19話
魔王城の周囲には今日も深い霧が立ち込めている。
魔王の汚れた魔力によって生み出され、人間に害をもたらすといわれる霧。しかしながらその中心にある魔王城には健康的な太陽が降り注いでいる。
そんな魔王虎丸の魔王城の一室。
深い赤みを帯びた重厚なマホガニーのテーブルは窓からの光を浴びて、高級感と木目の美しさをさらに際立たせている。
そんな素晴らしい書斎の中にいながら虎丸は顔をしかめている。その視線の先には4通の手紙が広げられている。
「まずはこれから………」
差出人は人間の王族で、内容を簡単に言えばセラフィーを返せという事だ。今まで向こうから手紙が来ることはほどんどなかった。それなのにここ最近は何度も同じような内容の手紙が来る。
「これは今まで通り拒否だな。セラフィーはもうすでに私の物なので渡すつもりは無い、と書いてくれ」
「Yes」
人を模した土の人形「クレイマン」という魔物が、学生が使うくらいの大きさの机の上でペンを走らせ始める。
これは虎丸特有の能力だ。
クレイマンという自我がほとんど無い魔物を召喚し、そこに人間の魂をはめ込むことで、文字を書けるクレイマンとなることを発見した。
これはほかの事にも応用することが出来るので、普通の魔王にとっては、弱くて遅くて頭が悪いクレイマンという魔物を、虎丸は好んで使っている。
「次はこれ………」
差出人は大魔王となっていて、内容としてはお前の城の近くでまた未登録のC級相当の戦闘力をもつ何者かが現れたから調査しろ。できれば生きたまま捕獲して引き渡せ、というものだ。
「これに関しては了解、と書いてくれ」
「Yes」
同じようにペンを走らせるクレイマンを見つめる虎丸。もしこれが人間だった時にできればどれだけよかったのにと考えている。指示をするだけで、文句も言わず勝手に仕事をやってくれるのだ。
「次はこれか………」
今までも顔が曇っていた虎丸だが溜息までが出た。これに関しては差出人を見る前からすでに誰の手紙かは分かっていた。
魔王カジツ。
魔王は長い時間を生きたほうが強い、という格言の通りの力を感じさせる先輩魔王だ。
もともとは虎丸と同じ転生者であるのだが、生きてきた時代は恐らく江戸時代くらいだろうと想像している。
封筒が薄いピンク色をしていてさりげなくお花の模様が入っているのですぐに分かる。これに関して虎丸は間違いがあってはいけないとばかりに何度も便箋を見返している。
「ふたりで魔王を倒そう、か………」
「いい話ではないか」
視線を向けるとそこにはクレイマンの机の上でどっしりと香箱座りをしている黒い猫がいた。
「魔王が魔王を喰う、この世界では当たり前のことだ」
「あの、いつの間にかそこにいるっていうクロの特技に驚くのは毎回だからいいんだけど、そこにいるとクレイマンが手紙を書けないんだけど………」
「むしろ今まで一度も魔王に戦いを挑みに行かないその弱腰に腹が立っていたんだ。ちょうどいい機会だ」
手紙を書くという仕事を任せられているのに猫がいてできない。クレイマンはおろおろしている。
「弱腰って、そんなに無理に戦う必要は無いよ。大体にして魔王は年月を重ねたほうが強いっていう原則があるわけだから、勝負を仕掛けるのなら時間が経ってからの方が絶対に良い」
「何を言っているのだ馬鹿め」
「生まれたての魔王なんて、古い魔王からしたら餌みたいなもんなんだから気を付けないと。急に力を手に入れたからって暴走するほうが馬鹿でしょ」
「たしかにそれは馬鹿だが、弱腰すぎるのもまた馬鹿だ。そんなことだから一生童貞なのだ」
「俺は童貞じゃない!!」
窓ガラスが震えるほどの絶叫。ペンを持ったまま止まっているクレイマンも揺れている。
「今回は保護者同伴で魔王を倒せるというのだからこれ以上の機械は無いんだからさっさと覚悟を決めろ」
「童貞じゃない、童貞じゃない………」
「おいクレイマン、さっさと了解の返事を書いて魔王カジツに送れ」
新しい便箋を取り出してすぐさまペンを走らせるクレイマン。
「俺は童貞じゃないんだ………」
そういってヒラリと机から飛び降りた黒猫はブツブツ言っている
虎丸を見下したような金色の眼で見ていた。
マホガニーのテーブルは重厚な光を放っていた。
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