橘さん、それ絶対今じゃないと思うんですよ
「古館君。私ね、よく考えたんだけど……」
「はい」
橘真帆音は両手を膝の上に置いて重い口を開き、話を切り出した。
「古館君が私に告白してくれた時、始めは凄く戸惑ったし、古館君そんな素振りも無かったから私驚いちゃって……」
「はい」
橘に呼ばれすぐ目の前に相対している古館は、まるで処刑台の上に立つ大罪人の様な心持ちで、今か今かと自らの処遇を待っていた。
逃げるように去った告白から三日。今はもう落ち着きを取り戻し、それどころか決意に満ちた瞳で古館を見る橘。もう彼女の顔には微塵の迷いすら無かった。
「古館君。私ね、古館君のこと…………」
「はい」
古館の心の中は滝行に打たれる修行僧の如く、激しく悶えに耐えていた。死刑の時がすぐ目前に迫り、グッと拳を握り締めた。
「好き……なのかもしれない」
「……!!」
喉から出掛かったガッツポーズを堪え、古館は『かもしれない』に一抹の不安を覚えた。
「ただね、私ね。誰かと付き合った事とか、誰かを好きになったりとか、初めてで……その……」
「はい」
「恋人と言うか、お友達以上と言うか……その……」
「はい」
古館は友達以上恋人未満を覚悟しながらも、激しく燃え上がった恋の炎を諫めるのにただならぬ苦労を強いられ、内心穏やかではなかった。
「その……」
「はい」
「ゆっくりでも……いい?」
「……はい」
古館は『ゆっくりでも』と『いい?』の穏やかな言い方に、ちょっとした背徳感を憶えた。そしてゆっくりと返事を返した。
「宜しくお願い致します」
「こちらこそよろしくお願いします」
ここで初めて二人の間に穏やかに空気が流れ、自然と笑みが漏れた。
「じゃ、じゃあ……また後で連絡するね」
「ええ」
古館がゆっくりと扉を閉めた瞬間に、水の流れる音がした。古館は何も考えず、何の感情にも流される事無く自宅へと戻ることにした。
(……トイレ出てからじゃあダメだったのかなぁ…………)
古館は風呂に入りながら、ようやく橘とのやり取りを振り返り、それだけが気に掛かった。




