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第49話 歪園へ

た、多忙ッ

アルス達とユエが探索士協会の支部長室で顔合わせを済ませ、床に大穴を空けた翌日。

本日の集合場所である王都の南門にはアルス達一行と、彼らの部隊(パーティ)が所有する馬車が停められていた。


まだ昼にもなっていないとはいえ門の外側であるために、そこには街へ入るための審査待ちをしている列が作られているのが見える。

街へと入る者達の通行の妨げにならぬよう、街道よりもすこしだけズラして彼らは集合していたのだが、アクラという巨漢がいるせいもあって彼らの馬車は大きい。すぐに周囲から注目を浴び、その度に挨拶に握手にと囲まれることになっていた。


集合時刻はもう間もなくであったが、ユエ達の姿はいまだ見えない。

それゆえいつまでもファン達や挨拶をしにくる探索士達の対応に延々付き合うこととなっているのだ。


そうして三十分ほど経ったころだろうか。

アルスがいまだ丁寧に対応しているが、他のメンバーは飽きてしまい思い思いの行動を取り始めた頃。

門のほうがにわかに騒がしくなった。

アルス達が、否、門の周囲に居た者達全員がそちらに目をやれば、そこには巨大で真っ白な毛玉に牽かれた馬車が、のっそりと街から門を抜けて出てくる姿があった。


「・・・まさかアレか?」


「・・・絶対あれだよねー」


「アレでしょうね・・・」


「驚いた、あれは雪猫かな?初めて見るなぁ」


アクラ、イーナ、フーリアの呆れたような反応とは裏腹に、アルスは何故か感心していた。

この場合は三人の反応の方が正常だろう。恋は盲目などと言うがまさしくその通り、アルスにとってはあの形容しがたい異常な光景よりも『流石、やることが大胆だ』などといった感想が勝ってしまうらしい。


アルスの言う雪猫とは、はるか北方のとある島にのみ生息するといわれる生物のことだ。

一説には精霊の一種だとも言われており、生息範囲が極端に狭く数も少ないことから非常に珍しい生物とされる。少なくともこのグラフィエル周辺には生息していない。

全身を覆う柔らかな毛皮が特徴で、その見た目の愛らしさから若い女性からの人気が凄まじく、王都においてもグッズなどが多く販売されている。


だがその愛らしい外見とは裏腹に、非常に戦闘能力が高い種族だと言われている。

基本的には温厚な性格だが、一度争いとなれば獣だろうと歪魔だろうと見境なく襲いかかるのだ。

ふわふわとした巨体にも関わらず俊敏に動き、普段は毛皮で隠れている鋭い爪を使って敵を倒す姿はまさに猫である。


そんな真っ白い大きな毛玉の、恐らくは頭部だろうと思しき部分に、ユエは胡座をかいて座っていた。奇異の目に晒されながらも門を抜け、周囲を見回し、そうしてようやくアルス達を発見した様子である。


「おぉ!すまんのぅ。遅くなってしもうた」


呑気に手を振りながら、のしのしとこちらへ向かってくる雪猫とそれに牽かれる馬車。

雪猫の大きさのせいで分かり辛かったが、よく見ると思いの外速度も出ている様子。

一夜開け、幾分か心の準備を済ませてきたアルスが元気よくユエの挨拶に応えた。


「こっ、こんにちはユエさん!・・・えっと、いい天気だね!そう、まさに旅日和だよ!」


すっかり浮かれているのか、照れたような、恥ずかしがるような様子のアルス。

だがやはりどこかぎこちないその挨拶は、仲間達からの辛辣な言葉の的となった。


「お前そろそろキョドんのやめろ・・・」


「ダサい」


「くっ・・・これが僕の精一杯なんだ!」


昨日に引き続き、そんな彼らのやり取りを見たユエは苦笑しながら雪猫の頭部からひょいと飛び降りてきた。後方の馬車からはソルとエイルが降りてくる姿が見える。

この二人に関してはアルスとアクラは遠目に見たのみで、イーナは初対面。面識があるのはフーリアだけであった。そんな雰囲気を感じ取ったのか、挨拶もそこそこにユエは早速二人の紹介を始める。


「相変わらず元気な連中じゃのう。とりあえず紹介じゃ。こっちが義妹のソルで、こっちが駄犬のエイル」


「ご紹介に預かりましたソルと申します。どうぞよろしくお願いします」


「駄犬!?ていうか紹介雑すぎないッスか!?もっとこう・・・あるッスよね!?」


ユエの雑な紹介をものともせず、丁寧に挨拶を行うソル。

ちなみにソルはこういった挨拶の際に、礼などを行って頭を下げるといったことはしない。

無論王族であるが故だが、一般人に扮して旅をしている今は変に思われても不思議ではないだろう。

だがその一挙一動から伝わる気品が、たとえ会釈程度であっても行わない、という事実から注意を逸らす。どんなときでも頭を下げない、ということに誰も気づけない。

それ故、精々が『良いところのお嬢様』といった印象となり、王族であるということがバレないのだ。

実際に、アルスとアクラ、イーナの三人は彼女が王族であるなどと想像だにしていなかった。


そして更に雑な紹介をされたエイルはといえば挨拶そっちのけでユエに抗議をしていた。


「おぬしのせいで遅れたんじゃから適当な紹介になるのも致し方なし、じゃろう?」


「私のせいじゃないッスよ!」


「おぬしが『御者くらい余裕ッス!私が何度馬車に乗ってトリグラフへ行ったと思ってるんスか!』などと言うから任せたというのに、蓋を開けてみればまるでダメダメだったんじゃからおぬしの責任じゃろう!出来ないことをさせる上司と、出来ないことを出来るという部下は無能じゃと、偉い人が言うておったぞ」


声真似をしながらエイルの言い訳を封殺するユエ。どこかで又聞きした有り難いお言葉付きである。

だがしかし、エイルとしても言い分はあるらしい。どうにか責任から逃れる為、必死に反論してみせる。


「似てるッスね・・・いやそうじゃなくて!私だってこんなことになるとは思ってなかったッスよ!馬なら自信あったんスよ!・・・何スかコレ!?見たこと無い謎の生き物の操作なんて出来ないッスよ!」


「コレとは何ですか。可愛らしい毛玉ではないですか。お姉様には遠く及びませんが」


「そういう問題じゃないんスよ!!」


そうしてやいのやいのと言い争いを始めたユエ達三人。

そしてそれを見つめるアルス達一行もまた思い思いの感想を述べていた。


「どでかい毛玉に牽かれてどえらい美人とメイドが出てきたぞ。・・・これから戦闘だったよな?」


「なんというか、ユニークな妹さんだね」


「・・・あのレベルの美人を見てその感想はズレてる」


「姫様、一層お美しくなられましたね・・・」


これから力を合わせて歪園を攻略するというのに、それぞれが好き放題話しているだけの混沌と化していた。結局それから一行が落ち着いたのは十分後であった。

ともあれ話は道中で行えばよい、まずは出発するべき、ということとなりようやく一行は進みだした。

それを受け、いそいそと御者台へと登ったエイルであったが、手綱を引いても雪猫はまるで動かなかった。


「なんでッスか!動くッスよ!」


エイルが奮闘するも、うんともすんとも言わずその場に鎮座する雪猫。


「シロ、進みますよ」


しかしソルが雪猫に対して横から声をかけた途端、シロと呼ばれた雪猫はいそいそと動き始めた。

進む道も方向もしっかりと理解しているらしく、何も言わずとも隣の馬車と速度をあわせる始末。

もちろんそんな雪猫の姿を目の当たりにしたエイルからは抗議の声が上がる。


「死ぬほど賢いじゃないッスか!!これもう手綱いらなくないッスか!?ていうか私ここに座る意味ないッスよね!?」


「雰囲気です」


「もう部屋に戻らせてもらうッス!」


出発早々、雪猫にあしらわれたエイルはそう捨て台詞を残して馬車の中へと退散していった。

ソルの空間魔術による馬車への施工は恙無く終わっていた。非常に難度の高い細工であったはずだが、そこは流石というべきか、事前にソルが言っていた通りの出来に仕上がっていた。

誇らしげにユエへと成功を伝えたソルの言葉を借りるなら『やりすぎてしまいました』である。


ノルンの馬車は部屋を拡張し、数倍の広さの空間を作る程度であった。

無論それだけでも凄まじい技量が必要になるのだが、彼女はその程度では満足できなかったらしい。

結果、馬車の中に大きめの家が丸々入るほどの空間が作られることとなっていた。

馬車の中には、ユエ、ソル、エイルの三人分の部屋があり、すっかり移動式の家屋と呼んで差し支えないような代物になっている。なお一番苦労したのはたった半日で材料を調達し、部屋を作ってみせたエイルである。巫山戯てはいてもやはり、彼女もまた有能である。


一方では真っ先にアルスがユエへと質問を始めていた。流石に落ち着きを取り戻しすっかりいつものアルスに戻ったと言って良い。こうなるまでに二日を要した時点で情けなさは拭えないものとなっていたが。


「色々聞きたいことはあるんだけど・・・あの雪猫はどうしたんだい?」


「話すと長いんじゃがな・・・あれは昨日、おぬしらと別れてからのことじゃった。馬車の受け取りと馬選びへと向かったソル達と合流するべく、わしが宿に戻った時の話じゃ。宿の厩舎にあのどでかい毛玉がおったんじゃ・・・以上じゃ」


「・・・短いね?要約するとつまり、ユエさんもよく分からないということかい?」


「そうとも言うのう。あの二人が連れて帰って来たんじゃが、わしは馬車が牽けるなら何でもよかったからのぅ。そういうわけで詳しく聞いとらんのじゃ」


「そ、そっか・・・」


ユエには他意などなく、ただありのままを答えただけであったが、結果会話は一瞬で途絶えてしまう。

それきり話題がなくなってしまい項垂れるアルス。おやつを食べながらそれを眺めるアクラとイーナは、自分達のリーダーの情けなさに悪態をついている。なお、やはりソルから忘れられていたフーリアもどうやら今回は観戦に回る様子だった。


「あっとアルス選手、会話の在庫が無くなった様子だ!ここまでどう見ますかアクラさん?」


「ヘタレすぎんだろ・・・あとエルフの嬢ちゃんの眼が怖すぎる。アルスを射殺さんばかりだ」


「姫様のシスコンぶりはアルヴでは有名でしたからね。冗談抜きに殺される可能性があります」


「いや怖えって・・・」


これから危険な場所へと赴くというのにまるで緊張感のない一行。

その余裕ともとれる雰囲気は歴戦の探索士部隊(パーティ)の経験からくるものか、それともユエたちの普段の空気が伝染したのか。

だが少なくとも、誰も悲壮な顔などしていなかった。


こうして始まった旅は、道中戦闘もなく、数日かけて順調に目的地へと進んでいった。

そうして目的地である歪園が近づいたころ、すっかり旅行気分だった一行は、一変して異変を肌で感じ取っていた。


「あれが目的地じゃろうか。言っとった通り、随分と歪魔が溢れておるのう」


「ああ、あれで間違いない。けど・・・」


「む、なんじゃ。歯切れが悪いのう」


歪園の近場であり、立ち入りが封鎖された丘の上、目標の歪園を遠くに眺めながらアルスが呟く。


「・・・皆、どう思う?僕の気の所為だろうか?」


「多分・・・いや間違いねぇ」


「私も同意。これは気の所為じゃないよ」


「同じく。明らかに以前とは違います」


アルスの問いにアクラ、イーナ、フーリアが応える。

神妙な様子で話す彼らの態度から、以前に一度偵察に来ている彼らにしか分からない異変があるのだろうかと、ユエは訝しげに問うてみた。


「なんじゃなんじゃ。もったいぶらずに早う言わんか」


「ああ、すまない・・・つまり」



───歪園が移動している。



アルスから齎された答えは、正しく異常であった。



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