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第8話 帳

「王女殿下!?それにユエ様まで、一体何故このような場所へ───すみません、取り乱しました。こうしてお会いするのは半年ぶりほどでしょうか。お久しぶりでございます」


「ええ、久しぶり。元気にしてました?お母様の生誕記念以来でしたか」


「おー、久しいのぅリューテ。ここの指揮官はおぬしじゃったか」


一行が歪園内へと足を踏み入れたのが昨日のこと。途中野営を挟み、一日かけてようやく四人は最前線の野営地へと到着していた。森の中にしては少し開けた小高い丘にテントをいくつも建て、何人ものエルフと騎士達が忙しなく動いているのが見て取れた。そこで指揮を執っていたエルフ族の青年、リューテと再開したところである。

ちなみに彼はエイルの兄であり、昔から二人と面識がある。


「はい、アルヴより派遣されて以来前線指揮官として、騎士団の皆様と協力して事に当たっておりました。お二人が来られたのは・・・つまりはミムル様の代わり、ということですか?」


「ええ、そういうことです。今回は私達、とりわけお姉様が適任でしょうから。道中のお姉様の活躍はそれはもう素晴らしかったんですよ?」


「しょうもないの何体か斬っただけじゃがのぅ・・・」


ここに来るまでの間、四度ほど戦闘になった。四度目の遭遇時などはすでに前線に近かったせいか、小型中型、合わせて五体もの歪魔と戦闘になり、仲良く四人で分けあって処理したものだ。なお、騎士団の二人が特に張り切ったお陰で、ユエとソルは消化不良気味である。


「はは、確かにお二人からすればそこらの歪魔では物足りかもしれませんね。騎士団長どのも、二日ぶりでしょうか」


「ああ、こっちの調子はどうだ?何か変化はあったか?」


「やはり順調とは言い難いですね。人員の入れ替えもありますし、我々と騎士団双方とも被害が徐々に増えています。中心部に近づいている証拠なのでしょうが・・・」


高濃度な魔素が充満する歪園内では、活動可能な時間が限られている。長時間活動すれば深化が進んでしまうためである。そのため限界に近くなった人員を定期的に入れ替える必要があるのだ。これこそが歪園の最も厄介な部分であり、圧倒的な数でゴリ押しする、といった手段がとれない理由でもある。


その後のリューテの報告によれば、ここより先に進むとスコルが出現し始めるらしい。その特性上魔術が得意なエルフ族の兵は苦戦を強いられており、騎士団もスコルの素早さに加え魔術での援護が期待できない状況に苦戦、思うように進めていないとのことだった。

またつい先日より、更に奥へと進んだ兵達からの連絡が途絶える事態が頻発しており、正体不明なものの、おそらくは元凶の仕業ではないかということであった。


「このままじゃ埒があかねぇと思ってたところだが、元凶が見つかったのなら話は早い。俺たちはこれから、お二人さんの力を借りてその元凶を討伐してこようと思ってる。このまま包囲の維持を頼めるか?」


「なるほど、そういう理由でミムル様ではなくお二人が来られたのですね。わかりました、物資もそろそろ底を尽きそうなので正直助かります」


「うむり。わしらにまかせーぃ!」


「ふふ、可愛い」


シグルズがこれからの方針を伝え、リューテがそれに同意する。ユエとソルはいつもどおりである。ちなみにアルヴィスは今、周囲の兵達より細々した情報を集めに行っているためこの場にはいなかった。


「兵士たちに、急ぎ敵の情報を集めるよう伝えてきます。一晩もあればおおよその位置は把握できるでしょう。テントを用意させますので、本日はおやすみください」


ちなみにその夜中、ユエとソルのテントでは、久しぶりの二人きりの外泊に喜ぶソルと、それをひっぺがすユエの、騒がしい声が上がっていた。


─────────────────────


リューテの言葉どおり、翌朝には被害の出ている場所が報告され、すぐに出立することとなった。

その後も何度かの戦闘があったが、その度にソルの魔術によってすぐさま処理されていく。


「───『灰姫の墓標(グレイヴ・アッシュ)』」


ソルがそう呟くと同時、すこし先の地面が鈍い灰色の棘となって螺旋回転しつつ隆起した。硬度も変化しているのだろう、鋭いその棘が硬質な音と共に歪魔の死角より腹部へと突き刺さる。そして直後に棘の先端が十字型へと変化し、歪魔を内部から破壊する。

敵へと向けて腕を伸ばし、掌を上に向けたまま指差すソルの先で二体の猪形歪魔が息絶えた。


「これも当たり前のように詠唱しないんですね・・・あと見た目がエグいです」


「多分『大地の槍(アース・グレイヴ)』の改良型なんだろうが・・・一体どういう術式でああなるんだ?あまりのエグさに、歪魔に同情しそうだ」


百舌鳥の早贄のようになったオーバーキル気味な歪魔の死骸を、なんとも言えない表情で見つめるアルヴィスとシグルズの二人。ここに来るまでもソルの魔術は何度か見ているが、その時は教導書にも載っている所謂汎用魔術であった。ソルのオリジナル魔術であろうそれを目にしたのはこれが初めてであったのだが、そこは二人とも魔術を扱う上位騎士である。その高度な技術と、難度の高さを一目で見抜いていた。


「このくらいは汎用魔術に毛が生えたようなものです。術式の理解さえ出来ていれば、汎用魔術と同じように詠唱を省略することはさほど難しくはないんですよ」


「さすが・・・というべきなんでしょうか?私は汎用魔術の詠唱を省略するだけで、それなりに時間がかかりましたよ・・・」


「それに、スコルが出れば私はお役に立てませんからね。皆さんの体力を温存してもらうためにも、ここは張り切らせて頂きます」


そう言って掌をぐっと握りしめ、ちらりとユエの方を伺うソル。少し後方からしっかりと義妹の活躍を見届けていたユエと目が合うと、親指を立てこちらへと労いを送っているのが見える。ユエはもちろん義妹の実力をよく知っており今更ではあるのだが、ソルが喜ぶのでしっかりと褒めるのだ。

そうして進んでいるうち、いよいよといった様子でシグルズが立ち止まった。


「ようやくおでまし、だな。数は───七体か。運が良いな、小規模な群れに当たったみてぇだ」


「言っている場合ですか団長!一体二体ならともかく、流石に七体同時は軽口を叩く余裕がありませんよ」


「なんだ、緊張してんのか?力抜けよアルヴィス。・・・仕方ねぇ、俺が手前の四体を受け持つ。お前はユエ殿と───」


いかに騎士の中でも実力者である二人といえど、現れたスコルは七体である。魔術の通用しないスコルには、ソルはもちろん自分たちも魔術は使えない。身体強化魔術は行うとしても、数でも負けているのだから甘く見積もっても不利であった。しかしこうなっては戦う以外に選択肢はない。防御に専念すれば抑えきれるであろう数は四体、自分が抑えているうちにアルヴィスとユエに数を減らしてもらおうと考え、シグルズが方針を伝えようとした時だった。


「ソル、"宵"を出してくれんかの」


「はい、すぐに」


ユエにそう言われ、ソルが腕を横に伸ばす。するとその腕が、まるで水面に触れるかのように空中に波紋を立てて消えていく。歪園の扉を彷彿とさせるような光景だった。何かを探るように腕を動かしたあと、ソルは腕を引き戻す。波紋の浮かんでいた空間はすっかりと元に戻り、引き抜かれたソルの手には、一振りの刀が握られていた。


それは、黒塗りの鞘に収まっていた。帯刀を前提としていないが故か、帯執や太刀緒、足金物は存在しておらず石突と口金物が金で装飾されていた。最低限ながら美しい装飾、にもかかわらず異様な雰囲気を漂わせるその原因はその長さだ。

その全長はおよそ十尺───およそ3m───ほどもあるだろうか。刃長だけでもゆうに九尺は超える異様な大太刀。その馬鹿げた長さ故に当然その重量は凄まじく、ソルは少しフラつきながらユエへと手渡す。


「おぬしら、少し下がってもらえるかのぅ」


「あ!?待て、何するつもりだ!何だそれ!おい説明───ああクソッ!」


「なん───ぶぇ」


シグルズはその太い腕でアルヴィスの首根っこを捕まえ、慌てた様子で退散した。

逃げるものを見れば追いかけるのが狼という生き物で、例に漏れずスコル達が一行へ襲いかかる。

ユエはといえば、"宵"を肩越しに両手で構え、腰を落として身体を捻っていた。そうして、未だ間合いからは程遠いはずのスコルの群れへと向け、"宵"はその身を閃かせる。



「──────(はらえ)の壱、『(とばり)』」





ここまでお読みいただきありがとうございました

宜しければこれからもよろしくお願いします

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