第50話 魔術師二人
更新が遅くなってしまい申し訳ありません。あとがきで言い訳しますゥ・・・
「───などと供述しており動機は不明じゃ」
「あっはっは、田舎者だからって馬鹿にしてるんスかね?」
アルス達の言葉にユエとエイルが顔を見合わせた、数瞬後の発言である。
確かにユエ達は探索士としては新人も新人。そもそも本業ではないことも手伝って、探索士業については解らない事の方が多い。
だがそれでも常識くらいはある。
そして、歪園が移動するなどというのはその埒外である。そんなことは、探索士経験の長さに関わらず誰でも知っていることだった。
であるがゆえ、ユエとエイルは二人共肩を竦め、呆れた様子を見せたのだった。
「いや僕も信じられないけど、でも本当なんだ!信じて欲しい!」
ユエから婉曲に嘘つき呼ばわりされたアルスは必死だった。
二人が信じられないのも無理は無いのだが、事実を事実のままに伝えただけのアルスにとっては災難である。アルスはこんな下らない理由で好感度を下げるわけにはいかないのだ。
「僕たちが偵察に来たときは確か・・・そう、ここよりももっと南の方にあった筈なんだ」
「うむうむ、南にあったような気がするんじゃろう?気の所為じゃから安心せい」
「くっ、本当なのに・・・ジト目も可憐だなぁ」
「お前ら本当にやる気あんのか・・・?」
戦地を前にして繰り広げられる下らないやりとりに、呆れた様子のアクラが割って入る。
事実、この話はアクラやイーナ、フーリアの三人も認めているのだ。
だというのに、それでもまだ話を信じることのできないユエとエイルであったが、そんな話に裏付けを与えたのは意外にもソルであった。
「恐らくは事実です。魔素の残滓が南方より続いております。尾を引く様に、歪園へと繋がって伸びているのが見えます、お姉様」
もともとエルフは魔力に敏感な種族であり、魔力の流れを肌で感じることが出来ると言われている。それに加えてソルは魔素や魔力の流れを実際に眼で見る事ができるのだ。ソル曰く「夜空を流れる星々と同じです。魔素が動く時、その軌跡には暫くの間魔素が粒子となって残留します。私が見られるのはその残滓に過ぎません」とのことである。当然、常人には感じることすらできないものであり、ミムルにさえも理解できないものであった。これがアルヴにおいて、ソルこそが魔術の頂点に立つと言われている所以でもある。
「・・・エイルや」
「なんスか?」
「おぬしは人を信じる大切さを学ぶべきじゃぞ」
「汚ねぇッスよ!!」
そんな信頼する義妹の言葉に、すぐさま掌を返すばかりか責任の転嫁をも目論むユエ。
そしてその転嫁先はいつも通りエイルであった。
「ともあれじゃ。あの歪園がおぬしらの言うように移動していたとして、つまりどういう事になるんじゃ?攻略に問題あるじゃろうか?」
俄には信じ難いが、こうまで皆が一様に言うのであれば事実なのだろう。
歪園が移動しているという事実は理解した。理解はしたが、だとするとなんなのか、とユエは問う。
自分達はあの歪園を攻略するためここへ来ていて、そしてそれいま目と鼻の先と呼んで良いところまで来ている。移動していようとなんだろうと、結局の所やるべき事は変わらないと。
「ふふ、そうだね。ユエさんの言う通りだ。僕達の目的は何も変わらない。強いて言うなら、内部で何が起こるか分からない、ってことくらいかな?」
「それもいつも通りなんじゃろ?」
ユエらしいといえばユエらしい、シンプルな考え。
下手な考え休むに似たり、虎穴に入らずんば虎子を得ず。
目的がはっきりとしている以上分からないことをいつまでも考えていたところで何も進みはしない。
ともすれば罠に嵌ってあっさりと命を落としてしまいそうな考えにも思えるが、だがそれはこの場においては真理であったのかもしれない。
「だな、嬢ちゃんの言う通りだぜ。とりあえず一発かます。後は臨機応変に、だ。そのほうが俺たちらしい」
「そうだね。こんなときこそ自分達のペースでやるのが大事なのかもしれないな」
「結局いつも行き当たりばったりになるもんねー」
「そういうイーナだって、嫌いじゃないでしょ?」
「フーリアこそねー」
ユエの言葉に感化されたかのように、アルス達は戦意を漲らせてゆく。
彼ら程の熟練者であっても、歪園の探索が予定通りに進むことなど稀なのだ。イレギュラーは付き物で、土壇場では経験とその場の判断が物を言うのが歪園だ。これまでやって来た最高の仲間達と、今回は最高の助っ人まで居る。いつも通り、なんとかなるに違いない。
そんな彼らを他所に、焚き付けた当の本人は別の事を考えていた。
(よし、これで早々に神器とやらが見られそうじゃぞ。隙を見て破壊出来んじゃろうか・・・いや流石に不味いか・・・?)
「お姉様。考えが全て顔に出ていますよ。とても悪いお顔をなさっています」
「ぬぉ!そんなにあからさまじゃったか!?いかんいかん」
「人様の物を破壊しようなんて最低っス」
「ぐ・・・冗談に決まっておるじゃろう!」
自らの考えをあっさり見抜かれたユエは誤魔化すかのように前方へと視線を向ける。
今いるここ、少し離れた丘の上から見えるそこには、すでに歪園内、否、それ以上と言っていいほどの歪魔に溢れている。どこかの国の軍隊が展開しているかのようにすら見える程。通常、発生して領域が封鎖された歪園内部からは外に出て来ない筈の歪魔が、既にあれほどの数になっている。その点で見ても件の歪園が異常であることは火を見るより明らかだった。
「さて、それじゃあ作戦会議といこうか。まず馬車はここに置いて行こう。少し遠いけれどあれだけの歪魔に囲まれているとなると危険だからね」
「というわけじゃシロ。留守を頼むぞ」
ユエがそう言って大きな毛玉を叩くと、シロは腹を見せてゴロゴロと転がり始めた。
「幸い、雪猫が居ればそこらの獣は近づきすらしない筈だ。帰りの心配は要らないね」
よもや言葉が解るのだろうか、大きな毛玉はフスフスと鼻を鳴らしてやる気一杯といった様子であった。
なおシロの懐き具合は最上位がソルで、次いでユエであった。残念ながらエイルは小馬鹿にされている気配すらある。
「周囲の歪魔は、全滅とまでは言わないけれど出来るだけ減らしておきたい。歪園の攻略に成功しても、逃げていった歪魔が周囲の街や村に被害を及ぼすといけないからね。一番槍はもちろんアクラ、続いて僕とユエさんが。三人で前線を作って後衛の邪魔をさせないようにしつつ、前から削っていこう」
「おう、任せろ」
「うむり。委細承知した」
気合十分に拳を打ち鳴らすアクラと、大仰に頷いてみせるユエ。
チームワークは克服した筈だと自分に言い聞かせながら。
「フーリアとソルさんは後ろから魔術で敵を殲滅してもらいたい。出来るだけ奥から潰してくれると助かる。頼めるかい?」
「問題ないわ」
「承知しました」
簡潔な返事で答えた二人、アルヴ出身のエルフペアが後衛を務めることになった。
開けた場所での戦いは魔術師の独壇場である。すっかりフーリアのことを忘れていたソルではあるが、同じ種族、同じ国のエルフだ。
息を合わせることなど造作もないだろう。
「イーナとエイルさんで穴を埋めてもらいたい。僕らが討ち漏らした敵の処理と、後衛の二人の護衛をお願いするよ。臨機応変な繊細さが求められるけど、君たち二人なら問題ない筈だ」
「おーけおーけ。いつも通り任せてよ」
「いやぁ、そこまで言われたら仕方ないッスね!任せるッスよ」
何でも出来る彼女たち二人には何でも自由にさせるのが一番良い。
あれもこれも、痒い部分は全て任せてしまう算段だった。
大まかな隊列を決め終われば、後は出たとこ勝負である。
とはいえアルスは、この面子ならば何が起こったところで対処できると確信していた。
ここまで戦闘もなく順調に進んできたため、実際にユエ、ソル、エイルの戦っている姿を見たわけではない。それでも疑いなく言える。この臨時部隊は、現時点での世界最強部隊だと。
「初手はどうするんじゃ?」
「定石通り、魔術での攻撃から始めよう。着弾と同時にアクラが突っ込んで、僕らが続く形だね。フーリアの得意な魔術は知っているけれど、ソルさんは何か丁度良さそうな魔術はあるかい?」
アルスはソルへと問いかける。
道中にフーリアから聞かされていた彼女の実力。その一端でもここで見せてもらえればと、そんな考えであった。仲間の手札を知っておくことは作戦を練る上で欠かせない要素だ。敵同士ならいざしらず、味方である今はできれば彼女の火力を確認しておきたい。
「そうですね。どうやら期待されているご様子ですし、少し張り切ってやってみましょう」
「私も精一杯やってみます。姫様の魔術を実際に見るのは初めてだから、実はずっと楽しみにしていたんです」
「よし、じゃあ決まりだね。二人の魔術から始めよう。各自、準備ができたら教えてくれるかい?」
アルスは神器とは別の剣を抜き、アクラは大盾を準備運動をするかのように振り回す。
イーナとエイルは共に無手に見えるが、彼女達は様々な武器をいたるところに仕込んでいるのだろう。
一方ユエはソルの元へと向う。開けた平原、多数の敵。ならば武器はアレがベストだった。
「ソルや、"宵"を出してくれ。鞘ごと持ってゆく」
「畏まりました」
以前に騎士団と協力して歪園に入ったとき以来となるその刀は、相変わらず異様で、無骨で、美しかった。小さなユエが持てばその異様さは更に増し、準備を整えていたアルス達一行からも注目を集める。
「おいおいおいなんかヤベェの出てきたぞオイ」
「え、なにあれ?すっごい頭悪そうな武器出てきたんだけど」
「これはまた・・・こんなものまで作られていたのですね」
「ああもう、これから戦闘だっていうのに・・・鎮まれッ!心臓!」
アルスなどはまたしてもユエのギャップに魅せられてしまったのか、自らの胸を力強く拳で連打していた。
そんな様子を他所に、二人の姉妹は阿吽の呼吸で受け渡しを済ませてしまう。
「よし、ではわしも準備完了じゃな。・・・ソルや」
「はい、お姉様」
「遠慮はいらん、おぬしの力を見せてやるのじゃ!期待しておるからの!」
義妹を激励する義姉の言葉。
ソルにとってその言葉は言霊へと変わる。彼女にとってこれ以上ない、何よりの力となった。
ソルはその豊満な肢体をぶるりと震わせたかと思うと、整った顔の上に乗った鼻から一筋の朱。
「───ッ!!はいっ!お任せ下さいっ!」
「う、うむり」
(いかん、やりすぎたか・・・?)
ふと不安がユエの胸を過ったが時既に遅し。
気合十分、ソルの眼は爛々と輝き、彼女にしては珍しくその瞳には燃えるような熱を湛えていた。
周囲の皆を一度見回し、準備が出来ていることを確認したソルは、最後にユエと眼を合わせて頷いて見せる。授業参観にきた親の前で張り切って挙手をする子供、それを数十倍したかのような気合であった。
ソルは考える。
魔法ではなく、魔術における最善手。
効果範囲は広ければ広いほど良い。だが取りこぼしの無いように威力を保って。
詠唱時間は考慮しない。最高の前衛達に、信頼できる護衛がいる。
ソルが行使する魔術を選んでいる中、先んじて詠唱を始めたのはフーリアであった。
彼女の身体、その周囲には翠に輝く魔力の粒子が舞い踊る。
優しい風のような魔力は彼女に操られ、颶風となってフーリアの眼前へと集う。
それはいつしか形を為して彼女の命令を待っていた。細身で美しい、風によって編まれた長剣だった。
『宣告する。深き寂寞の夜でさえ、煌めく絢爛の色彩でさえも、我が刃は刹那を駆け抜け、穿ち割断せしめると。汝ら、夢寐にも灯る、裁きの閃きに恐怖せよ!───”報復の剣”ッッ!!』
フーリアの命を受けた剣は、嵐を纏って飛翔する。
音を超え、衝撃を残し、光輝く軌跡を残して歪魔の群れへと。
質量を伴った剣ではない。形こそ剣であったが、その正体は極度に圧縮された荒れ狂う風の化身。
報復の剣は瞬く間に歪魔達の間をすり抜け、その通り道には嵐の爪痕を残して敵を引き裂きながらもなお止まらない。だがこれはただの力の残滓に過ぎなかった。そうして敵陣深くの地面に突き刺さり、開放された風は周囲へと殺戮を撒き散らす。
フーリアの魔術を確認したユエ達もまた、動き出す。
「よし、僕らも行こう!遅れると巻き添えになるよ!」
「よっしゃあ!やあっと出番だぜ!」
「よいぞよいぞ!祭りじみてきおったわい!」
などと気合を入れた前衛の三人は、猪のように突進してゆく。
仲間の実力を信じているが故、彼らは迷いなく突き進むだけでよかった。
「お見事です・・・これは私も気合を入れ直さねばなりませんね」
ソルは、フーリアの風魔術に合わることに決めた。
火は駄目だ。風と合わせることで相乗効果が見込めるものの、効果時間が長いせいでユエ達の邪魔になってしまう。全てを殲滅仕切ってしまうのならばそれでもよかったが、生憎と魔術では到底不可能だ。
フーリアと同じ様に、ソルの周囲に魔力が煌めく。
ソルを象徴するような黄金の煌めきは、彼女の命に従って白銀へと変わる。
ソルが手を差し出せば、そこには小さな小さな、光の粒があった。
『白色の天蓋、心を覆い瞳を隠す。地平の揺り籠、空を奪いて耳を塞ぐ。光彩も、残響も、憧憬も、雪魄さえも失われた世界で私は辿る。嵐も、吹雪も、陽炎も、極夜も超えて。唯一羽、風に向かい続ける白鴉の夢───"終焉の始まり"』
詠唱を終えたソルが掌にある光の粒を優しく吹けば、ゆっくりと地面に落ちてゆく。
風に揺られることもなく、ただまっすぐに。
そうして光が地面に触れたと同時だった。
敵味方問わず、そこにいた者全ての視界を白銀が彩った。
このようにエルフの二人が同時に詠唱を始めたせいで、台詞だけに三日かかってしまいました・・・
私の所為ではないんです。許してください。
ここまでお読みいただきありがとうございました
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