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13話

 


 太陽を遮るほどに濃い霧の中を二人の男女が立ち止まっている。


 視線の先にあるのは小高い丘の上にある、屋根だけが黒く後は真っ白な横長の重厚な建造物。


 比較的新しい魔王であり、一部の人間達からは慕われている魔王虎丸の城である。


 魔王城と言われてイメージするような禍々しさは無く、どちらかと言えば平凡な城にも見える。しかし近づくにつれて気が重くなる雰囲気は確実にある。


 平凡であることが逆に人の心を乱すのだ。



「今から何とかして中止にならないかなぁ………」


 ため息をついた後で長いグレーの髪をかき上げた男が言った。


「何子供みたいなこと言ってんのよ、私たち仕事しに来てるのよ?」


 隣にいる眼鏡をかけた気の強そうな女が睨むようにして言う。


「わかっちゃいるけど気が重いんだよな。魔王城って」


「そんなの私だってそうよ」


 即座に返す。


「だったら今日だけは止めとこうぜ、なんかいつもより怠いんだよな。喉も乾いたし頭も痛いし」


 城から目を離すことなく鼻を掻く。


「何言ってんのよ!」


 女の叫びに応じたかのように霧がゆっくり動き出す。


「一回逃げたら次はもっと来にくくなるんだから。あんただってもう若くないんだからそれくらいのことは分かってるんでしょ?」


「そりゃあ分かってるけどさあ、なんかここに通い出してから体調が悪い日が多いんだよな」


「飲み過ぎでしょ?」


 女は白い目で見ている。


「いいや違うね、絶対この霧のせいだ」


「なんでそう思うの?」


「だっておかしいだろ、いつ来てもこの魔王城には濃い霧がかかってるんだ。魔王の汚れた魔力で作りだした毒の霧なんだぞ。お前だってわかってるだろ?」


 薄汚いものを見るように霧を見る。


「そんなの迷信よ。私は体に異常を感じていないし」


「嘘だろ?」


「今の時代そんなこと常識なのよ?そんな田舎の爺婆が言いそうな事、まさかあんたが信じてるとは思わなかったわ。何のために本ばっかり読んでるのよ」


「俺が読んでるのはファンタジーものなのよ。この霧が毒があるとかないとかの本なんか読むわけないだろ」


「読みなさいよ。魔王城に行くって決めた時から私は出来る限りの下調べはしてきたわよ」



「あー頭痛てぇ………。ここに来るようになってから眠りが浅いんだよな。悪い夢ばっかり見るし」


「だから関係ないってば、私はぐっすり眠れてるから」


「おれってやっぱ体のつくりが繊細なんだよな」


「何私のことを鈍感みたいに言ってんのよ!あんたの体調が悪いのなんか単に飲み過ぎただけでしょ、年取るとお酒が弱くなるっていうからね」


「何言ってんだよ!俺はまだそんな年じゃないって。体だって引き締まってんだからな」


「その割にはもみあげが白髪だらけよ」


「見んなよ!」


 男はもみあげに手を当てて隠す。


「っていうかなんで俺が魔王城に剣を教えに来ないといけないんだよ。魔王は人間の敵だぜ?」


「金」


「やっぱそれだよな………」


「お給金がいいんだから仕事先が魔王城でも我慢するって私は決めたの!私たちみたいに生まれが良くなくてそこまで一流じゃない使い手にここまでいいお給金を払ってくれるのなんて魔王くらいなんだから」


「そりゃまあ確かに金はいいけどさ………けどこんなことのために俺はガキの頃から毎日毎日剣の稽古をしてきたわけじゃねぇんだよなぁ」


 男が何度目かのため息をついたところで、魔王城の城門がゆっくりと開いていく。


「ほら、もう逃げられないわよ。あの魔王がどこから見ているかわかんないんだからシャキッとしなさい」


「はー面倒くせぇ」


「いつまでグチグチ言ってんのよ!」


「わかったよ。逃げるのはもう諦めた、金のためだもんな頑張るしかねえよな。けどマリンがなぁ………」


「言わんとすることは分かるわ」


「あいつの才能やばすぎるんだよな。会う言うの見るとやっぱり持って生まれた才能ってあるんだよなって落ち込むよ」


「諦めなさい。才能の際私たちは何も考えずにとにかくお金を稼ぐしかないのよ。神様を恨んだってしょうがないんだから」


 溜息が濃い霧にかき消された。


「さあ行くわよ」


「わかったよ」


 女は神経質そうな顔で辺りを見回した後で男と一緒に魔王城の中へと入っていった。




 ◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆





 道場の中に入ると生徒であるマリンと知らない女の子がいた。それだけならいいのだが、ふたりにとって出来るだけ会いたくない存在もいた。


「ハルトにシオン、久しぶりだね」


 魔王虎丸。


 人間とまともに交流を持つ数くない魔王であり、過去は人間だったと公表している魔王である。


 紫色の肌をしたいかにも悪魔という姿をしていて、身長は2mほどありかなり良い体格をしている。


 目には知性を宿していて穏やかさを感じさせるが、放つオーラは強く鋭い鎌を首元にあてられたような寒気を感じる。


 もし本気を出せば自分達では手も足も出ないほどの実力者であるという事は武術や魔法に精通しているものほどそう思うだろう。


「お久しぶりです」


「どうも」


 ハルトは軽く、シオンは深めに頭を下げた。その途端、背中に寒気が走る。本当の所は魔王から目を離すのは少しの間でも嫌なのだが、雇われている以上は礼儀として仕方がない。


「今日は二人に頼みたいことがあって来たんだ」


 見た目の割に人間と同じように話すことに、未だに違和感を感じてしまう。


「なんでしょうか」


「実は色々と込み合った事情があってここにいるセラフィーがこの城で一緒に暮らしていくことになったんだ。なのでせっかくだからマリンと同じようにセラフィーに対しても、剣術と魔法の稽古をつけてもらいたいんだ」


「そういうことですか」


「報酬は?」


 ハルトがやや鋭く聞く。


「いまの倍の額を払うよ」


 ふたりの顔に笑みがこぼれる。


「それだったらまあ………」


「私たちにとってはありがたいです」


「それでは契約成立という事だね」


「もちろんです」


 魔王虎丸が手を差し出す。


「ただし………」


 動きが止まる。


「今まで通り私たちのことは一切他言無用だからね。もし約束を破ってしまえば悲惨な未来が待っているだろう」


 道場を包んでいた神聖な雰囲気が、内部の空気が歪むほどの異様な雰囲気でもってかき消された。


「お約束しますよ」


「わかってるよ。こっちは今まで誰にも言ってないんだから」


 ハルトとシオンはともに魔王と手を握り合う。


 人間の中には相手が魔王とわかっていて、それでもなお取引をしようというものがいる。ハルトは剣術を、シオンは魔法をそれぞれマリンに対して教えている。



 まだまだ成長途中ではあるがその分だけ伸びしろがある。将来人間の敵になるかもしれないことは分かっているが、それでもより強くするために、自分達の持っている知識の全てを教える。


 これほど給金の高い勤め先はそうそうあるはずがない。だからこそマリンを強くしていくという結果を出し続けなければいけない。自分以外にとってかわられない様に。


「それでは今回の分の報酬を先に支払うよ」


 手の平に金貨の重み。



 自分達だけじゃない。


 ほかにも魔王に協力している人間は大勢いる。自分たちがやらなくても他の誰かがやる。生きていくためにはしょうがない。


 言い訳しながら魔王のために働く人間がいる。


 そうしてマリンは日に日に強さを増していく。


 贋金によって。




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