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第59話 あれから

目を覚ました時、まず飛び込んできたのは赤だった。

空ではない。一面が鮮やかな赤で塗られた天井だ。

国元に居た時からまじまじと天井を見つめる機会など無かったが、それでも随分と上等な天井だと一目で分かる。


そうしてふと考える。上等な天井とは一体何だ。天井に上等も何も無い。いや、もしかするとあるのだろうか?そんなどうでもいい考えが頭をぐるぐると巡る。

今ひとつ思考が定まらない。目も薄っすらぼやけている気がする。

どうやらひどく寝惚けているらしかった。


「・・・・」


どうやらベッドに寝かされているようだった。

感じるのは体を動かすのも億劫になるような気怠さ。

どうにか起きようと力を込めてみるも、肩から足の先まで、左半身が上手く動かせなかった。


自分はどれくらいの時間寝ていたのだろうか。あれからどのくらいの時間が経ったのだろうか。

分からないことだらけだったが、少なくとも何処かの部屋の中に居るらしいことくらいは分かる。

首だけを動かし、上手く動かぬ半身に響く鈍痛に堪えながら顔を横に向ける。


まるで女神スヴェントライトが現界したかのような、美しい寝顔。

それは恐ろしい程に整った顔だった。女神の顔など見たことは無いが、他に上手い例えも思いつかなかった。顔のパーツは全てが黄金比と言っていいだろう。誰であろうとも、一度見れば頭から離れない、まるで精巧な彫像のような。佳容(かよう)、はたまた玉貌(ぎょくぼう)、後はなにかあるだろうか。

などと色々表現は考えてみたものの、寝惚けた頭では大した例えも浮かばず、さっさとやめることにした。


要するに義妹であるソルが添い寝をしていたというだけの話。

そしてそのユエからすれば無駄にデカいとしか思えない乳に腕を。

両脚でも、自分の左半身が抱き寄せられ、抱きまくらのように挟まれていた。


「・・・・死ぬわ!!」


力を振り絞り、肩ごと動かしてソルを跳ね除ける。

何のことはない、乳と腿で圧迫され続けたことで血が止まり、痺れて半身に力が入らなかったというだけの話だった。


「ん・・・ぁふぅ・・・あら?おはようございますお姉様」


跳ね除けた筈のソルは未だにベッドの上にいた。

よくよく見回してみれば、自分の寝かされていたベッドの大きさに驚く。

所謂キングサイズのベッドよりも更に大きい、立派を越えてもはや意味が分からないサイズであった。


「ふむり・・・」


窓の外を見てみれば、日は傾き既に時間は黄昏時であるようだ。

なるほど、朝に弱いはずのソルが妙にすんなりと起きた理由は分かった。

一番どうでもいい事だけが分かったとも言えるが。


「どうやら・・・随分と寝ておったようじゃな。以前に『羅刹』を使った時は一週間ほどじゃったかのう。してソルや。ここは何処で、あれからどれだけ経った?」


以前"聖樹の森"にて巨大な猪型歪魔を倒す際に初めて使用した時。

その反動で一週間以上も眠り続けて居たために、ソルは勿論のこと、周囲へと随分心配をかけた事を思い出す。『鬼哭羅刹』は身体へと凄まじい負担をかける。故に使いたくなかった、まさしく奥の手であった。


「あれから───つまり、お姉様が気を失ってから一ヶ月と半分程です」


「・・・わし寝過ぎなんじゃが?」


「ふふ、お陰でたっぷりと楽しませていただけました」


「・・・」


じっとりと胡乱な目でソルを見つめ、諦めるかのように溜息を吐くユエ。

別に今に始まったことではないし、この義妹は口ではこう言いながらもどうせ付きっきりで看病してくれていただけなのだろうことは分かっている。追求する必要もない。


「ここはイサヴェル公爵家の所有する邸宅の一つです。ところでお姉様、お腹が空いてはいませんか?先ずは食事にしましょう。これまでの事も全て説明致しますので」


そう言われてみれば、意識した途端に身体が空腹を訴えかけ始めた。

一月半も何も食べて居ないのだから当然といえば当然だが、我ながら元気な身体であるとユエは自らに感心する。

そうと決まれば早速、とばかりに食堂へ向うべくベッドから飛び出してゆくユエ。


「あ、お姉様。何か着たほうがよろしいのでは?」


「いやなんでわし裸なんじゃ!?」




* * *




「お、姉様起きたんスね。騒がしいから多分そうだろうなと思ってたッスけど」


いつもの服へと着替えたユエがソルを伴って一階の食堂へと向う途中。

その手前の厨房と思しき部屋からエイルが顔だけを覗かせていた。


「うむり、心配かけたの」


「いやいや、別に心配はしてねッスよ」


ユエはエイルを張り倒した。

エイルなりの信頼といえばそうなのだろうが、それはそうとして態度が気に入らなかった。

そこは嘘でも「心配してたッス」で良いのだ。


その後、エイルの用意した料理を並べ、食卓を三人で囲む。

エイルは巫山戯た態度が目立つが基本スペックは高い。彼女の作る料理は勿論一級品である。

なおユエが病み上がりだというのに、並んだの料理は肉まみれであった。エイル曰く「姉様が一月寝たくらいで食が細くなるなんてことは無いッス」だそうだ。

勿論ユエはしっかりと張り倒しておいた。


「さて、では順に説明させて頂きます」


食事を終えた後、エイルによって用意された食後のお茶まで堪能しながら寛いでいたユエ。

他人に借りている家だというのにほんの数時間ですっかり我が物顔であった。

そんな時、漸くといった様子でソルがあれからの事を語り始める。


地竜もどきを倒し、ユエが気を失った後。

満身創痍の一行は馬車へと戻り、意識の無かったユエとアクラを荷台に放り込んで、ここイサヴェルへと急ぎ向かったという。

二日ほどかかる筈の道程は、野営もせずに昼夜を問わず駆け抜けたお陰でわずか一日でイサヴェルへと到着した。あの巨大な毛玉もとい雪猫が活躍したらしい。賢く夜目も効く上に、そこらの弱い歪魔ならば倒してしまうあの毛玉は、方角を伝えるだけで元気よく走り続けたそうだ。ちなみに現在は窓の外、この邸宅の庭でゴロゴロと転がっている姿が見える。心なしかユエには少し巨大化しているように見えた。


そうして到着したは良いが、すっかり夜になってしまっていたらしい。

だがそこはさすがの特級探索士というべきか。アルス達のホームタウンとでも言うべきここイサヴェルでは彼らが少し話をするだけで簡単に入る事ができた。


そのまま急ぎ探索士協会へと向かい、戦利品として荷台に積まれていた魔銀鋼(ミスリル)の山からアクラを掘り起こして治癒魔術師へと放り投げ。

外傷というよりも身体強化の反動で寝込んでいるだけのユエは、ソルとエイルが一先ず宿へと運び込んだ。

その翌日、協会への報告その他諸々をアルス達へと丸投げにしたソルとエイルは、イサヴェル公爵家へとベルノルンからの書状を携えて訪問した。既にベルノルンから話が通っていたのか、現在イサヴェルを治めている領主代行のベルノルンの弟、イサヴェル家長男は丁重にもてなしてくれたらしい。彼はこうして邸宅の一つを丸々貸し与えてくれたばかりか、様々な世話を焼いてくれた。


その後はこうして、借りたイサヴェル公爵家の邸宅にて滞在している。

何度か探索士協会から事情説明、というよりも情報収集を兼ねた事情聴取があったが、ユエの容態を盾に全て突っぱねているらしい。


またアルス達も頻繁に見舞いに訪れているとのこと。何なら今日も昼頃に来ていたらしかった。

アクラの怪我も直ぐに治療され、今では以前のように、否、以前にも増して溌剌としているらしい。

流石の彼らもあれだけの死闘の後ということもあり、長めの休養ということで探索業は一時休止しているとのこと。


つまりこれまでの経緯をまとめると。

結局のところ、ユエの目が覚めるまではどうにも動けず、それ故さほど変わったことは無かった、ということである。


「成程・・・やはりわしがおらねば始まらんのぅ!」


「ふふ、その通りです。そして、これで漸く始まるというものですね」


「先ずは領主代行に挨拶ッスかねぇ」


これから何をするにしても、当然だがユエ自ら領主へと謝意を伝えておかねばならない。

他にもベルノルンからの依頼の件もあるし、ユエ達の本来の目的である鍛冶と店のこともそうだ。


「うむり・・・まぁ、なんじゃ」


一月半も動いていなかった身体は鈍りに鈍っている。こちらも早く戻しておかなければならない。

これまで紆余曲折色々とあったし、これからやることはまだまだ山積みである。

それでも一先ずの目標であるイサヴェルまでは辿り着くことが出来た。


「今日はもう疲れたから、明日のわしに任せて今日は寝るわい!」


今まで散々寝ていた筈のユエは元気よくそう宣言した。

やはりユエは尻に火がつくまでは、可能な限り先延ばしにするタイプなのであった。

当初の目的地に移動するだけで60話使ったのじゃロリが居るらしい・・・ホラーかな?

というわけで短めですが2章のエピローグとなります。


あとがきであれやこれやといっぱい書くのもあれなんで、今後の予定とかを後日活動報告にまとめようかと思います。

お手数ですが、もしよろしければそちらをご覧下さい。



ここまでお読みいただきありがとうございました

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[気になる点] 1人で感想欄を占拠して好きかって書いている人が居ますね〜 (今更、他に感想書いている人がいない事に気付いた) [一言] >魔銀鋼ミスリルの山からアクラを掘り起こして治癒魔術師へと放り投…
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