ」
「ありがとうございます!」
相変わらず媚を売り続ける虎丸。
「ねえマリン、あれって本当に先生だよね?」
「う、うん………」
ふたりにとって虎丸とはいつも落ち着いていて頼りになるしっかりとした大人。しかしこの瞬間にその全てが崩れていた。
占いなんか信じない。ほんの少し前までそう言っていた魔王虎丸は今すっかり占い師にはまっていた。
オレンジ色の空ではカラスが鳴いていた。
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