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10話

 


 魔王城にしては質素なリビングの中にはエレガントさの塊のような人間の見た目をした魔王と、背中を丸めている魔王がいる。


「ところで、今日私が来たのは「喜代太君」の調子はどうかなと思っての事なの」


 室内はまるで極楽浄土のような香りに満ちている。


 真っ黒いショートカット、陶磁器のように白く艶やかな肌、やや切れ長の赤みがかった眼、薄いピンク色をした唇、メリハリの効いたスタイルに薄いピンク色のドレスを着た魔王カジツが言う。


「あ、」


 汗で顔がピカピカになっている魔王虎丸は口を開けたまま固まっている。


「どうしたの?」


「………」


「ねえ」


 魔王カジツの指先が虎丸の頬に触れた瞬間、大きく飛び退いた。


「うわあっ!」


「何よそんなに驚いて、私が汚いものみたいじゃないの」


 赤い眼が鋭い。


「汚いなんてそんなわけないじゃないですか、魔王カジツは世界一エレガントで素敵なんですから。ただ急だったものでちょっと驚いてしまっただけです」


「お世辞はいいわ」


「お世辞じゃないですよ。本当に僕が今まで見たどんな人よりもお綺麗で。もし魔王カジツが僕の住んでいた世界にいたらきっと女優さんになっていたと思います。それくらいお綺麗ですよ」


 虎丸の額からは、また汗が流れている。


「敬語もやめてって言ったでしょ?」


「す、ごめん」


「それよりも喜代太君のことよ」


「ああ、そうでしたね………」


「先の戦いでも大活躍だったらしいじゃないの。なんでもあの鬱陶しいワニの魔王の軍勢をあっという間にやっつけたらしいじゃないの。私とあなたの特殊魔法を融合させた、最高傑作の配下なのだから当然なのだけどね」


「そうだよねー」


「そうだよねーではなくて、私は詳しい話を聞きたいのよ。どんな戦いぶりだったのか、とかね」


「それなんですけど………壊れました」


「はぁ!!?」


 重いテーブルが浮き上がるほどの魔力の爆発。


 今までエレガントの極みの様だった魔王カジツが大声を張り上げた。その事自体にも虎丸は驚いたがさらに驚いたのは溢れ出した魔力の強さ。一瞬にして冷や汗が出た。


 城が細かく強く揺れている。


 虎丸よりもはるかに長い時を生き、魔王として力を蓄えてきたカジツの持つ魔力からすれば、感情を出しただけでこのような地震を引き起こす。


 そしてそれは思いもよらぬ結果を生み出した。


「わーー!」


「あわー!」


 地震の衝撃でリビングの扉が開いた。そしてその隙間から転がるようにして部屋の中に入ってきたのは二人の少女。


「マリン!セラフィー!」


 カーペットの上に座りこんだ勇者マリンと天使セラフィーは気まずそうな顔をしたあとで、ひとりは笑い、ひとりは怒っている。


「私は止めておこうって言った!」


 白銀色の髪の毛をした少女が言う。


「えーマリンだって気になるって言ってたじゃん!」


 薄い金色の髪をした少女が言う。


「言ってないよそんなこと!」


「言ったよ、私聞いたもん!」


 取っ組み合いを始める二人を見て頭を抱える虎丸と、目を輝かせるカジツ。


「いいからふたりとも出ていきなさい」


 ため息をついた虎丸が言った。


「そんなにすぐに帰らさなくてもいいじゃないか虎丸。せっかくだから自己紹介ぐらいはさせてよ」


「しかし………」


「少し話を聞いて見たいの」


「けれど………」


「私がいいと言っているんだよ」


「それでも………」


「敬語!」


「すいません!」


 声を張り上げたカジツと、即座に頭を下げた虎丸。その姿はまるで監督と野球部の高校一年のように見えた。


「ふたりは私のことが気になるみたいよ。そうでしょ?」


 魔王カジツは微笑んだ。


「すっごく気になる!だって女の人が時々このお城に来くるんだけど、その時の虎丸先生はすごく緊張してるって言ってたし、さっきもすごい怖がってたから」


 にこにこ話している姿を見るとそこに悪気というものを一切感じない。ただ本当に思っていることをそのまま言っているように見えて、子供ならではの心の純粋を感じる。


「だからきっとものすごい怪物みたいな女の人が来るんだろうなって思って、どうしても見てみたくなったの」 


「虎丸。君は私のことを怪物だと思っているのかい?」


 笑顔のままで問いかける。


「まさか!そんな、そんなことありませんよ、ないよ。緊張にはいろいろと種類があると思うし。怪物っていうのはセラフィーが勝手に言っているだけです。コラ!失礼にもほどがあるぞ!」


「声を張り上げるのは止めてちょうだい。私は怒鳴る男が大嫌いなんだ」


「すいませんでした」


「彼女にも謝るのよ」


「ごめんなさいセラフィー」


 虎丸は頭を下げた。


「ちょっとびっくりしたけど大丈夫」


「それなら良かった」


 虎丸が安心した顔で言う。


「虎丸先生がいつもと違う。なんか小さくなってる感じがする」


「そんなことないよ」


「そんなことあるよ!なんか元気がない。おじいさんみたいに背中が丸まってるし」


 虎丸の心情を知らずセラフィーは尚も食い下がる。


「少し緊張しているだけだよ」


「きれいな女の人と一緒にいるから?」


「そうだよ」


 さっきよりも少し背を伸ばした虎丸が答えた。


「怪物と一緒にいるからじゃないのかい?」


 意地悪そうな顔で魔王カジツが聞く。


「まさかそんなことあるわけないじゃないか」


「ふーん」


「本当なんですよ、信じてください」


「信じるわ」


「ありがとうございます」


「これ以上いじめるのもかわいそうだからね。その代わり嘘を付いたら罰をあたえますけど」


 男の喉が鳴る音がした。


「それじゃあ君たちはもう下がりなさい。そろそろお勉強の時間じゃないか?あまり魔王カジツにご迷惑をかけてはいけないよ。すいません、変なことになってしまって」


「私は全然かまわないのよ、私はこういうたわいもない話が好きだから」


 魔王カジツはいつものエレガントさを取り戻していた。


「せっかくだからもう少し彼女たちから話を聞いて見たいわ。君が普段私のことをどう思っているのか知りたいの」


「何を言っているんですか、止めましょうよそんな事」


「どうして?」


「どうしてって言われても………なんか恥ずかしいというか」


 しどろもどろで答える。


「ん?」


 白く艶めかしい足を組みながら座っていた魔王カジツが、何かに気付いたかのように視線を移した。


「どうしました?」


 上体を折り曲げ、何かを拾い上げた。


「これは………」


 それは先日、セラフィーが振り撒いた真珠の様なもの。


「ちゃんとお掃除したのにまだ残ってたんだそれ」


「素晴らしい」


 摘まみ上げて光にかざすカジツが息を吐くように言った。


「お姉さんそれ欲しいの?」


「くれるの?」


「いいよー沢山あるからあげる。お姉さんはすごく綺麗だからそのきれいなのもすごく似合うから」


 セラフィーがあっけらかんと言った。


「ありがとう。あなたはとても優しい子ね」


 カジツが微笑む。


「お姉さんってすごく綺麗だね」


「そうでしょ?」


「私もお姉さんみたいにきれいになりたい」


 セラフィーの目はきらきらしている。


「がんばればきっとなれるわ」


 柔らかい時間。


 もしかしたらこの人の本当の笑顔をいま初めて見たかもしれない、虎丸はそう思った。





最後まで読んでいただきありがとうございました。


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