第64話 双剣
ユエの店を尋ねてから三週間後、ノルンは再び店を訪れていた。
彼女は現在、溜まりに溜まっていた休暇を使いイサヴェルに滞在している。そもそも彼女の家であるので、滞在というのもおかしな話ではあるのだが。
ともあれ、そんな彼女の元へ今朝方、ユエからの使いとしてエイルがやってきたのだ。
『頼まれていた物が完成したので取りに来て欲しい、だそうッス』等という、買い出しのついででやってきたエイルの言葉を聞いたノルンは執務中であったにも関わらず、全ての仕事を雑事と放り投げてしまった。
そんなノルンは、雪猫のシロが牽く馬車に乗りここまでくる道中ずっとソワソワと落ち着きがない様子であった。基本的には物静かで必要最低限のことしか喋らない彼女であったが、初の自分専用武器が完成したとあってはやはり興奮を隠しきれないらしい。副官であるリンディがこの場にいれば目を丸くしていただろう。それほどまでに珍しい光景だった。指示を無視して勝手に近道をしながら進むシロと、無視されてぷんすこと怒るエイルのやりとりさえも気にならない様子であり、その顔は僅かに上気しているようであった。
馬車から下りたノルンはエイルへと例を述べるとすぐに店の方へと向う。
走ったりなどといった事はなかったが、それでも心なしかその足取りは軽く早い。
「失礼します。頼んでいた剣が完成したと伺いました」
店の扉を開け、鈴の音も鳴り止む前に声を発してずんずんと店の奥のカウンターへと向うノルン。
カウンターには誰もおらず、ちらとその横にある休憩スペースへと目を向ければ、そこではユエとソルが謎のゲームに興じていた。
「申し訳ありませんお姉様、それです。8000です」
「ぬぉぉぉ・・・」
震えながらなにやら細い棒をソルへと渡すユエ。
この独自ルールを採用しすぎてもはや原型を留めていない二人麻雀は、アルヴにいた頃ユエが作り出した遊戯だ。勿論、大本は前世にあったアレなのだが、この世界ではこの遊戯を知っているのは今のところ四人しかいない。ちなみにソルの両親、つまりは国王と王妃のことである。閑話休題。
「あの。何をなさっているのですか?」
「む?おお、来おったか。早いのぅ」
「こんにちは、ノルンさん。こちらにおかけ下さい」
声をかけられて初めてノルンの訪問に気づいた二人はいそいそと机の上を片付け始めた。
ユエの対面に座っていたソルは立ち上がり、ユエの隣へと席を移動する。
進められるがままに、先程までソルが座っていたユエの対面へと腰を下ろしたノルンは、待ちきれないとばかりに話し始めた。
「その。完成したのでしょうか」
「うむり。わざわざ呼びつけてすまんの。とはいえまだ最終調整が有るゆえ、こちらに来てもろうたというわけじゃな。しばし待っておれ」
そう言って店の奥へと消えていったユエであったが、その数分後には布で包まれた何かを抱えて戻ってきた。その後ろにはお茶を人数分用意したエイルの姿もあった。ローテーブルの上へとお茶を配膳し終えたエイルはそのままソファへと腰を下ろして居座る態勢である。なんとも不遜なメイドであるが、ノルンは気にもしていない様子だ。
「これが」
「うむり。銘は『風銀剣』と『空蒼剣』じゃ」
そういってユエが布を取り去ると、鞘に収まった双剣が姿を見せた。
風と大気、二つの精霊の名を冠する二振りの長剣をひと目見ただけで、ノルンは心奪われた。輝くような白を基調とし、ところどころには天色のラインが浮かぶ。華美とまではいかない、落ち着いていて上品な白銀で装飾の施された鞘。以前使っていた剣よりも刀身が長く、そして二本の長さは同じであった。
ユエの知る限り、前世に於いては一般的に二刀流といえば、片方は短い刀身の剣を持つことが多い。長剣を二本振り回すなど、膂力の問題やバランスの都合で通常は不可能なのだ。それはこちらの世界でも同じ事で、如何に地球人よりも膂力に優れているとはいえ、こちらの世界でも長剣を二本使っての二刀流を行う剣士は少ない。事実、以前ノルンが使っていたルンド作の双剣も一本は少し短くなっている。
では何故、そんな前世の知識があるユエの作った剣が二本とも長いのか。それは前述の通り、この世界の人間が地球人に比べて膂力で勝っていることもあったし、魔術によってカバー出来るからという理由もあった。今回使ったグリト鉱の特性も関係していたし、そして何よりノルンの戦い方が大きな理由となっていた。
「綺麗。・・・抜いてみても?」
「無論じゃ」
承諾を得たノルンがそっと、長い方の剣を手に取る。
初めに感じたのは驚くほどの軽さであった。以前使っていたものも随分と軽量であったが、それ以上。まるで羽のようで、ともすれば握っていることすら忘れてしまいそうな、そんな錯覚に陥ってしまいそうなほど軽かった。無論ノルンの感想は多少大げさではあるのだが、少なくとも武器として、金属の塊として見た場合、尋常ではないほどに軽いというのは事実であった。
息を飲むノルンが柄を握ればまるで吸い付くような感触。
たっぷりと合計4時間も手のひらを見学された成果だろうか、初めて握ったというのに完璧なまでにノルンの手に馴染んでいた。
そのまま手を引けば、鞘と同じく透き通るような純白の刀身が姿を見せる。刃の部分だけがグリト鉱の色を反映して薄っすらと蒼く輝いていた。
日本刀とは違い両刃であるそれは、しかし剣にしては随分と細身であった。その刀身には一切の無駄がなく、ただ武器としての機能美だけをそこに宿して、ノルンの見開いた瞳を鎬に反射していた。
「どうじゃ、気に入って貰えたかの」
「はい。・・・はい。直截に言えば、歓喜に震えています。初めて刀を拝見したときと同じか、或いはそれ以上に」
「ならばよかった。中々に難儀な素材じゃったゆえ、随分と無駄にしてしもうてな。すまぬが刀の分は残っておらんのじゃ」
「お気になさらず。また用意しますので」
「希少とか言うておらんかったか?ブルジョアじゃのう・・・さて、では軽く説明するとしようかの」
言葉少なに、けれど傍目に見てもわかるほどに口角を上げて剣に見入っているノルンの姿にすっかり満足したユエは、一息いれて説明を始めた。隣ではソルが上品に茶を口に含んでおり、ノルンの横ではエイルが既に寝ていた。
「重量に問題もなし、そもそもおぬしは受けるよりも避けるほうじゃろ?であれば長剣の方が何かと扱い易いじゃろう。そういうわけで、おぬしの戦闘スタイルからして二本とも長剣にしておる」
「仰るとおり。先の一戦だけでもご理解頂けているようで、嬉しく思います」
「グリト鉱じゃったか?不思議物質と呼んで差し支えないじゃろコレ。武具に加工する分には凄まじい適正じゃがの。合金でもないのに単一で靭性と剛性を併せ持っておる。とはいえそれだけと言うわけにもいかんので表面は魔銀鉱も使っておる。かなり細身になっておるが折れる心配はいらんじゃろう。問題なく受けにも使える筈じゃ」
「まさか。この軽さと細さで強度もある、と?」
「うむり。『折れず、曲がらず、よく斬れる』というのが刀の基本での。こいつは剣でありながらそういうふうに作ってある。その上素材も適しておったゆえ『軽くて、細いのに、アホみたいに頑丈』とかいうふざけた代物になってしもうた。おぬしの全力にも応えてくれる筈じゃ」
「素晴らしい。それに・・・こう言うと少し恥ずかしいのですが、外見もとても気に入りました」
「こだわったからのう!」
グリト鉱の特性と加工方法を模索するのに一週間。鞘などの制作に一週間。
剣本体を作るのに一週間。合わせて今日までの三週間である。なおユエの仕事は相当手が早いほうである。通常の鍛冶師であれば剣本体を鍛えるだけでも二週間はかかるであろう。
ユエの鍛冶技術は尋常ではない精度を誇る。まるで機械のように正確かつ繊細に振るわれるその腕には失敗などあり得ない。炉の温度も、水の温度も、力の強さも、配分も。全てが正確無比に行われるが故の鍛造速度である。そのうえ研ぎまで熟し、鞘さえも作ってしまう。この馬鹿げた技術は生前からのものであり、彼女のぶつかった壁はこういった部分を超越したところ、技術のその向こうにある。
「はい。非の打ち所がまるでありません。全てが期待以上、予想以上です。・・・それで、その」
初めての自分専用となる剣の出来にすっかり満足していたノルンは、なにやら窓のほうを横目にソワソワし始めた。ユエにはノルンが何を言いたいのか解っていた。窓の外、遠くではシロがゴロゴロと転がりながら森の中に消えていくところであった。
「ふむり。言わんでもわかるわい。好きにしてよいぞ。シロを追いかければ丁度よい獣の元へたどり着けるじゃろう」
「有難う御座います。一時間もすれば戻りますので」
言うが早いか、ノルンは二本の剣を腰に佩いて店を飛び出していった。
なんのことはない、要するに試し切りがしたいということである。気持ちはよく理解できる上に、彼女であれば万が一にも間違いはないであろう。そんなノルンの後ろ姿を眺めつつ、ユエもまた久しぶりとなる全力の鍛冶仕事に満足感を覚えていた。生前、誰かのために刀を作ったことなどなかったユエであったが、こちらに来てからは何度か自作の刀を贈ったことがある。ソルが肌見放さず持ち歩いている『煉理』もそうだ。
「ふむり。ではわしらは先程の続きでもしておるかの、ソルや」
「はい、お姉様」
ソルが寝ていたエイルを蹴り飛ばし、ユエがいそいそと牌を並べる。
こうして二人はノルンが戻るまでの間、再び暇つぶしに興じるのであった。
もっと毛玉を書きたい




