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第63話 興奮騎士団長

「折れた、じゃと?」


ユエは気を取り直し、先のノルンの言葉にあった新たな依頼の詳細を聞いていた。

今回ノルン自らが公務の合間を縫って、王都から離れたここイサヴェルまでわざわざユエを尋ねてきた理由。それは簡潔に言えば、ユエが口にした通りであった。


「はい。例の一戦以降、私は手を抜く───というと聞こえが少々悪いですが、手加減することを止めました。全力を出さないままに鍛錬する日々を過ごしていては、私はこれ以上強くはなれません。折角出会えた貴方という好敵手に、まだ置いていかれたくはなかったので。そういうわけで手始めにシグルズ団長をボコボコにしていたのですが」


「ボコボコに」


「はい。そうして何度か模擬試合を行っていたところ、長年愛用していた私の剣が二本とも折れてしまいまして。以前にも話したかもしれませんが、私の剣は名工ルンド氏の作です。彼についてはお二人のほうが詳しいでしょうから割愛しますが、名剣と言って良い代物でした」


話を聞いたユエは、荒っぽいが気のいい騎士団長の顔を思い出し、心中で静かに合掌した。

ユエは知る由も無いことだが、ノルンは以前にシグルズから『お前が相手でもそう簡単には負けない』と言われたことが実は気になっていたらしい。無論シグルズでさえもノルンの全力は知らなかったのだから、仕方のない話ではある。実際に手を抜いていた時のノルンではシグルズに勝利するには多少なり時間を要していたのも事実なのだから。シグルズにとっても、実は手を抜いていたノルンに因縁をつけられるとはまるで思っても居なかっただろう。


「そうじゃの。ルンド翁からはわしも多くのものを学ばせてもろうたからの」


「彼の御仁は世界的に名高いアルヴの誇る名工です。勿論今ではお姉様のほうが上でしょうが」


「いやいや、刀ならばいざしらず、それ以外の武具はわしもまだまだ及ばんと思っとるぞ」


「ですがルンド様本人が『天才』だと仰っていましたよ?」


「あのジジイは大げさなんじゃ」


そうアルヴにいた頃を振り返る二人。ほんの数ヶ月前のことであるというのに、随分と昔の出来事のような気がしていた。それほどまでに、彼女らにとってアルヴを出てからの数ヶ月は濃密な時間だったということだろう。


「まさに。共に戦場を駆け抜けた、私の相棒とも言える剣でした。ですが、シグルズ団長をボコボコにすること数度、戦闘中にこう、ポッキリと。私も王都内の鍛冶屋を周って修理を依頼しようとしたのですが、何処に行っても『無理だ』と断られてしまいまして。私の知る限りではユエさん以上に優れた鍛冶師は居りません。もしユエさんにも直せぬのならば新しく作って頂けないかと、そういう理由で尋ねた次第です」


"氷翼"を見ただけで随分と高く買われたものだと思ったユエだが、しかしノルンもまた刀剣マニアとして長年多くの武具をその目で見てきているのだ。それに自分の技術を認められて悪い気はしなかった。前世であれば『評価など知ったことか。こんなもので満足できるものか』などといっていただろうか。それが良い変化なのか、それとも悪い変化なのかはユエにも分からなかったが、どちらにせよ随分と丸くなったものだと自嘲した。


「ふむり。現物は持ってきておるんじゃろ?見せてみぃ」


脳裏に浮かんだ、そんな追想と自虐を隅へと追いやって、今の自分に出来る事へと意識を向ける。どうあれ、ノルンは自分を頼ってここまで足を運んでくれたのだ。応えなければ鍛冶師失格であろう。

こうしてこの世界に生まれて十八年、過去がどうでもよいなどとは言わないが、それでも過去に拘り囚われるようなことはしたくなかった。


「こちらです。・・・直りますか?」


「・・・無理じゃな」


ノルンが鞄から取り出した双剣を鞘ごと預かって見れば、二本ともが刀身の根本から綺麗に折れていた。その美しく磨き上げられた刀身からは、ノルンが日頃から手入れを怠っていなかったことが容易に見て取れる。


「・・・やはり。ユエさんでも無理ですか」


「わしもトリグラフで武具店を見たからある程度は把握しておるんじゃがの。そこらの店で一般的に売られておる剣は鋳造(ちゅうぞう)じゃ。簡単に言えば、高温で液体になるまで金属を熱し、鋳型(いがた)に流し込んで造られたものじゃな。これは量産に向いておる。ここまではよいか?」


「はい」


「対しておぬしの剣、これは鍛造じゃ。要するに金属を叩いて造る方法じゃな。鋳造と比べて高い技術が鍛冶師に求められるが、その武器としての性能は鋳造とは比べものにもならぬ。さすがルンド翁、ひと目で分かる程の見事な出来じゃ」


「はい」


「この剣は製造過程で浸炭処理が為されておる。焼入れとも言うんじゃが、簡単に言えば高温の状態から急激に温度を下げることで表面を固くする方法じゃな。要するに水にぶち込むんじゃが、水の温度も重要での。高すぎても低すぎてもいかん。・・・すまぬ、脱線した」


「いえ。私は製造に関しては殆ど存じておりませんので、非常に興味深いです」


「ともかくじゃ。それによって表面は固く、内部は(しな)やかで折れ難くなる。ゆえに剣は多少の刃こぼれなどであればすぐに修復できるんじゃ。刀はそこから更に多くの工程を踏む故そうはいかぬがの。そしてこの二本は芯が死んでおる───いや洒落ではないぞ」


「良かった。笑うべきか迷っていたところでした」


真顔でそう言うノルンをじとりと見つめるユエには、彼女が笑う姿が想像できなかった。

否、よく考えれば模擬試合の後に少しだけ笑顔を見せていたような気がする。とはいえ普段がコレであるせいか、既に思い出せないほどに朧気な記憶となっていた。


「まぁそういうわけじゃ。技術の問題ではなく、単純に剣の寿命と言っても良いじゃろう。おぬしの全力に耐えきれなかったというわけじゃな。なに、コレを見ればおぬしが大切に扱っていたことは良く分かる。こやつらも本望じゃろ」


そういってユエは二本の剣をノルンへと返した。

コレを直そうと思えば、それこそ一度全て溶かして作り直すことになる。それはもはや同じ剣とは言えない。


「そうですか。残念ですが・・・いえ、今まで良くやってくれたと思うべきなのでしょうね」


「うむり。その方がそやつらにとってもよかろ。剣も刀も、所詮道具は道具じゃ。役目を終えれば土に帰るのが自然じゃよ」


「深い話をなさるお姉様・・・良きですっ!」


なにやら含蓄のありそうな言葉を吐いたユエの横では、一心不乱に何かを書き留めるソルの姿があった。アルヴに居た頃から変わらぬ、ただ一つのシスコンだった。


「さて、新しくおぬしの剣を造るという話じゃったな。何やら興味深い素材も持ち込んでもろうたし、全力でやらせてもらおうかの」


「本当ですか。有難う御座います、足を運んで良かった」


断られることも考えていたのだろうか、安堵した様子で息をひとつ吐き出すノルン。

今のところ彼女に対する恩ばかりが増えて続けているユエとしては断る選択肢などありはしなかったのだが。とはいえ今はそれよりも気になることがあった。


「取り敢えず、そのグリト鉱?とやらを扱うのは初めてでの。幾つかダメにするかもしれんぞ」


「それは。問題ありません。多めに持参しておりますので、ご自由にお使い頂ければと。それと、誠に遺憾ではありますが出来れば刀よりも剣を優先して頂きたいのですが」


「まぁそうじゃろうな。委細承知した。差し当たって、まずはやらねばならぬことがある」


そう言って椅子からひょいと飛び降りたユエは、こそこそとソルになにかを耳打ちする。なおユエの身長ではソルの耳まで届かないので、精一杯背伸びをしたうえでソルが屈む形である。

耳打ちされたソルは、カウンターの上に置かれたグリト鉱を鞄に詰め直すと、ぱつぱつに膨らんだ鞄を持ってそのまま店の奥へと消えていった。

それを見送ったユエは、カウンター横に作られた休憩スペースのソファへと座り、ローテーブルを両手で叩きながらノルンを催促しはじめた。


「ほれ!はよう座らんか!手を見せぃ!それと後で幾つかそこらの剣を振ってもらうからの!」


「・・・成程。オーダーメイドとなるとここまでしてもらえるのですか」


ノルンが使っていたルンド作の双剣はオーダーメイド品ではない。

というよりもルンドはオーダーメイドを受け付けてはいないのだが。ともかく、ノルンにとっては初めての、自分だけの剣を作ってもらえるということだ。実は先程から店内に置かれた数打ちの刀や剣を存分に鑑賞したいという衝動に駆られてソワソワとしていた彼女であったが、初のオーダーメイドという興奮がそれを上回った。姿勢はやはり正したままであったが、その歩く姿は高揚を隠せていなかった。


そしてその後、ユエがノルンの手をじっと見つめること二時間。両手で四時間である。

さらに続けて、店の外で十種類以上の剣を振らされること一時間。全てが終わる頃にはすっかり日が傾いていた。先程の高揚はどこへやら、ノルンはどこかぐったりとした様子でイサヴェルへと戻っていくのだった。

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[一言] ぐったりしているのか……… (^-^)⊃⌒=◓ 4人目GETだぜ!
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