33話
危険を察知した勇者マリンの体は実に素直に稼働した。
広背筋、肩甲骨、肘、握り拳。よどみなくパワーは流れ鞭のようなしなやかさを持って背後の敵へと迫る。
片腕の重さは体重の6%程、つまり体重40kgの少女の腕でも2.4kgの重さを持つという事。それに対して金属バットの重さは800gほど。つまり腕というのは上手に使えば、それだけの威力を出すことが出来るのだ。
裏拳。
それはマリン自身今までに一度も放ったことのない攻撃だった。それは勇者としての本能なのか何の躊躇いも無く、攻撃意識すら感じられないほどの攻撃。
素晴らしい威力と、スピードと、意外性を持って、後ろから肩を叩いた者の顎の先を捕らえた。
「ぷぎょーー!」
ずざー、という音と共にごみが散乱した路地を滑りゆく魔王虎丸。
「先生ーー!」
それはまるで世界一哀れなカーリングだった。
◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆
「うう、何が起きたんだ一体………」
目を開けた虎丸の視界にいたのは一人旅をしているマリンとセラフィーだった。
「マリンのことをちょっと驚かせようと思ったら、いきなり目の前が真っ白になって………」
正体不明の汚い液体で濡れている路地に横になりながら、体格のいい男がもごもご言った。
「先生、ごめんなさい」
マリンが必死に頭を下げた。
「なんだか分からないんだけど、体が勝手に動いてしまって」
「先生、マリンはわざとやったわけじゃないんだよ。私も謝るから許してあげて」
「ああそうか、俺はマリンに殴られたのか」
顎をさすりながら顔を顰めた。どうやらまだかなり痛いようだ。
「こっちこそ驚かせてごめんよ」
正体不明の汚い液体で濡れている路地に手をついて立ち上がった。
「拳は怪我してないかい?」
「私は大丈夫」
「それは良かった」
そう言って微笑む虎丸の着ている黒い服は、買ったばかりのように綺麗でぱりっとしていた。結構長い距離、路地を滑ってかなり汚れていたというのにだ。
「どうして先生がここにいるの?」
セラフィーが聞いた。
「たしかにふたりだけで知らない街で頑張ってみなさいと入ったけど、気になってね。マリンとセラフィーの事を信用していないわけじゃないんだけど、親心ってものだよ」
「久しぶりに先生の顔を見れて嬉しい」
「私もふたりの顔を見れて嬉しいよ」
「けどどうしてここだってわかったの?私達は迷子だから自分がこの地図のどこにいるのか分からないのに」
「なにをいってるのさ。行く前に説明しておいただろう?渡したリストバンドにはお互いの居場所が分かるような魔法が組み込まれているから何かあったらすぐに助けに行くことが出来るよって」
「「あ!」」
ふたりそろって声をあげた。
「発動」
虎丸が声を出すのと同時にそれぞれのリストバンドから髪の毛くらいの細さの黄色い光が出て、3人の手首を3角形で結んだ。
「そうだったね」
「すっかり忘れてたよ」
「まあまあ、使う機会が無くて良かったじゃないか」
虎丸が苦笑いを浮かべている。
「あと、さっき迷子って言ってたけどそれはどういうこと?地図があるのにどうして迷子になんかなるのさ」
「だってこの地図分からないんだもん!これって絶対に不良品だと思う。ここみたいに細い道は地図に乗せてないんだよ」
少し拗ねたような顔でマリンが言う。
「地図が分からないのなら上から見てみたらどうだい?」
「うえ?」
ぽかんと口を開けている。
「ふたりとも修行のおかげでものすごく高く跳べるじゃないか。細い道は書いていなくても塀の形とか教会の場所とかで、どこ煮るのかは大体わかると思うよ。一度で分からなくても分かるまで何度も確認すればいいんだからね」
「ほえー」
マリンが感心したような顔をしている。
「まあ全部が経験だよ。良かったじゃないか、もし次に同じようなことがあっても2人ならすぐに解決できるよ、きっと」
夕暮れの中、少し恥ずかしそうにしているマリンとセラフィー。
「ちょっとあんた、すこしばかり占ってあげてもいいよ?」
振り向いた虎丸の視線の先にいたのは、いかにも占い師という格好をした占い師。
「悪いけど私は占いを信じないんだ」
「それじゃあ私が喋りたいから勝手に喋るよ」
「ずいぶんと強引なひとだな………」
「あんた、あんまり長生きは出来そうにないね」
その老婆のたったの一言で魔王虎丸は跳び上がり、目をひん剥いた。
粒の黒コショウを噛んだ時のようなスパイシーな香りが狭い範囲にだけ漂った。
それは魔力の香りだった。
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