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第54話 神器

アルス達は数年前にイサヴェルの地下歪園、通称"迷宮"の探索を行っていた。

当時はまだ深度10だったアルスが、現在の仲間達と共に迷宮の深層に挑んだ時の事だ。

その頃から既に探索士としての頂点へと手がかかっていた彼らは、その日冒険をした。

文字通り、危険を冒したのだ。


深層の歪魔は手強い。それこそ深度7や8がそこらの獣感覚で生息している。

世界中でも一握りと言われる一級探索士、その平均深度が7であることを考えれば、殆どの探索士が挑戦することすら困難だ。ましてやじっくりと探索する事など、それこそ選ばれた部隊(パーティ)でしか為し得ない。


そんな選ばれた部隊だったアルス、アクラ、イーナ、フーリア。

それにもう一人。その探索で負った怪我が原因で探索士を引退した仲間がいた。

ドワーフ族で名前はベルという男だった。ドワーフは背が低く、鉄や石を弄ることが好きな種族だ。

基本的には温厚だが一度戦いとなれば勇猛なことで知られ、その特徴から炭鉱夫や鍛冶師、そして探索士になる者が多い。

彼ら五人が下層を順調に進み、目的地である深層へとたどり着いてしばらくのことだった。


基本的には歪園内で現れる特別に強力な個体というのは、遭遇前にある程度予測ができる。

具体的に言えば、大きな歪魔がそこを通った痕跡、壁が削れているだとか、跡が残っているだとか。

或いは、強力な歪魔に近づくとその他の歪魔と遭遇する回数が減るだとか。

大雑把なもので言えば空気が変わる。雰囲気というか、その場に居るものにしか感じられない()()が、確実に変わったと感じられるのだ。


その時も、とある深層の未踏破地域にてアルス達は強敵との遭遇に備えて準備万端で探索を進めていた。

付近の壁の破壊痕や食い散らかされた歪魔の死骸等、典型的な強者の痕跡が残っていたからだ。

遭遇したのは巨大な二足歩行の鬼型歪魔(オーガ)だった。

だが、その個体は通常のオーガとは明らかに違っていた。いくら攻撃しても瞬時に傷を修復してしまい、攻撃がまるで意味を為さなかったのだ。太く長い腕を切り落とそうとも、力の源とされる角を落としても。


そんな、倒す手段がまるで分からないでいた一行を救ったのがイーナだった。

彼女は、どう考えても異常なそのオーガを、正当な手段で倒すことは出来ないのではないかと考えた。

直截に言ってしまえば、強いとはいえど戦闘能力自体は通常のオーガとそれほど違いはなかった。

オーガは確かに、歪魔の中でも上位に数えられる。だがこの深層で、周囲の歪魔を一方的に食い散らかし、まるで領域の王のように振る舞えるほどの強さではないとイーナは感じていた。実際に、戦闘時間が長引いているはずなのに、未だ誰も疲労こそすれど大きな負傷はしていない。

戦っている間、やはりどうしても違和感を拭うことが出来なかった。


結論から言えば、少し離れた場所にあるオーガの縄張り。その隅に隠されるように置かれていた黒い卵のような物をイーナが壊すことで、オーガの再生能力を無効化することに成功した。


歪園とは、誰かが作り上げた遊園地などでは断じてない。

このような仕掛け、或いはギミック地味た現象は初めてのものだった。

不思議に思った一行がオーガを倒したのちに調べようとしたのだが、卵の欠片はおろか、オーガの死体でさえも魔素の粒子となってかき消えてしまったため、調査は叶わなかった。


歪園とはイレギュラーが付き物であり、ましてやここ迷宮では日常茶飯事といえる。

だがそれは、歪魔の大量発生であったり、突如として道が無くなる、或いは道が変わる、同一個体と比べて妙に強い歪魔が発生している等といったものだ。

まるで何者かが用意したかのような、ある種謎解きとも言える今回のようなものは見たことも聞いたことも無かった。


本来であればここで帰還するのが定石である。

新たな情報を持ち帰るのが仕事であり、成果を優先して情報を持ち帰ることに失敗するなど探索士としての職務に(もと)る。


だがそれでも、アルス達は進むことにした。

それは偏に、アルスが何かに呼ばれている気がする、などと言った怪しげな事を言いだしたせいであった。その時は全員で、突如電波を受信したアルスを弄り回した。

だが普段は堅実な、ともすれば慎重ともいえる判断を下すアルスがこのような事を言い出すのは珍しかった。故に一行は冒険をした。


そうして未踏破地域を進んだ一行は、その後も同様に、正攻法では倒せない強力な敵と立て続けに二度の戦闘を行った。

その時の二度目、つまりはオーガを含めて三度目の戦闘の際に、ベルは右目を失った。探索士として致命的とまでは言わないまでも、深層の探索を行っていたこの部隊に所属し続けることは困難であった。


三度に渡る試練を乗り越えたその先で、一行は小さな広場へと辿り着く。中央には庭池ほどの小さな水場があり、その池の中央には苔むした浮島。迷宮内には水場が少なからず存在しているが、この様に美しく整えられた水場は初めてであった。


そんな、ベテランの彼らをしても初めてだらけであった探索の果て、薄っすらと光る苔に覆われた浮島の上で、無造作に転がされていた一振りの剣を発見した。

ベルの応急処置を行い、地上へと戻った彼らはすぐさま協会へとすべて報告した。

帰還にも相応に時間が必要だったために治癒魔術では間に合わず、結局ベルは引退することとなった。噂に名高い"聖樹の朝露"でもあれば違ったかもしれなかったが、如何に彼らほどの探索士でも、とても手が出なかった。

アルスはベルへ何度も、何度も謝罪した。自分の所為だと。判断を誤った、と。

だがベルは笑ってアルスを張り倒した。自分も望み賛同した結果だと。いちいち謝るなと小突き回されたほどである。ちなみにその後ベルはイサヴェルで鍛冶屋を開き、アルス達の武具の整備を引き受けている。今でもアルス達とはよく飲みに行く仲である。


その後、その時の探索によって深度が11となり特級探索士となったアルス。ベルを含めた他の仲間も皆、一つずつ深度が上がっていた。まるで女神スヴェントライトが、自らが与えた試練を乗り越えた彼らを祝福するかのように。


そうして持ち戻った剣は探索士協会から神器として認定され、名前を付けられた。

その細身の長剣は、驚くほどに刀身が薄かった。

しかし鞘に至るまで、全てがオリハルコンで出来ているお陰で折れることは無い。

そして一度鞘から抜き放てば、強制的に使用者の魔力を吸い続け、ある能力を発揮し続けた。


それがアルスの持つ『神剣クラウ・ソラス』。

魔を祓う、光の剣だった。




* * *




イーナは必死であった。

先の初撃を思えば、一撃たりともその身に受けることは許されないのは明白だったからだ。

あのアクラでさえも、ユエが幾分か威力を落とし、二重の防御魔術による支援を受けて漸く耐えられた攻撃。

部隊の目と耳を担うイーナは、スピードには自信があった。

だが攻撃と防御に関しては並、或いは少し上といった程度。同じ深度の冒険者と比べれば低い方だろう。

故に、ユエのあの一撃でさえも通用しない相手に自分が出来ることは、敵の注意を逸らすことだけであると考えていた。


敵の視界の端へと、絶えず自らの姿を掠めるようにチラつかせる。

歯がゆいが、それしか出来なかった。そしてそれでさえも命懸けであった。

回避型盾役(タンク)と言ったところだろうか。フーリアからの支援魔術(バフ)を得た彼女はひたすらに避け続ける。

そんなイーナの献身は、真っ当な盾役であるアクラと合わせ敵の気を逸らすことに成功していた。


一方で、アクラは敵の攻撃への対処に苦慮していた。

今のところ、敵の攻撃は至って単純(シンプル)なものだ。

前足で踏みつける、蹴る、尾で打ち据える。その程度だった。

だが動き出したと思った次の瞬間には、敵の攻撃が自らへ到達する。突如として最高速へ達する敵の動きは、動きが単純にも拘わらずその凄まじい緩急によって非常に凶悪なものとなっていた。


更に面倒なことに、纏っている魔素の鎧とやらはどうやら伸縮するらしい。先の異様に伸びた尾による攻撃もこれの所為だろう。

実体の無い魔素であるが故に当然といえば当然なのだろうが、そのくせこちらの攻撃は通らないのだから質が悪い。例えるなら防御魔術によって作られた障壁で敵を殴りつけるようなものだろうか。


最強の盾で殴れば攻守共に無敵であるとでも言いたいのか。何だそれは、脳筋にも程があるだろう、とアクラは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。巫山戯た話だが、実際にそれを目の前で見せられているのだから文句を言っても始まらない。


アクラとイーナ、それにユエの三人へと攻撃を繰り返しているせいか、一撃一撃は先程の尾による攻撃ほどの威力は無い。だがそれでも、三人へ分散されて漸く受けられるといった程度。一人でも落とされれば、この状況を維持することは出来なくなるだろう。

一度のミスが命取りになる。油断など出来るはずもなかった。


そしてもう一人。ユエには、戦いながらも敵を観察できる程度にはほんの少しの余裕があった。

攻撃が通用しない以上やるだけ無駄だと、イーナとアクラの援護に重きを置いているからだ。二人へと注意が向けば邪魔をするように攻撃を加える。ダメージは通らないまでも、軌道を逸らす程度ならばどうにかやれていた。また、自分へと攻撃が来た場合は大人しく受け流すだけに留めていた。下手に色気を出して攻撃すれば隙を生みかねない。身体の頑強さには自信がある自分でさえも、この相手から直撃を喰らえば恐らく唯では済まないだろうと予想していたから。


(魔素で覆われている以上、魔術による攻撃は効果が薄い、否、ほぼ無いと言っても良いじゃろう。フーリアが支援に徹しておるのは正解じゃな。短い間に良く理解しておる。問題はソルの魔法が通じるのかどうか、じゃな・・・恐らく一定の効果はあるじゃろうが、魔法は連発出来ぬ。確実に通ると思えるまでは温存させたいんじゃが・・・)


ソルもそれが分かっているからだろう。エイルに横抱き、所謂"お姫様抱っこ"された彼女は、鋭く敵を見つめながらも適宜イーナとアクラへと支援を行うに留めていた。

ユエは思案しながらも、やたらと光りながら駆けるアルスへと目を向ける。

先程なにやら剣を抜いたと思ったら、その剣から溢れんばかりの光輝が放たれ始めたのだ。


(あれが噂の神器とやらか。うむ・・・後でよく見せて貰うとして、じゃ。燃費が悪いと言うておったが、この場で抜いたということは何か勝算があるということじゃろう。魔法の効果が確度に欠けるとなれば、任せるしかあるまい)


ユエは援護に回ることに決めた。

そして唯の勘ではあったが、アルスが活路を開く予感があった。

彼の握る神器から、己へ向けられて居るわけでもないというのに、凄まじい圧力(プレッシャー)を感じ取っていたからであった。


そんな期待を寄せられた当の本人であるアルスは、丁度身体強化を終えた所であった。

クラウ・ソラスに魔力を吸い続けられながらも、淀みなく三重の強化を終えた彼は、漆黒の敵へと躍りかかる。それを見たユエはソルへと目配せをした。


「ふッ!」


新たなに加わった敵へと、黒い影が頭上から尾を叩きつける。振り上げたられた尾は瞬時に地面を叩いた。剣を使うことなく体捌きのみで素早く躱したアルスは、脇構えにしたクラウ・ソラスで斬り上げる。

息をつく間もなく、そのまま返す刀で逆袈裟に斬り下ろす。高速の斬撃は止まらず、煌めく光を辺りへと撒き散らしながら、闇に染まった敵の姿を照らし出す。


魔力を吸い上げ光を放つ間、『実体の無いものを斬ることが出来る』。

霊体や妖精、魔術によって生み出された炎や風であったり、或いは魔力そのもの。

所有者であるアルスでさえも未だどこまでの物が斬れるのかは完全には把握出来ていない、非常に解釈の難しい能力ではあった。今のところ、病の類ですら斬り祓う事が可能であることは判明している。恐らくは『目には見えない物を斬る』能力といった方が近いだろうか。


神器にはそれぞれ特殊な能力が宿っているが、所詮人の身ではその全てを理解出来ないとされている。その能力を完全に把握出来るのは、神器を齎したとされる女神だけなのかも知れない等とも言われていた。


ともかく、クラウ・ソラスのそれは魔素に対しても例外ではなかった。

クラウ・ソラスの能力によって、纏う闇の鎧を丁寧に剥がすように、アルスが一閃するごとに魔素が霧散してゆく。鎧を剥がされた焦りからか、敵の攻撃がアルスへと集中してゆく。だがアクラとユエがそれを受け止め、弾き、いなしてゆく。


剣閃の速度は徐々に増し、敵からの攻撃の処理さえも二人に任せたアルスは、さらに加速する。耿耿と輝きを放つ神剣はその勢いを増し、その刃の残す残照はまるで流星のようであった。

最後の一振りは右薙だった。


「『光芒一閃(ルーセント・ドライヴ)』」


横一文字に振り抜かれたクラウ・ソラスによる一閃は、その力を遺憾なく発揮した。

魔素の鎧を斬り裂き、剥ぎ取り、霧散させる。

あれほど強固であった漆黒の防御を、アルスは見事に突破して見せた。


全身を鱗の様に覆う様々鉱石は、高濃度の魔素によって変質しているのが一目で分かる。

巨大な下顎から伸びた二本の牙は鋭利で、大地でさえも容易に崩せるのではと思える程。

以外にも手足の爪は鋭くはなかったが、その代わりとでもいうように四本の手足は異様に発達していた。

翼は退化しているのか、存在しないように見える。

そうして漸くその姿を現したのは、竜に似た()()であった。


「ハァッ、ハァッ・・・地竜、に近いのか?」


すぐに飛び退り、クラウ・ソラスによる魔力吸収によって消耗したアルスが、額から汗を流しながら呟く。

地竜とは、生態系の頂点に立つとされる竜種の一種。

力が非常に強く、またその身体は頑強であり生半可な攻撃は受け付けないと言われている。

アルスたちが以前に戦った竜種は水竜であり、地竜の実物は遭遇したことがなかった。

探索士協会で資料を見たことくらいはあるし、情報も頭に入っている。だが目の前の敵は、それと比べても通常の地竜とは言い難い。魔素を操る等と、竜でなくとも聞いたことがない。地竜が歪魔化すると、このような個体になるのだろうか。


クラウ・ソラスを鞘へと収め、普段遣いの剣を地面に突き刺して支えにしつつも、アルスは敵から目を離さない。そんなアルスの視界の端、敵の頭上から小さな影が踊りかかるのが見えた。


「───(まつり)の陸、『風花(かざはな)』」


『──!!─────!!』


地竜もどきがまたも何か言葉のような音を発して身を捩る。

好機を逃すまいと、一息入れる間すら惜しんで行われたユエの攻撃だった。

アルスが最後の一撃を放つ直前より準備していたのだろうその突きは、敵が身を捩ったことで少し狙いを外したものの、しかし敵の後ろ足を貫いた。


「ッ、固ったいのぅ!」


魔素の鎧を剥いだにも拘わらず敵の表皮は馬鹿げた硬さであった。

とはいえ漸くダメージは通ったのだ。これならば、ソルの魔法が使える。

突き刺した"宵"を引き抜き、くるりと空中で転身するユエ。

それを見たアルスも瞬時に頭を切り替え、未だ消耗している脚に鞭を打ち駆け出す。


「ユエさんに続くんだ!」


「今のうちに仕留めるのじゃ!長引けば不利に───」


結果として後ろ足へと突き刺さった"宵"による一撃。

だがユエはこの時実際には敵の尾を狙っていた。最も厄介である、尾による攻撃を封じる為に。


(しまッ────)


薙ぎ払われた高速の尾は、未だ滞空していたユエを捉える。

咄嗟に身体の側面へと"宵"を構えたものの、如何ほどの障害にもならない。

ユエの右腕からはみしり、と嫌な音が鳴り、腕と同様に身体中から鳴り響く嫌な音がユエの耳へと伝わる。

その小さな体はまるでゴミでも払うかのように、遥か上空へと吹き飛ばされた。



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