第60話 夢の第一歩
第三章開始となります
エルンヴィズ王国の都市、イサヴェル。
王都グラフィエルの南平原に存在している王国内でも有数の大都市だ。
イサヴェルは領内の東部に海があり、元々はその海岸沿いに都市を築く予定であった。
しかし当時、王都南部の地下で到底攻略出来ないほどの巨大な歪園が発見された。
当時はまだ探索士という職業は確立されておらず、似たような活動をしていた者こそ居たものの管理もされておらず、不測の事態が起きた時の当てにするには確度が足りなかった。
そのため王国は悩みに悩み、結局海岸にはイサヴェルとは別に港街を作ることにした。
建前としてはその管理とリスク分散、そして何かあった際の歪園に対する防備として。
本音で言えば、攻略が不可能とはいえ歪園を放置するわけにもいかず、これ以上あれこれ考えるのが面倒になったから。
そんな理由で港街ノイと、王都グラフィエルを結ぶようにして、巨大歪園の直上に作られた街がここイサヴェルだった。港街と王都の間という立地から交易の要として、また探索士という職業が確立されてからは巨大歪園から産出される豊富かつ希少な物資によってイサヴェルは大きく発展することとなった。
ざっくりと説明するならば、イサヴェルとはそんな街だった。
街の規模にしても人口にしても、王都グラフィエルに引けを取らないこの街は人の出入りが非常に激しい。
イサヴェル領内であり、隣に位置する港街ノイは美しい海岸を持ち、観光地としても栄えている。
そんなノイへと向う観光客や、ノイから王都へ向う商人等、物も人も金も、全てがイサヴェルを経由してゆくのだ。当然そこを治めるイサヴェル公爵家の繁栄ぶりといったら凄まじいものだ。それこそ王家ですら無下に扱うことは許されない、なんとなれば機嫌を損ねないように気を使う始末であった。
勿論表向きは主と家臣であるし、イサヴェル公爵家も王家を軽々しく扱うような事はしないが、力関係で言えばイサヴェル公爵家は他の貴族達よりも頭一つ抜けた存在となっていた。
そんな公爵家は武力もさることながら領内の運営においても何の瑕疵もなかった。イサヴェルを発展させてきたその力は本物であり、領民からの支持も厚く、貴族の見本ともいえる名家であった。
そんな公爵家の現当主が、表向きは礼節を重んじる淑女の皮を被ったあのイカれサイコ女だというのが唯一の欠点なのだが。
ともあれ、ユエ達がそんなイサヴェルを目指してアルヴを出立し、ついに到着したのがおよそ二ヶ月半前のことである。力を使い果たして運び込まれるような形となってしまったが、現在はすっかり回復していた。一月ほど前にイサヴェル公爵家の保有する邸宅の一室で目を覚まして以来、見舞いに来たアルスの神器を隙あらば破壊出来ないかと、目論んでは抵抗されて失敗する等、鈍った身体を元に戻すためのリハビリも行ってきた。
そんなユエは現在、イサヴェル公爵家の手を借りて作られた家のカウンターで退屈そうに頬杖をついていた。それは一般的な家と比べれば随分と大きく、一歩間違えれば屋敷とすら呼べそうな大きな家であった。それもその筈、居住部分だけでも十分に部屋数があるというのに、表には店舗部分もあるのだ。裏にはユエ専用の鍛冶場まである始末。である以上は必然、家のサイズはどうしても大きくなってしまう。
これほどの家を僅か一月で完成させることが出来たのは、偏にイサヴェル公爵家の力であった。更にはユエ達の所持金も最低限を残して全て費やしている。ユエの元いた地球で言うところの、所謂札束ビンタであった。
そんな、ある意味ユエの夢への第一歩となる拠点であり、金に物を言わせて作り上げられた最高の設備を整えた専用の鍛冶場。目を覚ましたユエがドヤ顔のソルに目隠しをされて連れてこられ、そしてこの家を見せられた時はそれはもう大喜びしたものであった。それこそ初日から早速鍛冶場に籠もって日がな一日槌を振るっていたものだった。
「うーむ・・・」
だというのに現在のユエは椅子に座ったまま、床に届かぬ足をぷらぷらと揺らしながら心底退屈そうにしていた。ちらりと横目で窓の外を除いてみれば、巨大な毛玉が芝の絨毯の上をゴロゴロ転がっているのが見える。反対側の窓へと視線を移せば緑豊かな森の入り口。エルフであるソルやエイルはやはり森林の中にいるだけで落ち着くらしく、彼女らにとっては素晴らしい環境だった。無論、アルヴで育ったユエにとっても森や林は故郷と言っても過言ではない。風で奏でられる樹々の揺れる音や葉の歌声も、どこか心を落ち着かせる。周囲には一軒の家もなく、作刀の際の騒音に気を使う必要もない。最高の環境と言っていいだろう。
アルヴ時代に作成し、ソルの怪しい魔術空間に収納していた数打ちを取り敢えず店の中へ並べていた。店内に人の姿は見当たらずユエ一人。ちなみにとうの昔に開店している。勿論今も営業時間である。
「───いやどこじゃココ!?」
ユエの叫びが店内に響き渡る。
そう、周囲を草原と森に囲まれたこの家が、イサヴェルという大都市の中にあるはずもなかった。
イサヴェルにて目を覚まし、リハビリがてら運動をして。その後わけも分からぬままに『見せたいものがある』などと言うソルに連れられてやってきたココは果たして何処なのか。
「家ッス」
ユエの問いに答えたのは、丁度扉を開けて店内へと入ってきた毛まみれのエイルであった。
度々争っている一人と一匹は、実は意外と仲が悪くないのではないのだろうかと思えるような姿である。
「知っとるわ!わしてっきり街中で商売しつつ資金稼ぎするもんじゃと思っとったんじゃが!?」
カウンターを両手で叩きながらクレームを入れるユエ。
ここイサヴェルの歪園にて希少な素材を手に入れ、それらを用いて神器を超える一振りを作るというのがイサヴェルを目指した目的であった。とはいえ当然直ぐに為し得るとは思っていなかった。そのため、探索士として活動を行いつつ武器等を販売して生活費を稼ぐというのがユエの描いていた計画だった。
「・・・それには止むに止まれぬ、複雑な事情があるんスよ」
誤魔化す為か、はたまた説明を面倒に思ったのか。
そんな雑に流そうとするエイルへとユエはクレームを入れ続けた。
「なんじゃ今の間は!嘘じゃろ!絶対嘘じゃろ!どうせ『森の近くがいいッス』とかそんなんじゃろ!?ど阿呆!こんな場所で客が来るわけなかろう!」
「いやいや!それだけじゃないッスよ!姫様も『私とお姉様の巣は俗世から解き放たれているべきです』とか、なんか訳の分からない事言ってたッスよ!」
「止めんか!お主の仕事じゃろうが!」
「いやぁ、私も別に人の多い所は好きってわけじゃないんで・・・そう!あとあの毛玉もいるッスから!あんなの街中で飼えないッスよ!そういえばあいつ勝手にそこらへんの森に入っていって口の回り血塗れにして帰ってくるんスよね・・・」
「怖ッ!あの見た目で実はバイオレンスなの怖すぎるじゃろ!」
「腐っても猫なんスねぇ・・・」
当初ユエはクレームを入れて責任を取らせようとしていた。
しかしぎゃあぎゃあと二人で言い合っているうちに、徐々に話をすり替えられていることに気づかなかった。怒り疲れたのか、カウンターへと突っ伏すユエ。そんな消沈するユエへと追い打ちがかけられる。
「あ、そういえばそろそろお金稼がないと不味いッス。馬車買う時にお金使いすぎたッスね」
「ぬぉお・・・ようやく鍛冶に没頭できると思っておったのに・・・結局どこなんじゃココは・・・」
「イサヴェルから出てしばらくの丘ッスね。ホラ、あそこに見えるのがイサヴェルッス」
「遠っ・・・馬鹿じゃろ・・・」
エイルの指差す先、窓の外を覗いてみれば確かに見下ろすような形でイサヴェルの街並みが見えた。
歩けば半刻、或いは一時間ほどであろうか。遠すぎるとまではいわずとも、少なくとも商売をするには明らかに不向きな立地に、この家は建てられていた。
しかしここでどれほど文句を垂れようとも、家は移動できないのだ。まだまだ文句は言い足りなかったが、過ぎたことをいつまでも言っていたところで状況は変わらない。溜息を吐き出し、諦めるようにユエは項垂れた。
「そういえば」
「・・・なんじゃ、まだ何かあるのか」
「店の名前どうするんスか?」
「もはや店の体を成しておらんわい・・・」
「まぁまぁ、姫様が帰ったら皆で考えるッスよ」
店の入口、玄関先で身体中に付着した毛を払い落としながらエイルが提案する。
確かに店の名前は重要だった。それはユエにも理解できる。どのような店名にするのか、それによって親しみやすさや評判などにも影響が出るだろう。客が居ればの話であったが。
「そういえばソルは何処へ行ったんじゃ?」
「なんか朝から森に入っていったッスよ?久しぶりに森林浴でもしてるんじゃないッスか?」
「ほーん・・・」
エルフは森の民だ。
別段、森でなければ生きられないというわけでは無いが、それでもやはり森の中に入ると落ち着くらしい。エイルがこの場所に家を立てることを希望したのも同じ理由であるし、ソルもまた可能な限り森の空気を吸いたいのだろう。そう考えれば、ユエもこれ以上は文句を言いづらかった。
そんな時、森の方から小走りで帰ってくるソルの姿が見えた。大急ぎというほどでもなかったが、それでも彼女にしては珍しい姿であった。
それを見たユエとソルは心なしか緊張するような、真面目な表情へと変わる。巫山戯たやりとりをしていたとはいえ、流石に二人とも実力のある猛者である。平常ではないソルの様子に、もしや森で何か起こったのだろうかと僅かな間に身構えていた。
「お姉様!」
「なんじゃ、どうした。何があった」
「獣は毛玉が処理しそうッスから、歪魔ッスかね?」
家の直ぐ側の森で歪魔が出るとなれば、一刻も早く対処すべきだ。
そう考えたユエは、ひょいと椅子から飛び降りて脇に置いていた"氷翼"を手に取る。
エイルもまた、スカートの中の暗器を確かめるように服を整えていた。
「森に入って少し進んだところに湖がありました!水も澄んでおりますし、危険もありませんでした!水浴びに行きましょう!今すぐに!さぁ!替えの下着は私が持っておりますので!!」
そう言って鼻息荒くユエの手を引くソル。
先程まで多少の緊張をしていたユエとエイルは数瞬の後、呆気にとられて身動きが取れなくなっていた。
ユエは白目を剥いたままソルに引きずられてゆく。溜息を尽きながらエイルがそれに続く。毛玉は既に先行していた。
(だから何でわしの下着をおぬしが持っておるんじゃ・・・)
ユエは声にならない思いを胸に、ズリズリと引きずられて森へと消えてゆく。
ようやく目的地へとたどり着いたユエ達であったが、結局何一つとして進展しないままであった。
どこじゃココとナタデココ似てるなぁと思いながら書きました
それはそうと、誤字報告を頂いておりました。大変助かります。有難う御座います。
筆者がなろうのインターフェイスに不慣れなため気づいていなかったのですが、もしかすると随分前から頂いて居たのかも知れません。大変申し訳ございません。
ここまでお読みいただきありがとうございました
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