第55話 神々の世界
本日は二話更新しております
本話は二話目ですので、前話をまだ御覧頂いて居ない場合は一つ前からお願いします
目線によるユエからの合図、あるいは指示をソルはしっかりと受け取っていた。
言葉など必要ない。もっと言うならば、義姉からの合図がなくとも準備を初めていただろう。
「ではエイル、手筈通りに」
「ッス。ところでこの馬鹿っぽい作戦考えたの誰ッスか?」
「私ですが、何か?」
「ッスゥ・・・」
ソルはエイルに横抱きにされていた。
エルフの美少女が、同じくエルフの侍女に抱き抱えられるその姿は非常に絵にはなっている。
なってはいるが、戦場にあって似つかわしくないその姿はエイルの言うように場違いではあった。
徐々に激しさを増す敵の攻撃によって辺りに撒き散らされる岩や大地の欠片。もしも直撃するようなことがあればその破壊力は馬鹿には出来ない。実際先程から、大小様々な飛礫がソル達の元へと飛来してきている。
「ま、安心して任せて欲しいッス。どのみち戦闘の役には、ちょっと立てそうにないッスから」
「これが終わったらお姉様と一緒に鍛えてあげましょう」
「いやぁ、私は別に───っと。馬鹿に出来ないッスねこれ」
そう言いながらも、ちょうど跳んできた大岩を躱して見せるエイル。
どうやらこの阿呆のような見た目の作戦は、存外理にかなっているらしい。そばにいたフーリアは途中で詠唱を辞めたり、様子を見て合間に魔術を行使しているが、ソルはそうはいかなかった。
魔法は、魔術とは比べ物にもならないほどの集中力を必要とする故に。
『開け聖域───過ごした歳月はもはや数えること叶わず。総ては消え去り、陽は失われ、星は奪われ、瞳に映るものは何もなく。夏の新緑も、春の歌声も、総て失い音さえ亡くして』
まるで謳うように。
ソルの鈴のなるような声が周囲へと静かに流れる。
『故に愛を渇望する。ただ移ろいゆくその身へと、神々のみが持つ大きな愛と深い苦痛を』
エイルが駆ける。跳ねるように飛礫を躱す。
小さな欠片、そのただ一つさえソルへと及ばないように。
『その高慢な魂を、罪深き思い上がりを、天使の涙が流してゆく。罪に塗れたこの身の為に、この身が拒んだ救いを希って』
前方、エイルにはユエが吹き飛ばされるのが見えた。
ソルも遅れて気づくが、それでも詠唱は止めなかった。ただエイルへと目配せし、自分を置いて義姉を頼むと伝えるのみであった。無論今すぐ駆け寄りたい。あのままでは勢いのままに地面へと叩きつけられるだろう。治療も必要な筈だ。
だが、あの敬愛する義姉から口酸っぱく教え込まれたのだ。止めを刺すまでは絶対に敵から目を切るな、と。例え、自分が死に瀕していても。
『邪悪な欲に預かる者よ、地獄の業火に焼かれし者よ。その断罪の果て、無人の寂寥を越え、歓喜と祝福の国へと還らん───つッ』
鋭利な拳大の石片が肩口へと突き刺さる。
それでも拳を握りしめ、前を見据える。
『貴方の司る優しい世界。永遠の君、魅惑の貴方が微笑みかけるあの場所へ!』
尋常ではない魔素のうねりを、手を伸ばして解き放つ。
「───"九界"、『神々の世界』!」
* * *
エイルは疾走する。
ソルをその場に残し、彼女の代わりにユエの元へと。
意識があるのか、それとも気絶しているのだろうか。為す術もなく飛ばされたユエの様子はここからでは正確には分からなかった。いずれにせよ無事な着地など望めないだろう。地面へと叩きつけられる前に受け止める必要があった。
「っ・・・間に合えっ!ッス!」
間一髪、スライディングをするように滑り込んだエイルがユエの身体を抱きとめる。
「づッ───痛ゥー!!」
受け止めた腕も滑り込んだ尻も痛かったが、それどころではない。
急ぎユエの顔を覗き込めば、幸いにも意識は保っているようであった。
しかし怪我は酷いものであった。
「カハッ・・・すまんの、エイル・・・助かったわい」
恐らくは内蔵まで損傷しているのだろう。
吐血しつつも謝意を表すユエは満身創痍であった。
「喋ってる場合ッスか!"朝露"はあるッスか!?」
「無いのぅ・・・出国する直前に使ってしもうた。ぐっ、痛ゥ・・・あのクソ蜥蜴、容赦なくやりおって・・・右腕と、鎖骨、肋骨も大分やられておるのぅ・・・内蔵もか。キッツいのぅ」
「私のを使うッス!かけるッスよ!」
アルヴを出立する際に持たされていた自分用の"朝露"を取り出し、ユエの身体の傷へとかけようとするエイル。
王族とその関係者は常に一本持たされているが、ユエは以前に騎士団と共闘した際にシグルズへと譲渡していた。その足でさっさと出国してしまった為に自分の分を持っていなかったのだ。
「待て・・・待つんじゃエイル」
「なんスか!?」
「ソルの・・・魔法だけでは、恐らく・・・終わらん。足りぬ」
魔素の鎧を引き剥がした後、直接攻撃を行ったユエはあるものを見ていた。
故に魔法では決着が付かないことを予感していた。だがエイルには、とてもではないが信じられない。
魔法というものは知らされていなかった彼女だが、それでもあれが既存の魔術とは比べ物にならない威力を持っていることくらいは一目で理解していた。
「アレでッスか?いやいや、ともかく傷を治すのが先ッスよ!」
「アレじゃ、奥の手じゃ・・・かけるのではなく飲ませてくれ」
"朝露"による治療には飲む場合と患部に直接かける場合の二通りの使用法があった。
前者は主に病に対して行われ、後者は外傷、骨折や裂傷等に効果が高い。
そして飲んだ場合、高濃度の魔素が体内に残ることになるため、暫くの間はまともに活動できなくなる。どちらかといえば長期的な治療に対しての処方であった。
当然今回のような怪我にはかけて使ったほうが良い。
にも関わらず、ユエは飲ませろと言うのだ。
それにはユエの言う奥の手が関係している。
ユエの予想では、恐らくはソルの魔法によって瀕死、或いは大きなダメージが与えられるであろう。
だが、もしも予想よりもダメージが抑えられてしまったら。
魔法は周囲の魔素を爆発的に消費するために連続使用が出来ない。その時は今度こそ打つ手がなくなる。
故にユエは奥の手を切ることにした。ここまで手こずっている以上、最悪を想定しなければならない。
必要無いかも知れなかったが、必要となるかもしれない。
故に最善を尽くす必要があった。
「・・・はぁ、状況を考えれば、仕方ないッスかね」
「じゃろ・・・?」
「なんでその怪我で余裕ぶってんスか」
「くふふ・・・ぐふッ!そ、そろそろ本気でヤバいんじゃが」
巫山戯ているように見えるが、ユエの外傷は本物である。
一刻を争うことには違いないにも関わらず、おどけて見せるユエの口へとエイルが"朝露"の瓶を突っ込んだ。
「ごぼっ!?ごぼごぼっ」
「良いからちゃんと飲むッス。零さないで下さいッスよ」
エイルが自らの膝へとユエの頭を乗せ、容赦なく瓶の尻を押さえつけて半ば無理矢理朝露を飲ませる。
経口薬として使用する場合であっても、本来であればこのように一気に飲み干すなどという使い方はしない。徐々に飲むことで体内から、ゆっくりとした軽度の深化を促すことで治療に使われる。
いわば高濃度の魔素である朝露を一度に大量に飲めば、体内の魔素を魔力へと変換する前に急激に深化へと至ってしまう。
だが今回に限っては、この服用法で間違っては居なかった。
「げほっ!ごほっ!し、死ぬかと思ったわい・・・」
「まだ死にかけッスけど」
まるで千鳥足のように、ふらついた様子で立ち上がりながらも、軽口を叩く余裕くらいは戻ってきていた。未だ怪我は治っていないが、事ここに至り、問題がないのだ。
「喧しいわい・・・ほれ、さっさとソルの元へ戻れ、しっしっ」
「フラフラの癖になんて態度ッスか・・・いいッスか?五分だけッスよ。それ以上はどうなるか分からないッスからね。ミムル様からもキツく言われてるんスからね」
「うむり。それだけあればなんとかなるじゃろ・・・多分」
「絶対ッスよ!!」
そう言って怪我をしたままのユエを残し、ソルのもとへと戻っていったエイル。
そんな彼女を見送ったユエは、気合を入れるかのように自らの両頬を叩いた。次いで空を見やれば、ソルの魔法、九界の影響で空は曇りどす黒い雷雲が歪園内を覆っていた。
「痛ッ・・・ふぅ、これで決着といきたいところじゃな・・・」
未だ遠く聞こえる戦闘音に、のんびりもしていられないとばかりに構え、両手を二度打ち鳴らす。
大きく息を吸い込み、取り込んだ魔素を体内へと巡らせた。
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