第58話 とある一室での話
それは城と見紛う程の大きな建物であった。
白を基調としたその建物の正面、各所に銀で装飾の施された大きな扉が目を引く。
門は開け放たれ、来るもの拒まずといった様子で、簡単な所持物検査を済ませれば誰でも自由に出入りが可能であった。
そんなスヴェントライト聖国の大聖堂、その一室で二人の男女が会話していた。
その片割れ、つい先程入室してきたばかりの男のほうが、彼の態度から恐らくは目上であろう女へと何か話しかけていた。
「聖下、報告があります」
真面目そうな声色で端的に目的を告げる男は、目の前の女性を敬う丁寧な態度であった。
一方で、聖下と呼ばれた部屋の奥へと座る女はといえば、随分と適当な姿勢で話を聞いていた。
どっぷりと特注の椅子に背中を預け、床に付かない足をぷらぷらと揺らしている。
眠そうな瞳は半分ほどしか開かれておらず、ともすれば職務中であるというのにも拘わらず今にも居眠りしそうにすら見えた。
「なに?」
男に対する返事もまたぞんざいであった。
言葉数が少ないのは男も同じではあるが、彼と彼女とでは意味が違う。
必要なことのみを簡潔に伝えた男と比べ、女のほうはただ話すのが面倒なだけだと直ぐに分かる。
「良い報告が一つと、悪い報告が二つあります」
「じゃあいい」
「よくありません。では悪い方から行きましょう」
恐らくはいつものやり取りなのだろう。女を無視して男が慣れた様子で話を進める。
渋々と言った様子で頬杖を付き、眠そうな眼はそのままに女が報告を聞く。
「"厄災"が現れました。数は二体。確認されて居ないだけで、他にも現れている可能性は有ります」
「まじ?」
「マジです。スヴァル帝国とエルンヴィズ王国にそれぞれ一体ずつが確認されております。共に一週間ほど前とのことです」
「やば」
「ヤバいです。現状では我々には対抗手段がありません。取り急ぎ何かしらの対策を練らなければならないでしょう」
至極真面目な顔をして報告を続ける男の様子を見れば、それが冗談などではないことは分かる。
どうやらどうでも良い話ではないと認識を改めたのか、女が多少姿勢を正した。多少だが。
「・・・もう一つは?」
「それとは知らずに"厄災"の討伐に向かった"城塞"が食われました。部隊の者も、一人を残して全滅です」
「まじ?」
「マジです。協会の対応の速さが逆に仇となりました。こちらから指示を出す前のことで、止められませんでした。残念ですが、これで"渾天九星"は八人となってしまいました」
「・・・その後は?」
「満足したのか、消耗したのか。いずれにせよ姿を消したそうです。行方は勿論不明ですが、暫くの間は安全かと。彼の犠牲が無駄にならなかったことだけが救いですかね」
「っ・・・そう」
一貫して冷静な態度をとる男だったが、それでも一人の探索士の死を口にしたときは眉を顰めていた。
各地の探索士協会を統括する本部ともいえるこのスヴェントライトは、常に情報の伝達に力を注いでいる。一週間前後という短い時間で他国における"厄災"の情報を手にしている時点で、その成果は疑いようもない。だがそれでも、距離という問題は付きまとう。
迅速に対処しなければならないという、彼らが優秀であったが故の判断。
現地の協会がもう少し判断に時間をかけていれば。或いは様子見を選んでくれていれば。
そう考えれば、悔悟の念に堪えなかった。
「良い方は?」
彼らは探索士協会の責任者だ。常に先の事を考えなければならない。
今回は後手を踏んだ。ならば次は先手を取れるよう取り計らうのが自分の仕事だ。
そう考えた女は次の話を促す。悔やんでばかりも居られないのだから。
「エルンヴィズ王国にて出現した"厄災"が討伐されました」
「・・・は?」
「討伐したのは"輝剣"の部隊四名と協力者三名。負傷者は出ましたが、死者は出ておりません」
「まじ?」
「マジです。現地の協会の判断によって"輝剣"へと依頼が出され、現地を確認した彼らの判断によって戦力拡充のため協力者を募り、それとは知らずに討伐を成し遂げました。現地の支部長、キィ・リンデルの報告では『予想外に戦力が揃ったので面子的になんとなく行けそうだと判断した』とのこと」
信じられないとでも言うように、先程までは半分程しか開いていなかった眼を見開いて机の上へと身を乗り出す女。彼女がこれほど感情を表に出すのは、男が知る限りではほとんど無かった。それほどまでに驚嘆すべき報告だった。なんとなくとは何事だ。
「バカ?」
「馬鹿です。文献や過去の事例を考えれば"厄災"の深度は最低でも13。特級探索士でも深度が11であることを鑑みれば、それと知らずに情報不足のままノリと勢いで討伐せしめた彼らは確実に馬鹿です」
酷い言われようであったが、実際に情報不足のまま挑んだ"渾天九星"が一人死んで居ることを考えれば、確かに彼らは命知らずの馬鹿だろう。彼らは彼らで、自分達がやらなければという責任感の元での行動であったために、それを馬鹿呼ばわりされては彼らからすれば心外であろうが。
「凄い」
「はい。これは間違いなく偉業と言えます。言い方は悪いですが、彼らのお陰で一対一交換で済みましたし、時間もいくらか稼げたと考えて良いでしょう」
「詳細は?」
「彼らは討伐後、その足でイサヴェルへと入りました。『迷宮都市』であり"輝剣"の主要活動地です。また討伐の際、参加した全員の深度が一つ上昇したようです。まるで試練を乗り越えたことで女神スヴェントライト様から褒美を下賜されるかのように。これでアルス・グローアの深度は12となり、我々にとっても喜ばしい戦力強化となりました」
「良かった。それで、方法は?神剣?」
「そこまではまだ不明です。ですがこれは我々人類にとっても重要な情報となります。急ぎ彼らへと使いを出し、情報提供を願おうかと考えております」
「お願い。それ次第では、わたしたちは優位にたてるかもしれない」
よく見なければ分からない程度に、うっすらと顔を紅潮させる女。
予想だにしていなかった彼らの偉業に興奮した様子で椅子の上に立ち、机を両手で叩いている。
よもや彼らが、力でゴリ押しした等とは思いもしていないのだろう。
だがそれも当然、"厄災"とは本来正攻法で勝てる相手ではないと伝えられている。
故に探索士協会は、そしてその責任者でもある彼女達はこれまでありとあらゆる手段を探してきた。
来る"厄災"の出現に備えて。
実際には、搦手と呼べるようなものはアルスのクラウ・ソラスによる防御の突破くらいのものであり、そのほとんどが力技であったのだが、報告として伝え聞いているだけの現時点では彼女たちがそれを知る由もなかった。ましてや討伐の決め手が脳筋の一騎打ちだった等と。
「今後の方針としては、彼らから情報を得ると共に、各支部へと警戒するように指示を出します。明らかに異常な歪園が出現した場合は我々の指示を待つように、と」
「うん、それでいい。とにかく情報が最優先」
「承知しました。では私はこれで」
そういって退出していく男を見送る女。
興奮して立って居たその椅子に座り直し、またしても足をぷらぷらと揺らしながら思案する。
先程まではしっかりと開かれていた瞳はすっかり元通りの眠そうなものに戻っていた。
「ふふ。いいね、希望がみえてきた」
その見た目十歳前後にしか見えない小さな身体を、機嫌が良さそうに揺らして。
「・・・会いに行こうかな」
探索士協会の最高責任者であり、スヴェントライト教の教皇でもある少女は、口角を上げ艶然と微笑んでいた。
かませとは、古来より防御が得意そうなやつにありがちな役職
ここまでお読みいただきありがとうございました
評価、感想、ブックマーク登録もお待ちしております
次回もよろしくお願いします




