32話
「うーーー」
夕暮れの街の中に響くのは、力のない少女の声。赤い鎧を着た兵士たちから逃げたマリンとセラフィーはいま、道に迷っていた。
地図を広げてみても今自分たちがどこにいるのか分からないから、見ようがない。
「ぼおーーーーーーーーーーーーー」
夕暮れの街の中に響くのは、瞬きもせずに斜め上の空を見上げているおっさんの声。
明らかに正常な状態ではなく何らかの薬物によってこうなっていることが分かる。最初見た時は驚いていた二人だがもう何人も同じような人を見ているのですっかり見慣れてしまった。
逃げるために細い道を選んでいるうちに地図にも載っていないような道に入ってしまったとしか思えない。
物陰からは何者かの視線をビシビシ感じる。もう何度強盗に遭ったのか分からない。その度にすべてを倒してきたが、それでもどこから湧いてくるのか次々に現れる。
全員が魔力を使うことが出来ないただの人間なので、実力的には問題なく対処できるものの怖さは感じる。
地図は段々くしゃくしゃになってきた。あの兵士たちにいつ見つかるか分からないという怖さがあるし、自分がどこにいるのか分からないというのも不安。お腹もすいてきたし早く宿屋に戻りたい。
「大丈夫よマリン」
セラフィーが軽やかな笑顔で言う。
「そんなに焦らなくても歩いていればそのうち知ってる道に出ると思うよ。散歩だと思って楽しみましょう」
「セラ………」
自分とは違ってポジティブなセラフィーが羨ましいと思う。
「疲れてない?」
「全然大丈夫!」
笑顔で答える。
「空を飛ぶのに比べたら全然疲れないよ。マリンだって疲れては無いでしょう?」
「そうね」
言われてみれば足が重いだとか、そう言った体の疲れはあまり感じていない。気持ちだけは重たいけれど、走れと言われればいくらでも走れそうな気がする。
「ね?だから大丈夫」
「うん」
夕暮れの長い影を作り地図も見ないで歩くふたりの背中に、唐突に声がかけられた。
「お嬢さんたち、ちょっくら占いでもどうかね?」
建物と建物の隙間の暗闇の中にひっそりといたのはフードを深々と被った、しわくちゃの老婆だった。
「占い?お婆さん占い師なの?」
「そうだよ。この世界で一番の絶体絶命占い師マーリンとは私のことさ」
「絶体絶命?」
マリンは首を傾げた。
「まあそれはいいじゃないさ。とにかくお暇ならどうだい?あたしがから声を掛けるなんて滅多にあることじゃないんだよ?運が良いよあんたたちは」
「わたし、占い師の人って初めて見た」
「私も」
「占ってください!」
セラフィーが元気よく手を上げた。明るく振舞っていてもどこか暗い雰囲気の会った二人だが、一転して目が輝いている。
「それじゃあこの水晶に触れてごらん」
「こう?」
赤いビロード生地の掛けられた小さな机の上にある子供の頭くらいの大きさの球体に手の平で触れた。
「ポロロッカポロロッカカイトウポロロッカ」
マーリンと名乗った老婆が手をかざすと、水晶が青白く柔らかい光を薄っすら放ち始めた。
「わー!光った、この人絶対に本物だよ」
「仙!見!暴!未!来!」
マーリンの声と同時に二人の耳に甲高い音が響き始めた。
「ふむふむふむふむ………」
水晶玉を覗き込みながら言う。
「なに?何が見えたの?」
「あんた名前は何て言うんだい?」
「セラフィーだよ」
「セラフィー、あんたはもっとワガママに生きてもいいね」
「わがまま?」
「そうだよ。あんたは周りの人間からは自由気ままに生きているように思われていながら、実際は相手の顔色を伺って自分を押さえてしまうところがある。相手が考えていることを感じ取る能力が高いのはいいことだけれども、それによって自分を苦しめるのはいけないよ。自分の人生なんだから自分が主役で良いんだ」
「ほえー」
「つまりは、もっと素直に生きていいってことさ」
「わかった!素直にだね?」
「そうさ。それがあなたが一番輝いている時なんだ。あんたの笑顔には人を引き付ける魅力があるんだからそれをもっと出していった方が良いよ」
「わかった!」
すっきりとした表情で頷くセラフィー。
「マーリンさん、私も、私も占って」
「もちろんだよ。それじゃあこれに手を振れてごらん」
「はい」
居てもたってもいられずに、丸椅子に勢いよく座った。
「えー私ももっと見てもらいたかったのにー!」
「仙!見!暴!未!来!」
「ほら、もう始まったから私の番なの!」
「でもさっきワガママでいいって言われたばっかりだから、ずっと私だけの順番が良い!」
「それはワガママすぎ!」
「あんたの名前は?」
「マリンです」
「マリン、あんたには近々人生の転機が訪れるよ」
「ええ!?」
「大きな二つの道の内、どっちを進んでもきっとあんたは生涯において消えない傷を負うことになる」
「え、え、え」
「その時に大切なのは迷わない事」
「迷わない………」
「本能に任せるんだ。どちらを選んでも大正解という事は無いけれど、どちらか一方ならまだマシ。その時に頼りになるのは自分の直感だよ。考えるのはいいけれど考えすぎるのは良くない、頭じゃなくて本能で選ぶんだ。そうじゃないとマリン、あんたは一生泣くことになるよ」
目の前に座って、占ってもらって初めて気が付いた。占い師マーリンの瞳は緑色。さらには濃密な魔力のにおいがした。
その瞬間。
背後から不意に、肩に手の感触を感じた。
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