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第46話 とある探索士の話

一話で終わらせたかったので普段と比べてアホほど長くなってしまいました。

少しずつ読んでもらえると幸いです。

夜の帳が下り、すっかりと家々や街路の明かりが周囲を照らす時間となってしまっていた。

既に街の門は閉ざされていたが、先触れとして領主へと連絡をしていたおかげか、門兵にまでしっかりと連絡が行き届いていたのだろう。少しの身分確認を済ませればあっさりと街へ入ることができた。


本来であれば閉門後に街へ入ることはできないが、こういった場合には自分の知名度は役に立つ。

だがルールを曲げていることに変わりはなく、仕方がないとはいえ職権乱用のようで気が引けるし、ただ申し訳なさが募るばかりだ。


「ふぅ、随分と遅くなってしまったな」


ともあれ、無事にトリグラフへと辿り着くことができた。

今回は大恩あるトリグラフ伯からの依頼で歪園産のとある物を渡しに来たのだが、しかし流石にこんな時間に訪問するわけにはいかない。今日のところは訪問の約束を取り付けるのみにしておくべきだ。

あの温厚篤実な辺境伯のことだ、自分達がやってきたと知らせを受ければ、きっと最優先で朝一番に会うと言い出すだろう。


それほどに信頼してもらえている事はもちろん嬉しいが、閣下も忙しい身であるはずなのだ。自分達のような一介の探索士のことなど後回しにして然るべきだろうに、自分たちはその信頼に応えられているだろうか?そうであれば良いのだが。


「さて、僕はとりあえず領主館へ行ってくるよ。アポを取っておかないとね。皆はどうする?」


部隊(パーティ)の仲間へと声をかければ、いつもと変わらない返事が返ってくる。

皆がどうするかなんて、本当は聞かなくても解っている。もはやこれはただの様式美となって久しい。


「じゃ、ウチが宿を押さえてくる。いつものところでいいよね?んじゃね」


いつも率先して宿を確保してくれるのはイーナだ。兎獣人の彼女はその飄々とした態度とは裏腹に、いつも部隊(パーティ)のために面倒なことを引き受けてくれる。戦闘でも細かいところに気を配り、臨機応変に部隊の穴を埋めてくれる、頼りになる遊撃担当だ。


「オレはいつも通り、適当なところで飲んでくるぜ。そう遅くならないうちに戻る」


そう言って後ろ手に手を振りながら、既に西通りへと向かって歩き初めているのはアクラ。

彼は鬼人族であり、その種族的特徴の例に漏れず屈強な肉体の持ち主だ。大盾を防御はもちろん、振り回すことで攻撃にも使い部隊(パーティ)の盾役を担ってくれている。荒っぽい言葉遣いからは想像できないが仲間思いの優しい男だ。それを本人に言うと怒って否定するのだが。


「ではアルスさんには、特に用事のない私が付き添いましょう」


エルフ族のフーリアは自分に付いてきてくれるらしい。戦闘では魔術での支援と攻撃を担当する。

自分で言うのも恥ずかしいけれど、部隊のリーダーである自分はそれなりに役割が多い。そんな自分を補佐してくれている、実質的な副リーダーと言えるのが彼女だ。その都合で部隊内のメンバーの中でも共に居る事が多くよく邪推されるのだが、互いに恋愛感情のようなものは全く無いということは先に言っておく。というよりも自分は未だ、誰かに対して恋愛的な好意を抱いたことがなかった。


各々が解散したのを見届け、フーリアを伴って領主館へと向かい門兵へと話を付ける。

自分たちの滞在する宿屋を伝え数分も門前で待てば、あちらから連絡を寄こすといった内容の言伝を携えた執事が門兵に代わりやって来た。


その後はフーリアとそこらの適当な店で夕食を摂って、イーナが手配してくれているであろう宿へと向かう。自分たちがトリグラフへ滞在する時はいつも同じ宿だ。この街にある宿の中でもとびきり高級な宿というわけではなく、さりとて粗悪な安宿というわけでもない平均的な宿。


自分たちがまだ駆け出しから少し踏み出せた程度の探索士だったころから世話になっている馴染みの宿。いかに高級ではないとはいえ、当時の自分達にとってはそれなりに痛い出費であった。だが満場一致で『上を目指す心を忘れないためにも、宿くらいは贅沢するべき』などという考えで、無理をして利用し続けていた。宿泊費を渋って安宿に泊まれば疲れも満足に取れない事を考えれば、あながち間違ってはいなかったのかもしれない。その指針が功を奏したのか、今ではこうして不自由のない稼ぎを得られている。


当然店主も顔なじみで、いつでも自分達の泊まる部屋は開けてくれているそうだ。

その心遣いが嬉しく、良く知る宿であるために気を張る必要もないため、特級探索士となった今でもトリグラフに滞在する際はいつも利用させてもらっていた。


イーナは宿を手配した後でどこかに出掛けたのだろう。自分とフーリアが宿へと着いた時にはその姿は無かった。アクラもまだ外で飲み歩いているらしい。二人とも放っておけばそのうち宿へと戻ってくると分かっている以上、今日はもう特にすることも無くなったわけだ。部屋の前でフーリアと分かれ、各々今日は早めに就寝することにした。自分とフーリアには何もないという事はこれで分かってもらえる筈だ。


明朝、目を覚ませば隣にはいつの間にか戻っていたアクラが隣のベッドでいびきをかいている。

蹴り飛ばされた布団をかけ直し、顔を洗って一階の食堂へと向かえば、そこには既に起床していたイーナとフーリアが朝食を取りながら談笑している姿が見えた。


「おはよう、二人とも。イーナ、いつも宿の手配ありがとう」


いつも一緒にいる仲間だからといって感謝を当たり前のように感じ、蔑ろにはしたくなかった。だから感謝の気持ちは声に出して伝えるようにしている。少し恥ずかしいし自己満足かもしれないけれど、それでも自分にとっては譲れない大事な信条、ポリシーのようなものだった。


「おはよ。いいっていいって、好きでやってんだからさ」


「おはようございます。さきほど領主館から使いが来ていました。曰く、本日であればいつでも、らしいですよ」


いつものようにイーナは雑な挨拶とともにひらひらと手を振って応える。

フーリアが言うには既に連絡が来ているとのこと。ふと時計を見てみればなるほど、既に朝と呼ぶには少し遅い時間であった。それほど疲れていた訳ではなかった筈だが思いの外深く眠ってしまっていたらしい。


「そっか、ありがとう。それじゃあ朝食を摂ったら向かおうかな」


そう決めて三人で朝食を摂り、周囲の宿泊客達からせがまれ握手や会話などをしてしばらく、アクラがようやく起床して食堂へと姿を見せた。降りてきたばかりで眠そうなアクラにも注目が集まり、彼もまたせがまれるままに握手をしている。ともすれば恐怖を与えそうな大きな図体とは裏腹に彼も人気があった。起き抜けだというのに、そのアクラの丁寧な対応を見ていれば人気な理由は一目瞭然だった。


アクラを加えて朝食の時間を過ごした後は、先程決めた通りに領主の元へと向かう予定だ。

ここでも一応各々の本日の予定を聞いておくことにする。大まかにでも行き先を知っているのといないのとでは不足の自体への対応速度に差が出るからだ。

イーナとフーリアは二人で消耗品や装備の買い出しに行くらしく、やはりいつもどおりであった。

意外だったのはアクラで、自分に着いて領主館へと向かうと言い出したのだ。普段であれば大盾の整備や外での鍛錬に時間を費やすところなのだが。


「なんだ、そんなに意外か?そりゃオレもたまには挨拶しねぇとな、とか思うことだってある」


バツの悪そうに頭をかきながらそう言う彼もまた、自分達と同様に駆け出しのころから何かと目をかけて貰ったトリグラフ辺境伯に恩を感じているのだろう。こういうところで律儀な男であった。


ちなみにイーナやフーリアは、トリグラフへ赴いた際には基本的にいつも挨拶に行っている。今回は消耗品の補充が激しかった為にそちらを優先することにしたというだけである。

忙しい閣下のことを考えれば、毎度毎度挨拶に行くのも彼の時間をとってしまうので控えたという部分もあるだろう。なにしろ彼は自分達が尋ねれば基本的に会うのを断らないのだから。


そうしてアクラを伴って領主館へ向かい、門兵へと話をつければあっさりと領主の部屋へと案内される。

客室などではなく、領主の執務室だ。このことからも自分達が有り難くも過分な評価を頂いていることが分かる。


「おお、よく来てくれたアルス!待っていたぞ!アクラも久しいな!数ヶ月ぶりか?」


「閣下もお元気そうで何よりです」


「あー、いや、すんません。ご無沙汰して」


「構わん構わん、顔を見なくともお主らの活躍はしっかりとここまで届いておる!それを聞く度にまるで父親のような気分になってなぁ。いや息子はちゃんといるんだがそうではなく・・・わかるだろう?」


挨拶もそこそこに、自分達の顔を見れたことを喜んでくれる閣下。

彼の言葉の通り、その興奮ぶりはまさに久しぶりに家族の顔を見たようで、自分もアクラも嬉しい反面照れくささもあった。


「それで、今日はなんだったか・・・ああ、クソ。興奮して忘れてしまったぞ・・・そう、頼んでいた例の物が手に入ったとか!」


"クソ"などという貴族にあるまじき下品な言葉遣いをそばに居た補佐官にジロリと視線で咎められていた。貴族らしくないといえば確かにそうだが、彼らしいといえば彼らしい、少なくとも自分達にとっては好ましい部分だった。


「はい、本日は頼まれていた"魔晶"を届けに参りました。お納め下さい」


「別段急ぎの依頼ではなかったのだが・・・また無理をしたのではないか?」


「いえ、中層で運良く手に入っただけです。ご安心ください」


こうして今回トリグラフを訪問した目的であった魔晶の受け渡しを済ませた後、しばし会話をしていたところで辺境伯が思い出したかのように別件を切り出した。否、思い出したかのようにというよりも実際に忘れていたらしい。


「そういえば探索士協会から、アルスへと通達があるゆえ協会まで足を運んでほしい、お前が来たら伝えておいてくれ、と言われていたのを忘れていたな」


再会を喜んでくれるのは嬉しいが、そういう事は出来れば早く教えて貰いたかった。

内容については心当たりが無いが、わざわざ辺境伯を通じて呼び出すのだからそれなりに火急の用だろう。名残惜しいが早々に向かったほうが良いだろう。


「承知しました。もしも非常事態であれば困った事になりかねません、早速僕たちは協会へ向かおうかと思います」


「むむ、今すぐ行くのか?」


「はい。そう寂しそうな顔をしないで下さい、またお邪魔させて頂きますから」


そのまま別れの挨拶を済ませ、大量の土産を手に持ちながらアクラと二人、領主館を出ようとしたところ。階段を下りようとして、何気なく街の広場の奥へと視線を向けた時だった。


そこに、彼女は居た。

傍らに黄金を引き連れ、長い髪を風に靡かせて、まるで踊っているかのように街を歩く白銀。


────女神。


心臓が跳ね上がったのを自分で感じた。息が詰まり、声が出なかった。視線も動かせない。脚が硬直して歩くことすら出来ない。

初めての経験だった。

先のように身分の高い相手との会話でも、歪園で強敵と戦ったときだって、絶体絶命の窮地に立ったときでさえ、こんな風になったことは今まで一度もなかった。

鼓動がうるさい。どうにか胸を手で抑えるも、鼓動は鳴り止まない。

なんだコレは。なにかの状態異常だろうか。こんな街中で?否、そんな気配は感じなかった。


「───アルス?・・・どうした!!オイッ!!」


隣でアクラが何かを言っていたが、まるで頭に入ってこない。

声は聞こえている。だが頭が理解してくれない。

自分の脳はアクラの言葉よりも、少しでも長くあの輝きを眼に焼き付けることを選んでいる。


「ぐッ・・・」


片膝をつきそうになるも、どうにか倒れないように堪えた。漸く口から出たのは意味を為さない呻き。

そんな間にも彼女は遠くへと離れて行ってしまう。

歯を食いしばり、けたたましく鳴り響く鼓動を無視し、脚に力を込める。こんなにも必死になったのは何時ぶりだろうか。とにかく追わなければ、せめて名前だけでも聞かなければ絶対に後悔すると、自分でも何故だか分からぬままに確信していた。


否、理由などとうに解っていた。


グローア侯爵家の三男として生まれた自分は、幼い頃からその役割を認識していた。

といっても貴族家の三男など、大抵の家が似たようなものだ。

家を継ぐのはもちろん長男で、次男はその次点かつ長男の補助を期待されていて。家に何事も無ければ三男である自分など、成人したのちに家を出て独立するか、あるいはどこかの貴族家へと婿入り出来れば家としては万々歳といったところだろう。


幸いにも、というべきだろうか。

長男次男ともに何事もなく成人し、予定通りに家を継いだ。歳の離れた長兄が家督を継いだ頃には自分はまだまだ幼いと言っても過言ではなかった。

そんな幼い自分は、真っ当に敷かれた道を歩くことを拒んだ。反抗心があっただとか、家に確執があるだとか、そういうことではない。家族は優しかったし、兄たちに蔑ろにされたわけでもない。両親も自分を愛してくれていたし、不自由なんて何もなかった。


自分は幼い頃より漠然と、言われるがままに貴族としての教育を受け、武芸を学んできた。

だがある日、鏡に映る死んだ魚のような目をした自分に気づいた。街を歩く人々とは違い、何にも興味の無さそうな暗く濁った瞳だった。

その時にふと思ったのだ。このままで良いのだろうか。無気力に言われるがまま生きるだけなど、ただ死んでいないだけではないか。人生を歩んでいるなどとは言えないのではないか、と。

街の人々を見てみれば、たとえ貧しい者であろうとも皆いきいきと生活しているではないか。

だから、せめてこの先自分の歩む道くらいは自分で選んでみようと思った。どう転ぶかなど分からないが、自分は自分の人生を歩んだのだと胸を張って言えるように。そうして進んだ道の先で、何かを為すことが出来たなら言う事なし。


今にして思えば随分と甘ちょろい考えだったが、どうにかこれまでやってこれた。

"渾天九星(ノーナ)"と呼ばれ、特級探索士となることも出来た。出来過ぎた話だと我ながら思う。


だがこの道を選んでから、来る日も来る日も休むことなく鍛錬と探索を続けたせいか、ある弊害があった。

それが所謂、恋愛音痴だった。

どうやら自分は容姿に恵まれていたようで、こうして特級探索士となる前から声をかけられる事が多かった。だが当時の自分は、上を目指して鍛錬や勉強にのめり込んでいた為に、恋愛に興味を持てなかったのだ。否、その余裕が無かったのだ。何かを為すためにはどうしても犠牲が必要で、当時はそれが色恋だったのだろう。


今となっては多少の後悔はある。

有り難いことに自分は人気があるようで、特級探索士なった昨今は女性に囲まれたりすることも増えた。

もちろんそれ自体は気恥ずかしさを除けば素直に嬉しいものだったが、それ以上にどうしていいのか分からないのだ。会話は問題なく出来るのに、向けられた好意に対してどうすれば良いのかが分からない。当然自分から恋愛感情を抱くようなことも無かった。


仲間のイーナやフーリアにはよく『枯れている』などと言われるがそんなことはない。自分とて、出来るものならば恋人が欲しいと思ってはいる。

そうアクラに相談してみれば『選び放題だろ、ふざけんなぶっ殺すぞ』などと言われた。ふざけてなどいないと声を大にして言いたい。

そうこうしているうちに今に至り、仲間達からは『ヘタレ』などと呼ばれることもままあった。自分としてはお前たちこそどうなんだと問いただしたい気持ちもあるのだが。


ともあれ、今この胸に去来する苦しみや切なさはつまりそういうことなのだろう。


(・・・二十五にして初めての恋愛が、まさか一目惚れとは)


仲間に知られれば、またからかわれるだろうか。

だが今は彼女を追うのが先だ。震える脚に力を込め、喉から声を絞り出す。


「・・・アクラ、すまないが手を貸して欲しい。あそこに見える二人組、分かるかい?」


「あ?何いってんだ、フラフラだぞお前。大丈夫かよ」


「大丈夫・・・とにかく一大事なんだ」


「おぉ?なんか珍しく偉い必死に・・・あー・・・?ああ、あの金髪のどえらい美人と、銀髪のどえらいちびっ子か?」


「───!!そう、その二人。彼女たちと話がしたい。肩を貸してくれ」


「お前の不調となんか関係あんのか?もう結構離れちまったな・・・よし、捕まれ。急ぐぞ」


そう、こうしている間にも彼女は去ってしまおうとしている。

こんな時、細かい事情は捨て置いて従ってくれるアクラが心強かった。アクラに肩を借り、急ぎ階段を駆け下りる。

だがそんな自分達を待っていたのは、領主を訪ねていることを何処からか聞きつけたのだろう観衆達だった。男性も居ないではないが、やはり女性が多い。


「出てきたわよ!・・・待って!今目が合ったわ!!もう私死ねるわ!」


「アルスさーん!こっち向いて!」


「アクラさん渋いッス!握手して下さい!」


普段は出来るだけ応対するところだが、今は時間が惜しい。

だがこう囲まれてしまっては突っ切ることなど出来ない。当然、こんな街の往来で彼らを飛び越えて行くことなども出来はしない。探索士が本気を出せば一般市民に怪我を負わせてしまう恐れがあるからだ。聞くところによれば、粗暴な探索士による暴行事件が起きたこともあるらしいけれど、少なくとも自分にはそんな振る舞いは出来ない。だがこうしている間にも彼女は見えなくなってしまいそうだった。


「くっ・・・すまない。今は時間がないんだ。道を開けてくれないか」


「悪ィ!あとにしてくれ!」


逸る気持ちを押さえどうにか頼み込んでみるも、自分達の声は歓声に紛れもはや誰にも届かなかった。

アクラが声を張ってくれるが、やはりこれだけの数の人があげる声量の前には無力であった。


「あっ・・・待ってくれ!そこの二人、頼む!待ってくれないか!!」


無駄だと解っていながらも必死に声をかけてみるが、果たしてこの声が届くことはなかった。

こうして結局彼女を見失ってしまった。失意のどん底に落とされたような、そんな気分だった。

そんな自分を見て、アクラが申し訳なさそうに声をかけてくれた。


「悪ィ、力及ばずだった」


「・・・・・いや、アクラは良くやってくれたよ。ありがとう」


「それで結局何だったんだ?知り合いか?」


知り合い?違う。あんなにも心奪われたのは生まれて初めてだ。こんな感情は一度だって無かった。

あれはそう、例えるなら自分にとっての──────


「──────女神が、居たんだ」


「・・・あ?」


「あぁ、くそ。自分の経験不足が悔やまれるよ。どうしていいのか分からないんだ」


「・・・お前、もしかして」


「アクラ、初めてだよ。初めて自分から、僕は誰かを好きになった。情けないけれど、言い訳の仕様もない程の一目惚れだ。・・・笑うかい?」


そうアクラへと問いかけて、恐る恐る彼のほうを見上げてみると、アクラは目を丸くしてこちらを見ていた。驚いたような、呆けたような。意外な物を見るようなそんな目でこちらを見ていた。

その直後にアクラは大笑いした。先程まで頼りになると思っていたのに、今では殴りたい気持ちが押さえられなかった。とりあえず一発殴っておいた。


彼女を見失ったショックで、昼食は喉を通らなかった。

その後の事はあまりよく覚えていない。とはいえ、探索士協会へ向かって依頼を受けたことくらいはもちろん覚えている。あの女神を見失ったからといって聞き流して良いような話ではなかったからだ。

だがどんな受け答えをしたかはひどく朧気だった。失礼な態度を取っていなければ良いのだけれど。


そうして次の日には王都へと引き返すこととなった。

道中ではアクラからイーナとフーリアに話をバラされ三人に散々と揶揄われたものだ。やれヘタレにようやく春が来ただのと言われたが、そもそも見失ってしまったのだ。春も何もあったものではなかった。


王都の協会で詳しい話を聞いた後、事前調査として自分達の眼で件の歪園を確認しに行った。

そのころには流石に、どうにか気を持ち直していたと思いたい。無論、未だに胸の内を空虚が支配していたのは間違いなかったが、それでも自分の仕事に支障を来すようなことは出来ない。自分達の仕事は何時でも死と隣合わせだ、油断など出来るはずもないし、そんな()()な鍛え方はしていない自負がある。


その歪園は、遠目に見ただけで分かるほどに異常だった。

協会の調査では仮想深度8という話だったが、どうみてもそれ以上だろう。周囲にまで歪魔が現れていて、不用意に近づくことさえ出来ない。迷宮の下層と遜色のない深度9、あるいは下手をすれば10に届くかもしれない。誰かが攻略しなければならない以上、少なくとも力のある自分達が挑むべきだ。自分の力はこんな時のために磨いてきたのだから。そう伝えてみたところ仲間達からも異論は無かった。本当に頼りになる、良い仲間に恵まれたと思う。


とはいえ万全を期すべきだろう。責任は重いが、自分達が失敗したらそれこそ万事休すとなる。

偵察を終えて王都へと帰還した自分達は、その足で協会へと向かい報告を行った。

そして自分達だけでは手が足りないこと、少人数で構わないので深度の高い探索士を探して欲しいことを伝える。深度が最悪10に届くような歪園に挑める探索士は少なく、そう簡単に見つかる筈もないことは承知していたけれど、自分達は失敗するわけにはいかないのだから慎重にもなるというものだ。


そうして待つこと一週間ほど。

いつ挑む事になっても大丈夫なよう、装備の点検や消耗品の補充を済ませながら待ち続けていたその日。

夜になって支部長のキィさんから、『頼まれていた探索士が見つかった』との連絡が、自分達の泊まっていた宿へと届いた。最低でも深度7、出来れば8を手配して欲しいなどと無理を言った手前、もう少しかかるかと思っていた。最悪、協会本部から派遣してもらうことも考えていただけに、この連絡は想像よりも随分と早いくらいだった。

急な話であったが早速翌日に顔合わせをするということで話がついたらしく、仲間たちにも予定を伝える。どうやら珍しいことに全員参加するらしい。


そして明朝、朝食を採った後、少し早いけれど全員で協会へと向かうことにした。

協会の扉を潜れば活気に満ちた空間が広がっていて、何人もの同胞達から挨拶される。

等級は高くなったけれど、自分達はまだまだ若輩だ。先輩探索士の方達からも挨拶されるのは少し気恥ずかしい。前々からもっと後輩らしく扱って欲しいと頼んではいるが、なかなか受け入れてはもらえなかった。


受付嬢へと話を通せば、すぐに支部長室へと案内される。

少し早く来すぎただろうか、今はまだ昼前であり執務机へと座るキィさんはガリガリと書類仕事に追われていた。そんな彼が、凄まじい速度で書類と格闘しながらもこちらへと声をかけてきた。


「おや、随分と早いね。楽しみで仕方なかったというところだろうか。ともあれ、座ってくれ」


「こんにちはキィさん。はは、恥ずかしながらその通りです。正直もっと時間がかかると思っていましたから」


「確かに、期限的にもそろそろ限界かと思いヴィリーとリスニに頼んでみて、残りは本部へと応援を頼もうかと思っていたところだよ。更に時間がかかるため最終手段ではあったが」


ヴィリーとリスニは自分達も良く知る探索士だ。共に探索を行った事はまだ無いけれど、腕利きだと聞いているし、恐らくあの二人が選ばれるだろうと内心思っていた。


「あの二人ならオレも良く知ってるぜ。だが今回に限って言えば・・・少し不安が残るってのが正直なところだ」


「そう?ウチはあの二人でも大丈夫だと思ったけど?ああ見えて案外器用な二人だから、連携もすぐに取れるっしょ」


彼らを良く知るアクラとイーナだが、その反応は正反対だった。

だが二人の言うことはどちらも間違っては居ない。すぐに連携を取れるというのは明確な強みだ。部隊単位での戦闘では連携が何よりも重要で、連携が取れるというだけで少しの実力差など覆してしまう。

一方で、役割的に少し物足りないかもしれないというのもまた事実だ。

ヴィリーは優秀な近接攻撃役で、リスニの魔術も見事なものだけれど、逆を言えばもしも攻撃が通用しなければ、それ以外の役割を持てない分で不利になってしまう。今回の歪園で言えば深度的にギリギリだというのがその不安要素を強めてしまっている。


「私はそのお二人のことはあまり詳しくないのですが、深度が7であれば十分通用するのでは?」


自分達の部隊では加入年数が一番浅いフーリアの疑問も最もだ。

かくいう自分も、彼らならば今回の任に堪えうると思っていた。

ちなみにアクラ、イーナ、フーリアは三人共に深度9であり、これだけの戦力が集まった部隊はそうはない。そもそも深度9の探索士など20人にも満たない数しか居ないのだから当然といえば当然なのだけれど。


「まぁ、そんな君たちの心配は要らなくなったというわけだ」


そう言ったキィさんが、不敵に笑ったように見えたのは気の所為だろうか。

どうやら見つかった人材に余程自信があるらしい。だが何度も言うように深度7のヴィリーとリスニ以上の探索士などそうそう簡単に見つかるわけもない。そうなればその自信は翻り、多大な期待となる。


「ありゃ、自信満々って感じね?」


「あの慎重な支部長が珍しいじゃねぇか・・・期待していいのか?」


自分と同じ様に期待を感じたイーナとアクラが問いかける。

問われた本人はといえば、未だ書類へと何かを書き込み続けたまま事もなげに二人へと応える。


「今回手伝ってくれる探索士は五級探索士だよ。つい先日、それこそ昨日の試験で合格したばかりの新人だ」


こうなるともはやわけがわからない。いよいよキィさんの自信がどこから来るのかまるで不明だった。

そんなキィさんの言葉には当然アクラやイーナが反応する。


「オイオイ、冗談にしては質が悪いぜ支部長」


「いくらなんでもそれは無理じゃないかなー・・・え、どゆこと?」


一方でフーリアは言葉通りに受け取ったようだ。


「・・・ああ、分かりました。超大型新人さんですね」


額面通りに捉えれば確かにそうかもしれないが、そうであれば大型にも程がある。

フーリアも探索士となってからの年月は短いほうではあり大型新人といっても過言ではないが、それでも試験合格時は深度3でしかなかった。それを考えればやはり無理があるだろう。

だが続くキィさんの言葉は、まさにフーリアの答え通りだった。


「ああ。今回依頼したのは三人で、うち一人は一週間前に合格した五級探索士で、深度は7だ」


ガリガリとなにかを書きながら、なんでもないように爆弾を落とすキィさん。

彼は以前からこういうところがあった。クールといえば聞こえは良いが、食らう方からすれば溜まったものではない。


「合格時で深度7!?記録更新なんてもんじゃなくない!?え、すごっ」


「マジでか?寝ぼけて見間違えた・・・なんてことは支部長に限って有るはずもねぇよな」


「・・・本当に大型新人さんでしたかー」


三人とも驚きを隠せずに居るようだった。かくいう自分も信じられないという気持ちがある。

確か合格時の深度は4が今までの最高記録だったはずだ。それを大幅に上回って7だというのだから驚くのも当然だ。


「全く、勘弁してくださいよ。驚くようにわざと先に等級を言いましたよね?・・・待って下さい、三人と言いましたよね・・・残りの二人はどうなんですか?まさか残りも深度7だなんて言いませんよね?」


そう言ってからふと気づいたことがあった。

もし三人とも深度7であれば、ヴィリーとリスニに頼んでも変わらないのではないだろうか。

否、経験豊富な彼ら二人に依頼したほうが良いはずだ。

であるならばまさか、にわかには信じられないことではあるが、残りの二人とやらは深度7を超えて8だと言うのではないだろうか。


「ああ、残りの二人も五級探索士だよ。深度は──────」


そう言ってキィさんは、今までずっと止めなかった書類仕事の手を止め、こちらを見つめていた。


「───11だ」


なんだって?

危うく聞き返しそうになった。半笑いになりながらもアクラは実際に聞き返していた。


「あ?なんだって?オイオイ待て待て、アンタそんな冗談言うタイプだったか?」


「はい、かいさーん!流石にそれを信じるのは無理があるってー」


「・・・超ド級の大型新人でしたね」


三人が好き放題言う中で、キィさんだけはクスリともせず至極真面目な顔で自分達を見ていた。

その様子に圧されたのか、三人とも徐々に静かになってゆく。


「キィさん・・・本当、なんですか?」


「無論だとも。こんな嘘をついてどうなるというんだい」


そうだ。キィさんにそんな嘘を吐く理由などない。

そして自分達の知る彼は、もともと冗談を言うような人物でもなかった。

つまり、彼の言うことは全て本当のことなのだ。初めから至極真面目、ありのままを伝えていただけに過ぎないのだ。彼の真面目な顔を見れば、不思議とそう信じさせられた。


そしてもしもそれが本当ならば。

願ってもない、最高の助っ人になる。

深度11、それは現時点で自分を含め、世界にたった九人しか居ない頂。


三人の仲間達も、自分も、言葉を失いただ呆気に取られることになり、静寂が場を支配する。

あのイーナでさえも言葉を紡げずにいた。それだけ衝撃的な話だった。

そんな時、静寂を打ち破るように支部長室の扉が叩かれた。それにキィさんが返事をする。


「どうぞ」


入室を促す言葉の直後、勢いよく扉を開け放って一人の少女が姿を見せ───────


「──────ぇ」


小さく、漏れるようなか細い音が自分の喉から出た。



まさか、なぜ、どうして。



「わしじゃー!!」





─────女神が、そこに居た。



いくつかに分けるとさらに文字数が増えそうだったので許して下さい・・・

一人称視点だとやっぱり書きやすいんですよね



ここまでお読みいただきありがとうございました

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