俺は重度のオタクのふりをすることにした
消毒液の強い匂いを感じたあの日――。
俺は、ガチオタクのように振る舞うことを決意した。
幼馴染でもなんでもなかったが、ある女の子は不登校になっていた。小、中学校は一緒だったが、高校は別だった。
イジメか何かかと思ったけど、病気らしい。らしい、という推量は語弊があるが、病名も知らない他人だから、断定することはやめた。病気の人に病気のことを詳しく聞くほど、面の皮は厚くなかった。そこまで親しかったわけでもなかったし。
けど――。
親伝てで、入院先に見舞いに行くというイベントがなぜか回ってきた。
そこで、俺は――。
俺は入院中で動けない彼女の代わりに、彼女の目となることを安請け合いした。
◇ ◇ ◇
「最近の機械は便利だろう」
スマホのモニターには、vtuberのような美少女の2Dliveモデルが動いていた。
まさか、入院している子です、とクラスメイトの誰かにきかれて答えるわけにもいかない。
だから――。
俺はオタク。ガチオタクなんだ。萌え~っ!!
推しは隕内ラサナ。ラサ民をやっとる。白いふわふわのボブカットに、優しげで少し眠たそうな目、背中には天使の羽が生えている美少女だ。
『便利だね。わ―、教室だ』
ラサナちゃんは、俺のスマホのカメラを通して世界を見ている。今は廊下から教室の方を向いている。
ラサナちゃんと話す気分は恋愛シミュレーションゲームが進化した感じ。
ラブマイナスから現実時間と連動した疑似恋愛ゲームがさらに進化したような最先端ギャルゲーをしている気分。そういう情緒をできるだけ持ちたい。主に、精神面の健康のために。
『でも本当に大丈夫なんですか』
「大丈夫大丈夫。周りには、二次元オタクにしか見えないから。画面の中の美少女にもうバッチリ心を持ってかれた少年演じてるから」
『でも、学校で没収とか』
「今は多様性の時代だ。アニメキャラとも結婚できる時代に、俺の愛の形を学校側に主張するだけだ。真実の愛の前に、次元の壁なんて小さいものってね。サブカルチャーも文化だ」
俺は電話するみたいに二次元のキャラと会話する。
実際、やっていることは本質的に電話だろうけど。ビデオ通話がガワを被っているという点が特殊なだけで。
「清彦が壊れた」
横にクラスの女子がいた。ちなみに、この前告って振られた。
夏休み前、いけると思った俺を殴りたい。いい人だけど、そういう目で見れない。はは、いい人です。こんな面倒ごとでも引き受けるぐらい。
「ああ、俺は画面の中のカノジョが好きになったんだ。もう俺の愛の永久機関が完成されたんだ」
『あのー、そんなイタいセリフしなくても』
安心してほしい。ラサナの声は、イヤホンで俺にしか聞こえない。二人の愛の語らいを盗み聞きされるわけにはいかないからな。
スピーカーにしたら、さすがに公共の利益のために、スマホを没収されそうだし。
「もしかして、わ、わたしが振っちゃったから。現実逃避っ。二次元嫁は裏切らないって」
「そうだ。俺はこいつと結婚するんだ」
こいつと旅にでるんだ。
『ちょっとっ。演技だって、演技だって分かってても、心臓に悪いからやめてください』
ラサナが画面の中で抵抗運動をしているが、次元世界に格納された嫁は物理的障害にはならない。
「じゅ、重症だ。わ、わたしが、なんとかしないと。少子化対策しないと」
「おい、少子化は視野広すぎだろう」
環境問題は一人一人の意識が大事だけど、少子化は男性が一人恋愛市場から脱落しても大丈夫な親切設計な歯車だ。何人も脱落している。
「現実の女なんてクズだとか書き込みながら、実は女子とのデートもしたことない弱者男性に――」
「俺、デートぐらいしたことあるんだが。というか、お前といった映画館やら花見はデートではないと――」
『ギリギリ、ギリギリィィ』
ちょっ、ちょっと待って。今、どうやって黒板をひっかっくような音を出した。耳が死ぬからやめてくれ。嫉妬か、ラサナちゃん、嫉妬ですか。俺のハートはラサナちゃんにホールインワンだよ。
画面の中のカノジョが物理的障害になっていった。モスキート音で若者を撃退するように。
「それで、それって何? 新しいゲームかなんかなの」
「彼女は流れ星から落ちてきて母星に帰ることを夢見る隕内ラサナちゃん、vtuberだ。いずれ銀河の果てまで人気を爆上げして、母星に気づいてもらうんだ」
「さっき話してなかった?」
俺のオタク的早口は無視された。頑張ったのに。
「スパチャ特典だ」
推しに金を貢げば、どんどんランクが上がるのは当たり前だ。課金は全てを解決する。キャバクラで学んだ、ゲームの。
金の切れ目が縁の切れ目ならば金を切らさなければ縁は切れない。まぁ、俺は無課金勢だが。
「ちょっと、yo!tube調べてみるね」
俺を振った少女は、スマホを軽快に操作していく。
「――――って、2つしかアーカイブないんだけど。再生数、500もないんだけど」
「一目惚れだ。俺はこの子を70億人から見つけたんだ」
痛い痛いって。なんか耳から嫌な効果音が響いてくるんだけど。会話に集中できないって。
「ねぇ、ラサナちゃん。ごめんね、こいつは三次元に戻すから。別のスパチャ民を頼ってーー」
「待て待て待て、俺は二次元戦士だ。二次元のために戦う覚悟ができている」
俺はできるだけキメ顔でそういった。ドヤァ。
「ちょっと、その嘘くさいオタク演技をやめて、く・れ・る」
上履きを思いっきり踏まれた。
なぜだ、元が陰キャじゃなさすぎたせいか。まだ生粋のオタクになりきれてないのか。ライトオタクでいいですか。
「はいはい、事情を説明しなさい。何、この子はこの学校の人とか。布教活動でも手伝ってんの」
なんだか完全に問い詰められてる。
◇ ◇ ◇
「ーーーということで、かくかくしかじかです」
「かくかくしかじかはいらない。そっか、その子は、入院中で暇だから、外の世界を見せて楽しませようとしていると」
大丈夫。この子は分かってくれる。
言いふらすタイプではない。俺が振られたこともクラスで噂になってないし。
「ちょっと、ラサナちゃんとお話ししていい」
「ラサナ、いいか?ーーオッケーだって」
俺はイヤホンを渡す。それから、彼女は、こちらに聞こえない様に、コソコソとお喋りした。
けっこう長い時間に感じた。
それから、彼女はイヤホンを返す。
「とりあえず、もう少しカモフラージュはキチンとしようか。もっとアーカイブ増やしていこう」
さすがに、2つだけの配信は少なすぎるか。個人勢のvtuber設定だったとしても。
でも無理のない範囲でストックをためていってほしい。入院少女がどれだけ体力が持つのか、俺には分からない。
「お前はマネージャーか何かか?」
「あんたはオタクにプロデュースする。髪とかセットしない。もっとオタクっぽくしないと。でも、とりま、お出かけだよね」
「両手に花だな」
片手にスマホ、片手に――。ああ、空を切りそうだな。
「オタクっぽくない返し。もっとオドオド感が欲しい」
「りょ~。でも、学校の授業でも見てるだけでいいって」
「いいわけないって。もっと楽しいこと見せてあげないと。いい、ラサナちゃんの好感度を上げるゲームをしていると思いなさい」
俺を振った少女が別の少女の好感度上げゲームを勧めてくる件について。
脈がカケラもなかったということが顕著すぎる。
それにしても、デートしてデレさせろって、いや、彼女は別に恋愛体験したいわけではなかったはずでは。まぁ、俺が一人疑似恋愛するのは変わらないか。悲しいガチ恋勢の最前列に待機。チキンがいくら冷めようとも。
商店街にゴー。
俺のオタクが街中までシュールに広がろうとしている。しかし、失恋期間中の俺は、あたらしい恋を追い求めてはいないし、絶賛二次元に生きているから無問題。
「ラサナちゃん、何かしたいことある?」
『……地球の文化を知りたいです』
「設定そのままで行くんだ」
別にvtuberのガバガバ設定なんて、途中で崩壊していくのが世の常だが。
200歳とか1000歳とかね、逆に、永遠の17歳とか。
『勉強がしたいです』
「さて学校に戻って勉強しようか」
くるっとターン。来た道を戻れ。
ラサナちゃんは学びに飢えているようだ。
まぁ、学校行ってないと逆に勉強してないから勉強したくなるということか。もっと、ゆとりを。
「あれ、もっと青春ドラマしたいのかと思ってた」
俺を振った少女、いやもう本名でいいや、サヤカは予想と違ったようで残念そうだ。
『カフェで勉強しよう』
ラサナの一声でオシャレなカフェに向かった。
さすがに、学校にすぐに戻るという選択はなかった。
「カフェの店員の目、やばかったね」
サヤカが言っているのは、俺がラサナにメニューを見せてどれがいいか、聞いていた際のことだ。
明らかに、二人なのにドリンクを3つ頼む変人。画面と話しながら、呪文のような名前の飲み物を頼んだ。カノジョがいるのに、二次元嫁に入れ込むイタい人間と思われてそう。
「どうせ飲めないのにって言うのは野暮かな」
「ラサナはデータを食べるんだ。そうだろう」
ドリンクをスマホスタンド代わりにしているラサナはむくれて言う。
『変な設定を足さないでください。でも美味しくいただきますね。余った分は飲んでください。わたし少食なので』
「清彦、数ヶ月後には、デブ彦になってない」
「それは幸せ太りだな。何も問題ない」
「では、今日の授業の復習と宿題やりますかー」
少し小さめの机に、ノートをひろげる。
『先生、分かりません』
「ラサナちゃんって何年生?」
「同い年だぞ」
「えっ。1、2年下だと思ってた。清彦にですます調だし」
「ラサナちゃんはお上品だから」
「それ、わたしを下品って言ってる?」
やめろ、靴で足を踏むんじゃない。踏み活に目覚めたらどうするんだ。
『歴史がいいです。それまで待ってます』
「まぁ、歴史なら、分からないなんてことはないか」
『この星の歴史から学びます』
「それだと地学みたいな感じね。じゃあ、さっさと宿題だけやっちゃおうか」
「オッケー」
46億年前に誕生した地球の人新世の地上の片隅で、フェアトレードなコーヒーを飲みながら宿題をさっさと終わらせた。
「じゃあ、世界史にしようか」
『先生、お願いします』
「先生、お願いします」
先生役を、サヤカに押しつけるのにはスピードが大事。発言は、できるだけ早くした方が勝つ。議論の鉄則だ。反応が早いほうが出来る人間に見えるという不思議。
「なんで、わたしが先生役なの?」
「俺がやった場合、教科書の読み上げが始まるが、いいか」
「いいよ」
『いいです』
「ごめんなさい。恥ずかしいから、喫茶店で教科書の朗読は遠慮したい」
「はいはい。まぁ、将来、教育学部行く予定だし、やってあげる。それで、どこらへんがいい」
『カッコいい感じの名前が知りたいです』
「厨二病心が惹かれる世界史の単語を探せ、と」
さすが、ラサナちゃん、分かってる。世界史は、そうやって学ぶものだ。年号と単語の丸暗記ではいけないのですよ。
「トイトブルク森の戦いとかシュトゥルムウントドランクとか」
「なるほど。サヤカは、そういう名前に厨二心が惹かれると」
「違うから。だいたい、長めのカタカナが好きなんでしょ。あと、ドイツ語」
「カノッサの屈辱とかもなかなか脳内麻薬が出る名前だ」
「索引から探しているだけだよね。解説よろしく」
索引からワードを探すのが一番いいだろう。なんのために、索引が付いていると思っているんだ。出版革命のおかげで、写本の手書きとは違って、ページ数から行まで場所が一致するという奇跡的な本の量産体制が築かれたというのに。書き写していたら、徐々にズレたり、無理矢理ノートの最後に詰め込む学生のような本が量産されているところだ。
「カノッサの屈辱はな、1077年にカノッサであった――」
教科書の裏の索引から、それっぽいワードを引いては、その周辺を読んで、うろ理解の解説をするということが繰り返された。むちゃくちゃ飛び飛びの世界史が形成されていた。紀元前から世紀末、さらには現代まで跳んでいく圧巻の授業だった。まぁ、途中から戦争してばっかりだな人類と思い始めるが。歴史に残るのは、そういうエピソード……。
俺たちの日常は、そういう勉強という話題で紡がれていった。
そうして、戦争が突然始まるように、俺たちの日常は突然終わった。
アーカイブには、ラサナちゃんの最後の卒業配信が残っているだけだった。
俺のオタク業も終わり……。
特に何かあったわけではない。そう、ほんの少しの時間、日常になっていた楽しい時間が終わっただけだ。
俺には、ラサナが最後、どうなったのかも知らない。聞こうとは思えなかった。
『隕内ラサナです』
彼女のアカウントを譲ってもらった。アーカイブは93個の配信。メンバーシップの登録者は12人。弱小アカウントいうやつだ。俺は、ボイスチェンジャーを使って、オタクからネカマに進化していた。
『少し体調が悪くて、長い休憩をもらいましたが、やっぱり復活します』
隕内ラサナは、ここに、この時代に、いました、と。
登録者が100万人でもいけば、誰かが、覚えていてくれるだろう。
大丈夫。俺ならできる。オタク演技のように、女性の演技をすればいいんだ。
vtuberに転生しました。
「さっきの配信、なんかラサナちゃんより、快活すぎない」
マネージャーのサヤカが手厳しい。というか、協力してくれるなら、サヤカがラサナをやってくれた方がいいと思うのだけど。
「でもなぁ、ちょっと反応良くしないと。病気じゃない頃は、もっと明るかった気がするし」
そんなこんなで、登録者35万ぐらいになって、大学生になっても配信を続き続けていたら――。
メン限で、しかも五年以上で観れる動画が投稿されていた。
『恥ずかしいから。わたしが一人歩きしてるっ!!ラサナ、無事、健康になりましたっ。だから、その、やめてえええええぇぇぇぇぇっっっ』
頑張ってvtuberしていたのに、破門された件について。
ラサナちゃんのもとにいって、許しを請いに行こう。
ついでに、ガチ恋勢として、第一のファンとして、何か貰えないか交渉しよう。これまでのラサナちゃんへのスパチャ使っていいかな。
良い年末を。
年末で時間もあるし自作批判でも久々に書いておきましょうかね。
俗に言う難病ものにvtuber要素を足した小説ですね。
主人公の立ち位置からしたら、実はラサナちゃんが途中で誰かと入れ替わっているエンドもできる設定なんだけど。
ストーリーの流れとしては、もう少しラサナちゃんのキャラクター性を出さないといけないという欠点が見えますね。
『ラブマイナスから現実時間と連動した疑似恋愛ゲームがさらに進化したような最先端ギャルゲーをしている気分。そういう情緒をできるだけ持ちたい。主に、精神面の健康のために』
こういう文章がぱっと理解するには難しい。自分でも、どういうことだ、とキョトン感。ラブプラスは古え。
「じゅ、重症だ。わ、わたしが、なんとかしないと。少子化対策しないと」
こういうセリフもキャラが立たないと、唐突な少子化問題とブラバ力をあげる。
「画面の中のカノジョが物理的障害になっていった。モスキート音で若者を撃退するように」
黒板の音による物理的妨害は、個人的にはポイント高い。
いい感じの妨害行為だ。
「とりあえず、もう少しカモフラージュはキチンとしようか。もっとアーカイブ増やしていこう」
さすがに、2つだけの配信は少なすぎるか。個人勢のvtuber設定だったとしても。
でも無理のない範囲でストックをためていってほしい。入院少女がどれだけ体力が持つのか、俺には分からない。
「お前はマネージャーか何かか」
ここね、少し唐突感が強すぎる部分。
たぶん、どこかでラサナ視点をいれると絞まる。
商店街にゴー。
俺のオタクが街中までシュールに広がろうとしている
シュールにって、どんな表現だよって話しですね。
俺を振った少女、いやもう本名でいいや、サヤカは予想と違ったようで残念そうだ。
はじめから本名でいいという……。
『カフェで勉強しよう』
ラサナの一声でオシャレなカフェに向かった。
さすがに、学校にすぐに戻るという選択はなかった。
ここもラサナのキャラが不明瞭だから、唐突感。
46億年前に誕生した地球の人新世の地上の片隅で、フェアトレードなコーヒーを飲みながら宿題をさっさと終わらせた。
完全なるウィークポイント。むしゃくしゃして書いた。絶対いらない形容詞たち。
出版革命のおかげで、写本の手書きとは違って、ページ数から行まで場所が一致するという奇跡的な本の量産体制が築かれたというのに。書き写していたら、徐々にズレたり、無理矢理ノートの最後に詰め込む学生のような本が量産されているところだ。
うん、無駄な知識だ。
「カノッサの屈辱はな、1077年にカノッサであった――」
もう少し説明してもよかったかな。
しかし説明しすぎると宗教感。