第45話 支部長の依頼
いかに遮音を行っているとしても、このままカフェという公衆の面前で会話を続けるのは些か宜しくないということで一行は場所を移していた。
そして現在、ユエとソルにエイルを加えた三人は、キィに連れられ支部長室へとやって来ている。シルフィも本日は既に帰宅を諦めており、キィの補助として付いてきている。彼女は後ほど仮眠室を使うらしかった。
なおヴィリーとリスニの二人は、試験も終わった為探索士活動に戻るらしく、明日は朝が早いという理由ですでに帰っている。その際にリスニは抜け目無く、一応はユエとソルの侍女であるエイルと連絡先を交換していた。
この世界には電話など存在しないが、魔術よって通話と似たようなことが出来る魔術具が開発されている。
さすがに携帯電話ほどの利便性はないし、日本で生活していたユエからすれば痒いところに手が届かないどころの話ではない魔術具ではあったが、それでも無いよりはよほどマシである。
支部長室へと案内され、部屋に入ると同時にユエとエイルは碌に部屋を確認することもないまま、中央に設置されていたソファへと飛び乗った。ソファの上で、『そちらの都合で長々と居残らされているのだからこれくらいは大目に見ろ』とでも言いたげにふんぞり返っている。だが上等なソファ特有の柔らかさによって沈み込み、非常に情けないポーズとなっていた。そこへソルがゆっくりと隣へと座る。
そんな三人を見たシルフィは、狼狽しながらユエたちとキィの顔を交互に見やり手をぱたぱたと所在なさげに振っており、部屋の主であるキィは未だに扉を開けたままの状態で、三人の早業に呆気にとられ、続けて苦笑していた。
「あわわ・・・さ、三人とも失礼では・・・」
「構わないとも。周囲の目は無いし、なにより私の都合で引き止めているのだから。済まないがシルフィ、お茶を人数分頼むよ。勿論君の分も」
「は、はいぃ・・・」
キィからそう言われたシルフィは小走りで隣の部屋へと駆けてゆく。恐らく隣が給湯室となっているのだろう。話の続きはシルフィが戻ってからするつもりなのだろう。キィは眼鏡を外し三人の対面へと座る。
「長々とすまないね。返事は今日で無くとも構わないから、ひとまず今日のうちに依頼内容だけ話をさせてくれ」
「全くじゃ。確かに話くらいは聞くと言うたが、ここまで拘束されるとは思わんかったわい」
「お姉様、あとで何か埋め合わせを要求しましょう。もしくは貸し一つとするのも悪くありませんね」
「あ、じゃあ私は食べ物がいいッス」
「・・・・・お手柔らかに頼むよ」
容赦のなさそうな三人の様子に、キィが目頭を揉みほぐしながら答えた。
どうやら本当に悪いと思っているようで、三人の勝手な要求にも答えるつもりらしい。
これはキィにとっては謝意が五割、残りはこの規格外の深度を持つ三人の機嫌取りが五割といったところであった。深度11という化物二人に、深度7という一流の実力者が一人。支部長としては是が非でも懇意にしておきたい、少なくとも敵意だけは持たれないようにしなければ。それほどにこの三人の力は得難いものであるとキィは考えている。
「しかし本当に驚いた。深度11とは・・・ああ、そうは見えないかもしれないがこれでも本当に驚いているんだ。あまり顔に出ないタイプでね、よく勘違いされる」
「まぁあまり大げさに驚かれても困るし、むしろ丁度良いかもしれんのぅ」
人の顔をみて騒がれても、それを好ましく思えるような感性はユエにはなかった。
キィくらい静かなほうが、鬱陶しくない分よほど好ましい。
「ところで三人は見たところとても仲が良い様に見えるが、三人ともやはりアルヴ出身なのかい?」
「はい、その通りです。さらに私とお姉様は魂の姉妹、通称ソウルシスターです。こっちはペットのエイルです」
「誰がペットッスか!!専属でこんな小さいときから姫様のお世話してるんスから、むしろ私も姉みたいなもんじゃないッスか?」
「・・・は?私のお姉様は一人ですが?」
「急に怖!!」
仲が良さそうだと言われ気を良くしたソルであったが、エイルが姉気取りになった途端に、光が消えて深い闇を湛えた瞳でエイルを捉えていた。心なしか顎を引いて見下ろすような角度にすら見える。
「・・・アルヴからやってきた鬼人族の少女とエルフの美少女が姉妹、いや義姉妹か。・・・なんとも、どこかで聞いた話だね。・・・・態度を改めたほうが良いでしょうか?それともこのままのほうが都合がよいだろうか?」
「まぁ当然バレるんじゃよなぁ・・・今までどおりで頼む。分かっておるじゃろうが、わしら別に公使とかではないからの。いち新人探索士扱いで、あとは知らんふりで頼む」
「・・・承知したよ。ならばこれで、心置きなく依頼が出来るというものだ」
「まだ受けるとは言っておらんからの!」
隣国の王族の特徴や名前など、大抵の者は無関心だろう。確かにユエ達は珍しい取り合わせだが、それだけだ。一般人にとっては物珍しいの域を出ない。それは協会の一般職員にとっても同じことである。
だが世界中に支部を持つ探索士協会の、それも支部長ともなれば各国の重要人物の情報など知っていて当然だ。否、知らないはずがないのだ。
ユエ達も最初から隠し通せるとは思って居なかったし、ただ自分たちから態々吹聴したりといったことがないだけで、隠しているわけでもない。
そしてユエ達の情報を知っていて、正体にたどり着きつつもなお依頼を通そうとするキィもまた、随分と図太いというか、豪胆であった。
(しかし、かの賢者に加え新たに二人、計三人の深度11。一体アルヴの戦力はどうなっているんだ?・・・数はともかく、質で言えば世界でも随一の国だなこれは)
やいのやいのと騒ぐエイルとソルを横目にキィが思案していると、シルフィがお茶と茶菓子を用意して戻ってきた。そうして漸く依頼の内容へと話が進む。
「ほれ、早う説明せんか」
「ああ、では依頼の件だ」
ユエに急かされたキィは立ち上がり、執務机より地図を取り出した。
そうして席について、地図を指差しながら説明を始める。
その隣ではエイルがソルに蹴り飛ばされていた。二人はどうやら全てユエに任せるようである。
「厳密に言えばこれは私からの依頼というわけではなく、君たちを紹介したいといった話になるのだが」
「早速きな臭い入り方するのやめぃ」
「では単刀直入にいこう。ここグラフィエルから南東に行った場所、丁度イサヴェル領との中間あたりになるか。ここに先日歪園が確認されてね、その攻略を行ってもらいたい」
地図上に示された二つの都市を結ぶ中間地点、イサヴェルへと続く大きな河の直ぐ側に描かれた森のあたりを指差すキィ。そこは平原の真っ只中にあり、トリスの森ほどではないがそれなりに大きく見える森だった。
「ここはイサヴェルへと続く主街道になっている。人々の移動はもちろん、商人や騎士団の輸送路としても使用されている大きな道だ。つまり端的に言えば邪魔だということだよ。道のど真ん中に歪園が現れたということはね」
「ふーむ・・・それは分かったが、結局何故わしらなんじゃ?別に誰でも、それこそ先程の二人を送り込めばよかろ?」
依頼内容は凡そ理解したものの、それだけならば腕利きであるヴィリーとリスニ、そして二人の所属する同盟とやらに依頼すればよいだけだろう、とユエは疑義を呈した。
事実、キィの話した内容はここまでを聞いただけならば世界中の何処にでもあるような話だった。
つまりは普段から世界中で、探索士達が行っている主任務と何も変わらないのでは、という事である。だがどうやら理由があるらしく、キィがその疑問に答える。
「当然の疑問だね。実際貴方達が現れなければそうしていただろう。・・・だが何故そうせず、君たちに声をかけたのかというとだ。今回確認されたこの歪園は色々と異常でね、深度や周囲への影響が異常なんだ」
「異常?」
「我が協会の調査班から上がった報告では、この歪園の仮想深度は8だそうだ。これは"イサヴェル迷宮"の下層以降に匹敵する深度で、さらに本来ならば歪園は外部への影響は殆ど無い筈だが、現時点で既に周囲の獣や歪魔に対して影響が出ている。具体的には獣の凶暴化や深化が多数見られている。この手の小規模な歪園にしては明らかに不自然だ」
「ふむり・・・確かに妙じゃな」
仮想深度とは歪園を外から見て判断した、予想される深度のことである。
一級探索士であるヴィリーやリスニが7なのだから、仮想深度とはいえ8となるとその探索および攻略にはかなりの戦力が必要になる。深度8以上の探索士など、世界中を探しても数十人といったところだ。エルンヴィズ王国内に限定すればとても数を集められない。
「そういうわけで本部から調査と速やかな攻略の指令が回ってきた。だが仮想深度8を安全かつ速やかに攻略するとなると一級探索士がダース単位で必要になってしまう。当然ながら、すぐには集められない。そこで本部はとある特級探索士へと依頼を出した。数が集められないなら質で勝負するというわけだ」
「まぁ、理屈はわからんでもないのう」
「本部が依頼したその探索士の名前はアルス・グローア。"渾天九星"の一人にして深度11、人呼んで"輝剣の勇者"だ」
「なんかごっついのが出てきたのぅ・・・勇者か」
ユエがこちらの世界で目覚めて十数年。ついに、勇者という名前が出てきた。出てきてしまった。
ユエは勇者というものにあまり良いイメージが無かったのだ。彼女が知識として知る勇者とは、有り体に言ってしまえば虎の威を借る狐。さしたる努力もせず、"勇者"などというただ与えられただけの不思議な力と称号に陶酔した者。これはユエが捻くれた考え方をしているだけとも言えるが、ゲームにしろ書物にしろ、基本的には彼女の中にはそういうイメージがあった。
「彼はここ、エルンヴィズ王国を主な活動地域にしていて、普段は"イサヴェル迷宮"の探索を行っている。本部から依頼が出た時点ではトリグラフに居たらしいんだが、快く受諾してくれたよ。そして件の歪園へと急行し、偵察してくれたわけだが・・・」
話疲れたのか、キィは一度お茶を口に含んだ。
「ふむり。なんとなく話が見えてきたのぅ」
「彼曰く『アレは自分達の部隊だけでは手が足りない』とのことだ。予想以上に歪園周囲の敵の数が多く、あの様子では内部も恐らく相当数の歪魔がいるだろう。自分たちだけで被害を出さないように攻略しようとすれば周囲の安全確保だけで時間がかかってしまう、ということらしい。そこで彼から『最低でも深度7、できれば8以上の戦闘が得意な探索士を1~2人で構わないので集めて欲しい』と依頼された。あとは想像の通り、ヴィリーとリスニに行ってもらおうかと考えていたところで君たちが現れた、というわけだ。今回の話をまとめると、君たちにはアルス殿の部隊と共に歪園の攻略を手伝って欲しい、ということになる。ちなみに報酬は白金貨1枚だよ」
そう話を締めくくったキィはお茶の残りを飲み干し、ソファへと深く座り直した。
途中、相槌を打つのみであったユエへと『質問は?』といった視線を向ける。ユエが最後にまとめて質問をするつもりで、途中に何も聞いてこなかったのだと解釈していたのだろう。ちなみにいつのまにかエイルとソルの二人もソファへと座り話を聞いていた。白金貨1枚で金貨100枚分、凡そ1000万円ほどの価値となる。先の馬車代が帳消しになるどころか、お釣りが返ってくるほどだ。エイルも真面目になるというものであった。
「ふーむ・・・いくつか聴きたいことがあるんじゃが構わんかの」
「もちろん。なんでも聞いてくれ」
「うむり。わしらは探索士としての経験が全くないんじゃが、それでも構わんのじゃろうか」
「問題ないよ。今回は戦闘要員を探しているからね。探索におけるノウハウなどは必要ない」
キィも恐らくはそれを聞かれるであろうことを予測していたのだろう。
ユエの質問に対してすぐに回答する。
だが次のユエの質問に対してはすこし考えるそぶりを見せた。
「ふむり・・・では次じゃ。そのアルス某とやらは、おぬしから見てどういう人物じゃ?」
「・・・ああ、成程。彼は礼儀正しい好青年だよ。性格も穏やかで、気遣いのできる男だ。協会からの信頼も厚いし、もちろん私もよく知っている人物だ。ユエ殿が危惧しているような男ではないと断言できる」
「ほほぅ・・・勇者なのにか?」
これはユエの偏見である。糸目はすぐに裏切るだとかオネエはやたら強いだとか。
それに続く謎の偏見。勇者と名乗る者に碌な人物はいない、である。
「ユエ殿が勇者という言葉に対してどういったイメージを持っているかは分からないが、少なくとも私から見た彼は、人格者であると言えるね」
「ほーん・・・では次じゃ。実を言うとわしらの目的地はイサヴェルなんじゃが、依頼の後は直接向かっても構わぬじゃろうか」
「おや、そうだったのかい?では報酬は前払いか、あるいはイサヴェル支部で受け取れるようにこちらで取り計らおう」
「それは助かるのぅ・・・では最後の質問じゃ。返事は急ぐじゃろうか?」
「そうだね、今すぐでなくても構わないが、出来れば二~三日の間には答えを聞きたい」
こうして質疑応答を行い、聞きたいことはあらかた聞き終えたユエはお茶を飲み始める。
どっしりと偉そうにソファに座り込み何やら考えている様子であったが、少ししてからキィへと向き直る。ソルとエイルへ目配せをすれば、ソルは『お姉様のご随意に』とでもいった瞳で首肯する。エイルはそんなソルの横で既に寝ていた。
「依頼を受けるに当たって一つだけ条件があるんじゃが、わしらは先ごろ馬車を注文しておってな。直接イサヴェルへ向かいたいゆえ、完成を待ってくれんかの。明日納品の予定じゃから、出発は明後日以降にしてもらいたい。それでよければおぬしの依頼、受けるとしよう」
「承知した。ではそのように話を通しておこう。その上で、明日の昼に一度ここへ立ち寄って貰えるだろうか。依頼受注の契約と、あとはアルス殿の部隊と顔合わせをしておきたい。可能な限り、どうにかユエ殿一人でも来てもらいたいのだが・・・」
「ふーむ・・・ということらしいんじゃがソルや、エイルを付けるゆえ、そちらは任せてもよいかの?」
馬車の納車はともかく、ソルには例の細工の仕事がある。必然的に"金五十"へと向かうのはソルということになる。出来た義妹の事だ、万事そつなく終えてくるであろうが、念のためにエイルを付けることにした。あれでも真面目にやれば役に立つメイドである。
自分の役割を理解しているソルは、悔しそうな面持ちでユエの言葉に従う。
「くっ・・・畏まりました。ご一緒出来ないのは残念ですが・・・例の件はお任せ下さい、とびきりのものをご覧にいれましょう」
「うむり。では支部長、明日の昼頃にまた来るとしよう」
そういって立ち上がり、さっさと帰らせろと言わんばかりに話を終えようとするユエ。
キィも話したいことは終わり、数日はかかると思っていた依頼を受けて貰えるという返事も得られた。立ち上がり、謝意を伝える。
「ああ、今日は長々と申し訳なかった。この埋め合わせは報酬とは別にちゃんと用意させてもらうよ。シルフィ、三人をお送りしてくれ。私はアルス殿に連絡を入れてくる」
「わ、わかりましたぁ」
未だに支部長室に緊張しっぱなしのシルフィに連れられて三人は漸く旅館への帰路につく。
既に空には星がいくつも輝いており、すっかり遅くなっていた。
こうして探索士試験結果発表という、ずいぶんと長くなった一日がようやく終わったのだった。
仕事の都合でなかなか時間が取れず遅れてしまいました。
申し訳ありません。
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