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第52話 黒

遅くなって申し訳ありません。非常に難産でした。

もしかすると後日追記あるいは修正するかもしれませんが、その際は報告させていただきます。

周囲の掃除を終えた一行は少しの休息を挟んだ後、すぐさま歪園の攻略を開始していた。

内部へと入った途端、張り切り始めたのがイーナであった。


「はいはいはい!私偵察行ってくるよ!とぅ!」


明らかに通常とは異なった様子の歪園であることから、アルスは単独行動を控え集団で動くべきだと考えていた。だが偵察を提案してきたイーナに対しそう説明する暇すらなく、彼女は飛び出していってしまった。


「よいのか?」


一応、といった程度でユエはアルスに尋ねる。

今はユエ達を加え、臨時で一つの部隊(パーティ)として行動しているが、普段は違う。

彼らの部隊(パーティ)には彼らのやり方が有るだろうし、メンバーの事も熟知している筈だ。

余り口を出すべきではないのかもしれないし、忠告しておいたほうが良いのかもしれない。

集団行動と歪園探索の経験の浅さもあって、ユエには判断がつかなかったせいだ。


「良くはないね。でも情報が欲しいのも事実だ。どのみち行ってしまった以上は仕方ない、いつでも戦えるように各自準備だけはしておいて欲しい」


「もしヤバくなっても、アイツが逃げに徹すれば余程のことが無ぇ限り問題なく逃げられるだろ」


そんなユエの考えは杞憂なのだろうか。

イーナと同じ部隊(パーティ)であるアルスとアクラの態度はそれほど深刻な様子には見えなかった。

仲間に対する信頼だろうか。

そんな彼らの様子を見て、ユエは自分に足りない部分を垣間見たような気がしていた。

勿論ソルとエイルのことは信頼しているが、彼らの関係とは恐らくだが違う気がする。


自分にとってソルとエイルは家族だ。

だが彼らは、言ってしまえば他人同士の集まりに過ぎない。そんな彼らが互いに信頼し命を預け合っている。それが本職の探索士なのだと、思い知らされた気がした。


その後一行は慎重に進み、油断なく調査を進めてゆく。

アルスは周囲の樹々や石等を採取しては、削ってみたり割ってみたりと調査を進め、時折フーリアとお互いに意見の交換を行っていた。


「うーん。ここはつい最近発生したって話だけど、それにしたって渋過ぎない?」


「石材にしても、植生にしても、価値の高い物は特に見られませんね。それどころかほとんど変性が見られません」


「なんというか・・・()()()()だね。これだけの深度ならもっと良い物が見つかってもいい筈だ。それに外でさえアレだけの歪魔が集まっていたというのに、内部に入ってからはまだ一度も遭遇してない」


「不自然なほど静かですね。何か嫌な予感がします」


「これだけイレギュラーが続くとなると、もう何の予測も立たないね。出たとこ勝負になるかな?」


それから三十分ほど経っただろうか。アルスとフーリアが予測を立てては保留する、といったことを繰り返しながらゆっくりと進んでいると、先程飛び出していったイーナが戻ってきた。

ちなみにこの間、ユエ達は何かを調べるでもなくアクラの構えた盾を殴る等して遊んでいた。


「うぃ、戻ったよー」


一行の心配を他所にイーナはいつも通り、随分とリラックスした様子だった。


「おかえり。何か分かったかい?」


「んー・・・とりあえず周辺にはなーんにも無い。歪魔も居ないし、勿論獣も居なかったよ。めぼしい素材も無かったし、ここが歪園の中だとは思えないくらい」


「元凶らしき何かも?」


「ぜーんぜん。もっと奥、それこそ中心部まで行けば分かんないけど。少なくともこの周辺は歪園どころかただの森同然だよ」


「つまり?」


「何も分かんなかったって事!」


お手上げだとばかりに肩を竦めて見せるイーナ。

結局アルスとフーリアの調査では何も分からず、イーナの調査でも何も分からなかったということになる。通常の歪園であれば、入って少し調べれば何かしらの成果は得られるものだ。出現する歪魔の傾向であったり、木や石の変性具合を見れば実際の深度も分かる。場合によっては元凶の所在に見当をつけられることもある。だがこの歪園では何も分からなかった。ベテランかつ最上級の探索士が揃っていながら、だ。


「まるで情報が無いんだ。皆も何か気づいた事があればどんな小さな事でも構わない、是非教えて欲しい」


情報不足でアルス達が方針を決めあぐねていたところに、情報を齎したのはソルであった。

彼女はユエとエイル、アクラが遊んでいる間、その様子を微笑ましく見守りながらも周囲の異変に気を配っていた。無論探索士として経験の浅いソルには周囲の石や木の違いなどまるで分からなかったが、しかし彼女にしか気づけないことが一つあった。


「でしたら、実は少し前に気づいたことがあるのですが」


「本当かい?」


「くふふ、うちのソルを舐めるでないわ・・・やってやれぃ!」


「なんで急に姉様の態度がデカくなるんスか。姉様も今まで私達と遊んでたッスよね」


ソルの腰巾着と化したユエが、ツッコミを入れたエイルと揉め始める。

そんな二人を他所に、アルスとフーリア、イーナ達がソルの次の言葉を待っていた。アルスだけはチラチラと横目でユエを追っていたが。


「魔素の濃度が極端に薄いのです。それこそ王都の街中よりも、です。」


「・・・何だって?」


「・・・そんなまさか、ココ歪園内だよ?」


「姫様は魔素や魔力の流れを眼で見ることが出来ます。姫様が言うのなら間違いないかと」


ソルの言葉が信じられないといった様子でアルスとイーナは反応を見せる。

魔力を感じる事くらいならば、出来る者は多い。

なんとなく、といった程度であれば魔力を扱う者ならば誰しもが。優れた魔術師ならば更に敏感である。

だがソルはそういったレベルではない。魔力はおろか、魔素すらもその眼で捉える事ができる。

アルヴでは有名な話で、それを知っていたフーリアからフォローが入る。


「直截的に言えば、歪園へ入ってからつい先程まで、一切の魔素が視えませんでした。()()ではありません。皆無です」


「ゼロってこと!?・・・マジ?」


「にわかには信じられないけど・・・」


「歪園とは通常、魔素が充満している筈です。そして先程も申し上げた通り、ここまでの道のりでは一切の魔素が視えていませんでした。ですが漸く、ほんの少しだけですが魔素が視え始めました。そしてこの先へと向かって流れこむようにして、急激に濃度が上がっています。恐らくは歪園内の全ての魔素が、中心部で集まっているものと思われます」


「・・・それはつまり、元凶がそこにあるということかな」


「恐らくは。それが歪魔なのかどうかは分かりませんが、歪園内の魔素を全て集めているのであれば、非常に危険度の高い何かだと思います」


ソルの言葉に、アルスは神妙な顔で考え込んだ。

彼女の話が本当だとして、アルスはそんな例を聞いたことがなかった。

元凶とは、高濃度の魔素によって変質した獣や人が歪魔へと変じたものであったり、あるいは物質であることが殆どだ。故に、それを排除することで濃度を下げ歪園を解除することが出来る。


元々魔素濃度が高くなっていたところに人や獣が入り込み、深化することで歪園発生の引き金になることはある。いつぞやの狼人(ウェアウルフ)の時がそうであったように。


だが元凶とは、影響を()()()ものであって、影響を()()()ものではないのだ。周囲に充満する魔素によって影響を受け変質したものであり、それ以上でもそれ以下でもない筈だ。ましてや元凶が魔素を集めるなどといったことは聞いたことがない。

だが、ソルの言葉を真に受けるのならば。


「何者かが周囲の魔素を集めた結果、周辺の魔素濃度が急激に上がって歪園が発生した。そして今も集め続けている・・・という事になる、のか・・・?」


独り言のように考えを零したアルス。

つまり通常の歪園の起こりとは逆なのではないかという推測だった。

そんなアルスにフーリアが諭すように声をかける。


「少し飛躍しているかもしれません。可能性の一つとして頭に置いておく程度で良いと思います。とにかく、今分かっていることはこの先に元凶らしき何かがあって、そしてそれがとても危険だということです」


「・・・そうだね。分からない事を考えていても仕方ない。ここから先は油断せず進もう」


何か証拠があるわけではない以上、結局は保留にするしかなかった。

どのみちやるべきことは変わらないのだからと、気を引き締め直して一行は進みだす。


「その程度で防げるとでも思うたか!足元ががら空きじゃ!」


「痛ェ!おい卑怯だろ!盾だけじゃねぇのかよ!」


(すね)ッス!脛ッス!」


「おいふざけんな!同じ場所ばっか狙うな!陰湿すぎるだろ!!」


一部は未だに緩みっぱなしであったが。


そうして歩くこと一時間半ほど。歪園にしては小型であり然程広くもない為、目的地へは比較的早く到着したと言えるだろう。

進むにつれ徐々に濃度を増してゆく魔素に、さすがのユエ達も遊ぶ事無く気を引き締めていた。

その間も、やはり一度も歪魔と遭遇することはなく、順調に中心へと進む一行は歪園内の森を抜け開けた場所に出ようとしていた。そこは坂を下るように緩やかなすり鉢状となった場所で、今までの鬱蒼とした樹々が途切れ、草原とも言えるほどの広さがあった。


そんな歪園内でも一際広いと思われる場所に、()()は居た。


「・・・なんじゃアレ。歪魔じゃろうか?」


蜥蜴(とかげ)じゃないッスか?それにしてはデカすぎる気もするッスけど」


「真っ黒じゃのぅ。というか黒すぎんか?」


「本当に黒いね。目がおかしくなりそうだ」


ハッキリとは伺えないが、異様に尾の長いソレは随分と大きく見える気がする。

開けた場所にソレは居るというのに、ハッキリと大きさを図ることができない。

その理由は距離のせいも有るだろうが何よりもその色にあった。

ソレは異様に黒かったのだ。まるでポッカリと景色の中に黒い穴が開いているよう。


ユエが前世で暮らしていた地球には、極楽鳥と呼ばれる鳥が生息していた。

正式には風鳥(フウチョウ)というその鳥の一部には、可視光の99.95%を吸収してしまうほどの真っ黒い羽を持つものがいた。

また、地球ではベンタブラックという素材が開発されており、光を99.965%を吸収してしまうものだ。

どちらも余りの黒さから、人間の視覚では対象を正しく認識できない程だと言われている。


恐らくはそれと同じか、それ以上だろうと思われる"黒"のせいで、大きさが認識しきれないのだ。


「蜥蜴というよりは、(ドラゴン)の一種に見えます。竜にしては小型・・・のような気がしますが、ココからではやはりよくわかりませんねぇ」


博識であるフーリアでも、はっきりとは断定出来ないでいた。ソレから受ける印象はますます奇怪なものとなる。色もそうであるし、微動だにしないのもその不気味さに拍車をかけている。

そんな"黒"を凝視しつつソルが口を開く。


「やはりアレが魔素の流れの中心のようです。凄まじい量の魔素が流れ込んでいます。あの異様な黒も、恐らくは凝縮された魔素をその身に纏っているせいかと」


「ふむり。もしかすると、歪魔が更に深化するとああなるんじゃろうか」


「細けぇ事はともかく、アレが元凶で間違いねぇってことだな。よし、ボコって帰ろうぜ」


「脳筋。明らかに異常な敵じゃん。もうちょい観察するべき」


つべこべ言わずに殴ろうと提案するアクラと、諫めるイーナ。

今の状況はアクラの言葉ほど単純なものではないが、最終目標としては確かに彼の言う通りではある。

ユエやソル、エイルでは未知の敵との戦闘経験が不足しており判断が出来ず、結局判断はこの場のリーダーであるアルスに託された。彼は先程から、何か情報を得られないかと黒い元凶に対してずっと目を離さず注視し続けていた。


「・・・難しいな。一撃入れてから、と行きたいんだけど・・・」


だが流石のアルスも判断が出来ずにいた。

否、出来ないというよりは迷っていた。それは彼にしては珍しいことだった。

作戦はいくつか考えたものの、どれも違う気がする。

違和感、あるいは特級探索士としての勘と言ってもいい。嫌な予感というよりは、何かが噛み合っていないような、どこか前提が間違っているような気がする。


「情報が足りないな。仕方ない、相手が気づいていない今のうちに遠距離から魔術で様子を───」


そうして作戦を伝えようと、皆の方を振り返った時だった。今までずっと切らずにいた視線を、切ってしまった。時間にして0.01秒もない、ほんの一瞬。

次の瞬間アルスは己の失敗を悟った。

相手が微動だにしない事に安心したのか、それとも異様な黒さに意識が取られたのか。

相手はこちらに気づいていない前提で作戦を考えていたが、何を根拠にそう考えていたのか。


背後から猛烈な殺意を感じ取り、すぐさま剣を抜いて前を向くアルス。

見ればアクラとユエの近接組は目にも止まらぬ速さで既に走り始めていた。

常に敵と肉薄して戦う彼らは、気配や戦いの空気、所謂戦意や殺意というものに敏感だ。だからこそいち早く気づけたのだ。


だが後衛組は未だ硬直している。フーリアはもちろん、近接戦闘を多少なりとも行えるエイルとイーナですら、まだ動き出せていなかった。

唯一、自力の差だろうか、ソルだけが魔術の行使を始めていた。


「───ッッ!!」


情けないことに、出遅れた自分では間に合わないと判断したアルスは後衛の守りに入る。

敵の阻止はアクラとユエに任せるしかない。恐らくは防御用であろうソルの魔術の行使を妨害されない事が先決だった。



ちなみに現在はベンタブラックよりも黒い物質が発見されているそうです

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― 新着の感想 ―
[気になる点] そういえば今更だけど『歪魔』ってどう読むんですか? 『歪園』はルビでメイズと判明しているのですが『歪魔』の方は一度もルビを振られてなかった気がする。 [一言] カーボン、何気にいろんな…
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