第62話 墓穴
悲しい事実が発覚してから一週間、ユエ達の仲間集めが進展することは当然のように無かった。
一応募集はしているものの、悪戯か何かだと思われている節すらあった。
なにせ近しい深度の探索士となると最低でも8、可能であれば9以上だ。
この数字ですらまだ妥協している方である。深度12となったユエとソルに、エイルも8へと上がっているのだから平均値を取るのであれば11寄りの10となってしまう。そんないるはずもない募集など行うだけ無駄である。故にエイルの8似合わせた形である。
世界中に数多く存在する探索士の中でも、一握りの存在である一級探索士。その一級探索士ですら基本的には深度7と言われている。ここイサヴェルにも勿論一級探索士は存在するが、そのような探索士は既にどこかしらのパーティ或いは同盟に所属しているものだ。未だ何処にも所属していない深度8以上の探索士等簡単に見つかるはずもないのだ。
ちなみに事情を知ったアルス達からは探索に誘われたりもしたのだが、これは丁重に断っていた。
この街ではもはや英雄もかくやといった人気を誇る彼らと、ユエ達が共に探索を行おうものならば周囲からはどう見られるだろうか。ぽっと出の新参がどういう手を使ってか、彼らに寄生しているようにしか見えないであろう。ましてや、例の一件以来、彼らの深度が上がったことは既に知られている。そんな彼らの人気は絶頂と言ってもいいだろう。そんな彼らと共に探索を行えば、妬み嫉みの的となるのは間違いないし、そうなれば今後の店舗運営にも関わる。そういう理由で彼らの好意を受けるわけにはいかなかったのだ。
ちなみにアルス達の深度が上がったことは知られてはいるものの、どういった事件があったのかまでは告知されておらず、協会上層部や公爵家を除いて詳細を知るものは居ない。それに伴ってユエ達のことも誰も知らない状態だった。精々がやたら美人とやたら小さい新人の女二人組がいる、といった程度であった。
そういうわけでユエ達の活動は現在、実質的に八方塞がりとなっていた。
それから更に一週間が過ぎても、彼女らの募集に手を挙げる者は居なかった。この間にユエのやっていたことといえば、日がな一日槌を振るっていつものように鍛冶に没頭することだけであった。
そんな停滞する日々を過ごしていたある日、ユエとソルが二人で店のカウンターに座り、だらだらと怠けていた時のことだ。
後少しで昼に差し掛かろうかといった頃、店の扉を叩く音がユエの耳を打った。感覚を開けて三度、随分と丁寧なノックであった。
「んぉ?」
「おや?」
すっかり怠けきっていたユエがノックの音に気づき涎を拭っていると、静かに店の扉が開かれた。
「どうも。ここがユエさんの工房で間違いないでしょうか」
背筋を伸ばした、規律正しい立ち姿。肩口で切り揃えた美しい黒髪。
閑古鳥の鳴く静かなこの店に姿を見せたのは、ベルノルン・ヘルツ・フォン・イサヴェル公爵であった。
彼女の姿を見た途端、先程までスライムのように怠けていたユエはゆっくりとした動作でカウンターの上で手を組んで、そして一言。
「違うんじゃよ」
「まだ。何も言ってませんが」
初めて出会ったあのときと変わらぬ無表情。
本人にそんなつもりは無くとも、その無表情故に騎士団内では『なんか怖い』等と言われることの多いノルンである。今回も別段なにも含みはないのだが、しかし後ろめたいことのあるユエとしては無言で圧をかけられているように感じた。何しろノルンと別れてから三ヶ月近く経っている。ノルンと別れる際に刀を作るという約束をして、そして未だ何も手つかずである。だからこその初手言い訳であった。
「いやいや!皆まで言うでない!分かっておる!刀を取りに来たのであろう!じゃがそのまえにわしの話を聞くべきじゃろう。実は───」
「おや。もう作って頂けているのですか?」
「・・・む?」
「いえ。イサヴェルへ来る前に色々とあったと聞き及んでおりますので、流石にまだかと思っていたのですが」
「・・・いやいや、勿論まだじゃぞ!うむ、丁度これからじゃ!」
「ですよね。間に合ったようでなによりです」
必死に頭を回して言い訳をしようとしていたユエであったが、しかしどうやらその必要は無いらしかった。ここぞとばかりにノルンの勘違いに乗りかかるその姿はいっそ清々しいほどであった。
「ふふ、可愛い」
命拾いをしたユエの様子にソルは大変満足そうであった。
どうやら例の地竜もどきの一件はノルンの耳に入っているらしく、そのせいで未だ作業を始められていないのだと思っているらしい。
だが実際には、イサヴェルで目を覚ましてから既に数週間が経過している。もしもこの数週間、迷宮に入れないからと怠けて過ごしていた事がバレれば流石に怒られるのではといった不安がユエを襲う。
ここからは慎重に言葉を選ばなければならない。ノルンの持つ情報が何処までのものなのかが分からない以上、下手な発言はやぶ蛇となる恐れがあるからだ。
ノルンを怒らせないように怠けていたことを誤魔化したいユエは、しかしノルンの『間に合った』という台詞に引っかかった。刀の件ならば、武器として使用するわけではないという話なので本人が来る必要は無いのだ。つまり彼女がここに来たというのは別件ということになる。
だがユエにはその別件に心当たりがなかった。いわば初めての客ともいえるノルンの依頼を、まさか忘れていたなどとは間違っても言えないユエは、こうして嘘を重ねていった。
「む、間に合うじゃと?一体何の話じゃ?・・・ああいや、勿論分かっとるぞ!一応、一応聞いてみただけじゃからの?」
(───いかん、これはいかんぞ、なんか約束しとったっけ・・・?)
「流石。既にお気づきでしたか、話が速くて助かります」
怒らせたくない一心から、分かっているふりをして適当に話をしていたユエは徐々に墓穴を掘ってゆく。
「う、うむり・・・して、その荷物は───」
ノルンの顔色を伺いながら慎重に話を進めているつもりのユエだったが、そうはいってもノルンの顔色はまるで変わらないのだ。何の思惑も読めぬままに進む、いわば暗中模索状態である。
そんなユエは、ノルンがその手に持つ荷物へと話題を振ってみた。
彼女がこの店に来た時は背中に背負っており、現在は両手で持っているそれは、大きさでいえば大型犬と同じくらいである。先程から気になっていたのもまた事実。その大きさ故に一切触れないのもそれはそれで不自然であると考えたユエは、危険な賭けではあるものの仕方なく尋ねることにしたのだ。
「ああ。こちらの素材が───」
「あーあー!それが例のやつじゃな!うむ、流石ノルンじゃ」
(素材じゃと?何の話をしとるんじゃこやつは・・・まるで分からんのじゃが?イサヴェルに着いてからもこやつの世話になっておるというのに、『忘れてました』などと言おうものならわしは一体どうなってしまうんじゃ)
「はい?」
「う、うむうむ。重そうじゃし、取り敢えずここに置くがよい」
「そうですか。では失礼して」
話の内容はまるで噛み合っていなかったが、そうとは知らない必死のユエは取り敢えず荷物を見せてもらおうと考え、荷物を置くようにノルンへ促す。そうしてカウンターの上へと置かれた荷物は、金属のぶつかる硬質な音と共に、ずしりと重い音を響かせた。
椅子の上に立ち、鞄の口を開いて覗き込んで見るユエ。行軍中に兵士達が使う背負い袋のようなその鞄の中にぎっしりと詰め込まれていたのはいくつかの石の塊で、恐らくは何かの鉱石のようであった。薄っすらと青く輝くそれは、地球はおろかこちらの世界でも、まだユエが見たことのないものであった。色としてはサファイアやタンザナイトに近い。こちらの世界にもサファイア等が存在するのかは分からないが。
「・・・なんじゃこれ?」
「これは。グリト鉱と呼ばれる鉱石です。イサヴェル迷宮から産出するとても希少な鉱石ですね」
「ほーぅほうほう!初めて見るのぅ・・・して、これが何なのじゃ?」
「実は。依頼していた刀とは別に、もう一つお願いがありまして・・・ご存知だったのでは?」
初めて見る、地球には存在しなかった鉱石に対してすっかり好奇心をくすぐられてしまったユエは、ついにボロを出してしまった。頭まですっぽりと墓穴に嵌ったユエはついに開き直ってゴリ押しすることにした。
「ぐっ・・・ええい、良いから先に進まんか!ほれ!」
「そうですか?では・・・コレを使って刀を作って頂きたいのですが、それとは別に私用の剣を二本作って頂きたいのです」
とにかく要件さえ聞き出せば思い出すであろうというユエの思惑とは裏腹に、ノルンの話は完全に初耳であった。
「・・・一応聞くが、そんな約束しとらんかったよな?」
「はい」
「しとらんかったかぁ・・・」
「はい。ですが何やらご存知の様子だったので、おかしいと思っていたのですが」
結局はただユエが一人相撲をしていただけだった。『間に合う』とはつまり、ノルンは刀の制作が始まる前に素材を持ってこようとしていたのだ。
最初から余計な知ったかぶりをしなければこうも気を揉むことなど無かった。まさに自業自得である。こうして無駄に疲れたユエはたっぷりと息を吐き出して、ノルンから詳しい話を聞くことにしたのだった。
書いていて頭が混乱してしまったので校正に時間がかかってしまいました。
何故こんな複雑な話に・・・?
ここまでお読みいただきありがとうございました
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