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第65話 情緒不安定騎士団長

平日はやっぱりこのくらいの文字数が書きやすいですね

「戻りました」


ノルンが飛び出して行ってから丁度一時間後、そう言って静かに戻ってきた彼女の姿は何も変わっていなかった。胸当てや篭手等を服の上から部分的に防具を装着しただけの軽装で、返り血も汚れも見当たらない。


「ゔーいぃ」


唸るような声で応答しながら、ソファの背越しに手だけを出してひらひらと振っているのはユエであろう。その声だけでも負けが込んでいるのが容易に見て取れた。およそ客を迎えるような態度ではなかったが、ユエの性格を多少なりとも知っているノルンにとっては気分を害するようなことでもなかった。


「感謝します。本当に素晴らしいです。予想以上の、最高の仕上がりでした」


「うむりうむり。もっと褒めてよいぞー」


「そして。貴方は少なくとも私の知る限り最高の鍛冶師であると確信しました」


「うむりうむ・・・む?それは流石に大げさじゃぞ」


褒めろと言いながら、いざ本気で褒められると謙遜してしまうのは未だ残る日本人らしさの発露だろうか。とはいえ、やはり大袈裟だろうと首をふるユエであったが、ノルンも根拠がなく言っているわけではなかった。


「いいえ。今回お渡ししたグリト鉱ですが。あえて話しては居ませんでしたが、あれを武具として加工することが出来る鍛冶師を私は今まで聞いたことがありません」


「・・・なんじゃと?」


「あれは。未だ加工方法が確立されていない金属です。故にこれまでは小さな欠片を、無加工のまま魔導具に使うのが関の山でした。グリト鉱を用いた武具としては、恐らくこの二振りが世界で初めての物となるでしょう」


「ほほう?」


その後もノルンの話を聞いてみれば、迷宮より稀に産出するこのグリト鉱と呼ばれる金属は信じられないほど熱に強く、通常通りに炉で加熱しても融点に達しないらしい。故に鋳造も鍛造も出来ず、どうにか砕いた破片を魔導具の部品として使用するのが精々であるのだとか。あとは専ら、その美しさから観賞用とされているらしい。ノルンとしても『刀』という未知の武器を持ち、製造する技術をもったユエならばもしや、と考えて試しに渡してみたというのが本音であった。加工することでこんなにも軽く、頑丈になるということはノルンでさえも知らなかったことだと言う。


「というわけです。どうやったのか気にはなりますが、専門技術の事ですから深く追求するつもりはありません。技術や情報、知識といったものは時として金銭や生命よりも重い」


「ふーむ・・・まぁ恐らくじゃが、知ったところで真似しようと思って出来るものでもないがの」


真剣な顔で、腰に佩いた双剣とユエを交互に見るノルン。技術や情報の持つ重要性とその危険性を忠告してくれているのだろうが、ユエはちらりとソルへ目配せしただけで、然程気にしていない様子であった。本人がそうであるならばと、ノルンもそれ以上は何も言わなかった。


「・・・そうですか。であればこれ以上は余計な世話というものですね。ところで、この武器の手入れに関してなのですが、私に出来るのでしょうか?」


「出来んこともないじゃろうが、わしのところへ都度持ってくるのがオススメじゃ」


「成程。そうさせていただきます。それにしても、ああ。本当に素晴らしい。私だけの、私のための(つるぎ)・・・美しく磨き抜かれた、一つの歪みもなく真っ直ぐに伸びる刃。上品で、まるで神器もかくやといった装飾。ふふ、これがあれば次こそは私が勝ってしまうかもしれませんね」


珍しく口角を上げて笑うノルンの瞳は完全にキマっており、ともすれば危ない人のような顔になっていた。ニヤつくノルンに最初は引いていたユエだったが、ノルンの言葉に何かを思い出したというように手のひらを打った。


「おお、そういえば先日探索士協会で聞いたんじゃが、おぬし深度11らしいではないか」


「はい。ユエさんも11だったと伺っております。あの戦いぶりを見ればさもありなん、といったところでしょうか。また是非お手合わせを願いたく思います。ユエさんに置いていかれぬよう鍛錬も怠っておりませんので。全力で戦うようになって以来、団内ではまともな試合にならないのが目下の悩みではありますが」


これまでは満足に自分と戦える相手が居なかった反動か、ノルンはユエに熱の籠もった視線を送っていた。余程以前の模擬戦が楽しかったのか、すっかり好敵手(ライバル)としてユエを見ているらしい。そんな彼女は次の試合ではなんとしても勝ってみせるべく、忙しい身でありながら鍛錬を欠かしていないとのこと。その度にボコボコにされている騎士団長達からすればたまったものではなかった。新たな武器も手に入れ、再戦を心待ちにしていたノルンであったが、しかし。


「まぁわしこの間深度12になったんじゃがの」


「・・・?」


数秒の後、飲み込めていない様子で首を傾げるノルンの前で、ソファから下りたユエがゆっくりとローテーブルの上に登る。そして無い胸を精一杯張ってのけぞりながら再度、一言一句同じ言葉を告げる。


「まぁわしこの間深度12になったんじゃがの」


先程の恍惚として剣を見つめていた表情とは打って変わって、真顔に戻るノルン。


「・・・いつですか?」


「二月ほど前かの?ほれ、王都とイサヴェルの間でわしらとアルス達で歪園の処理をしたんじゃがの」


「無論。聞き及んでおります。かの『厄災』を討滅せしめたと」


「ふむ?その『厄災』とやらは知らんがの。ともかくその時じゃな。わしだけではなく、その場に居た全員が一つずつ上がったらしいの。のうソルや」


「はい、お姉様。私も12になりました」


「・・・」


深度が上がるということは、単純に身体能力や魔力保有量等の基礎能力値が向上するということだ。急激に魔素を取り込むことで発症する深化とは違い、徐々に身体を魔素に慣らしていくことで起こる変化であり、悪影響はない。簡単に言えば、急激に魔素を取り込むことで起きるのが深化、徐々に魔素を取り込み身体に慣らしていくのが深度の上昇である。ちなみに前者を利用して爆発的に身体能力を向上させるのがユエの『鬼哭羅刹』である。


しかしノルンにとってはそんな事はどうでも良かった。深度が一つ違うだけで基礎能力値には大きな差があるのだ。高い実力を持つ者であればあるほど、その差は如実に現れる。つまり現時点で、ノルンはユエに遅れをとったということである。ノルンが王都でせっせと書類仕事に励み、公務に明け暮れ、合間を見つけては各騎士団の団長達をボコボコにして溜飲を下げている間に、だ。


「・・・(ずる)い」


「お?」


「狡いです。ええ、ズルですよね?私が公務に励んでいる間に、貴方はそうやってお散歩気分で一足飛びに先へ進んだ。これが狡くなくて何なのですかっ!」


恐らくは誰も見たことがない姿であった。ローテーブルを両手で何度も叩き、駄々をこねる子供のように狡い狡いと詰め寄るノルン。傍から見ている限りでは怖いというよりも微笑ましいようなその様子から察するに、あまり怒り慣れて居ないのだろうが。


「お、おお?いや、わしもそれなりに大怪我を───」


「ズルい!私を除け者にして『厄災』なんてものと好き放題戦って!楽しんで!挙げ句に深度が上がった?そんなの認めませんっ!!」


「お、おう・・・まぁその・・・なんじゃ」


なおもテーブルを叩いて暴れるノルンの姿には流石のユエも困惑した。

ちょっとドヤってやろうかと思っただけだったのだが、まさかこんな風になるとは思ってもみなかったのだ。本来であればもう少しイジっているところであったが、なんとなく嫌な予感がしたためにそれ以上は踏みとどまっていた。深度が上がってしまったことはもはやどうしようもないことなので、取り敢えずは慰めようかと考えたユエであったが、その口からでた言葉はただの煽りと同義であった。


「ドンマイ!」


「──────ッッ!!」


頬を膨らませて真っ赤になったノルンは、俯いたまま動かなかった。

そうしてたっぷり数十秒後、いつもと変わらぬ無表情のノルンに戻っていた。


「────ふぅ。失礼しました。少し取り乱したようです。私は少し用を思い出しましたので王都に戻ります。剣のお代は一先ずこちらを。ストリに話は通しておきますので、足りない場合はイサヴェル家に請求をお願いします。では、急ぎますので私はこれで」


そう一息に告げて、純白に輝く美しい硬貨をテーブルの上にそっと乗せるノルン。

かと思えば、ユエが何かを告げるまえにそのまま足早に去って行ってしまった。

急に喚いたかと思えばスッと平常運転に戻り、嵐のように過ぎ去っていったノルンの背中を見送ったユエは、ただただ目を丸くしてその場に硬直することしかできなかった。



最後までお読みいただき有難うございました。

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次回もよろしければぜひぜひお願い致します。

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[一言] (-人-)団長は良い人だった(死んでない) ソロ潜りはしないだろうけど肩書き返上くらいはやらかしそう。 次点で団長sフルボッコ
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