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第44話 面倒事の前に

支部長を名乗る男に声をかけられ、敏感に面倒な空気を察知したユエとソルの抵抗は当然というべきか、やはり無意味であった。だがそんな二人の返事はキィに多少なりともダメージを与えていた。ほんの挨拶程度のつもりであった言葉を、にべもなくあしらわれそうになったのだ。初対面の女性にそのような態度を取られては、支部長といえど男であるキィにとって中々に堪えるものがあった。彼は妻帯者であるが、それとこれとは話が別である。


「・・・一応、形式的に聞いただけであって、人違いではないことは分かっているよ」


「おい見ろよ。あの支部長がちょっと傷ついてるぞ、笑えねぇ?」


「・・・やめなさいよ、気にしてないフリして結構繊細な人なのよ」


「聞こえているよ君たち」


キィは一見すると生真面目で、融通の効かなさそうな男に見える。切れ長の目に細身の眼鏡が冷たい印象を与えるのか、彼と初めて会った者は大抵がそう誤解する。だが実際には先のユエの実技試験の大幅な底上げを見ても分かる通り、中々に話の分かる柔軟な思考の持ち主であった。

要領が良く、規則や体裁よりも実をとるタイプであると言えるだろう。その上で必要に迫られれば規則を振りかざすことも躊躇わない、硬軟織り交ぜた世渡りで支部長の座まで上り詰めた、まさに出来る男であった。

そんな彼だからこそ上司、つまりは協会本部からは信頼され部下や探索士達からは慕われているのだ。


故に現在は試験官として、形式上部下扱いとなっているヴィリーにイジられたからといって怒りを顕にすることなどない。イジられることなど今に始まったことではないし、そもそもヴィリーが自分を蔑ろにしているわけではないと知っているからだ。キィは公の場でもない限り、部下や探索士達とのこういった友人のような関係を好んでいた。


「リスニ、とりあえず遮音を頼めるか?」


キィからそう言われ、後ろに控えていたリスニが自然な動きで指を鳴らす。すると先ほどまでとは違った静寂がユエ達の周囲を覆った。遮音魔術は汎用魔術の中でも難易度の低いものではあるが、それでもリスニの行った無駄のない速やかな魔術行使は、彼女の魔術の腕が生半ではないことを表していた。


「さて・・・私が貴方達に会いに来たのは他でもない。少し依頼したいことがあってね。先程二人の深度測定の件でシルフィから相談を受けたついでに、私自身史上初の点数を叩き出した者と会ってみたかったのもあって、こうしてやって来たというわけだ」


「ふむり。史上初というのであれば、支部長であるおぬしに裁可が行かんとは思えんがのぅ・・・怪しさ満点じゃし、面倒事はごめんじゃ」


気を取り直して話の続きをしようとしたキィであったが、どうやらユエには未だ警戒されているらしい。

そうとなればまずは帰る気満々である彼女の疑いを晴らすところから始めねばなるまいと、キィは建前を投げ捨ることに決める。


「待って欲しい。その件については・・・いや、埒が明かないな。腹を割って話そう。君の言う通り、私が点数に下駄を履かせることを提案し、ヴィリーに頼んだ。理由は単純に、優秀な探索士候補をみすみす逃したくなかったからだよ。私は実利を取るタイプでね、これが本心だよ。どうだろう、これで少しは信用してもらえるだろうか」


「む・・・思っていたよりも素直にゲロったのう。まぁよかろ、少なくとも何やら騙そうといった感じはせんしのぅ」


「よろしいのですか?」


「よろしくはない・・・が、話くらいは聞いてもよいじゃろ」


ユエ達が王都へと立ち寄ったのはただの成り行きと寄り道である。当然ここで探索士の免許を取得しに来たのもただのついでであり、もっといえば馬車の完成を待つ間の暇つぶしといった面が大きい。

この先いつか必要になるだろうと受験はしたが、何も合格するまで粘ろうとまではしていない。そもそもの目的地であるイサヴェルへ着いてから、店をやりつつのんびりと受験してもよいのだ。

是が非でも受かりたいというわけではなかったユエは、無理難題を押し付けられるようならば合格は辞退してさっさとイサヴェルへ向かおうかと思っていた。


わざわざ支部長が出張って来た最初の時点で怪しんでいたが、ユエ達からすればそもそもキィの言い分は無理がある。依頼があるなどと言っていたキィだが、合格したばかりの自分たちに何を頼むというのか。それこそ彼の後ろに控えている二人の探索士に依頼すれば良い話ではないか。

だがキィは自分たちに声をかけた。それも深度がどうだなどと言ってシルフィが一度席を外したこのタイミングで、だ。ならば内容に関わらず面倒事に間違いないだろう。

ユエの考えは凡そこんなところであった。


ともあれ一応は話だけは聞いてやるといった態度を見せたユエ。

ひとまずは安堵しつつ話を始めるキィであったが、やはり自分の行動が怪しまれることを理解していたのだろう。続く言葉はユエの疑問を知っていたかのようなものであった。


「有難う。ではまずは君たちの疑問を解消しておこう。わざわざ支部長である私が、こうして君たちに声をかけたのが不思議なんだろう?・・・いや、そもそもこんなにぞろぞろと引き連れて、支部長を名乗る男が来たら誰でも怪しむだろうね」


そういってキィは自らの背後を、どこか恨むような目で一瞥する。

ユエ達は知らぬことであったが、ヴィリーとリスニはここグラフィエル支部では有名な探索士である。

そんな二人に人気受付嬢のシルフィを加え、支部長自らが引き連れてきたのだから、今いるカフェの一角は非常に目立っていた。今が閉館間近の、人が疎らとなった時間でなければ騒ぎにすらなっていたかもしれない。


「分かっておるならもうちょっとやりようもあったじゃろ・・・」


「申し訳ない。だが用があるのはこちらだったからね、わざわざ部屋へと呼びつけるのは失礼というものだ。部下でもない君たちにそのようなことが出来るほど、自分が立派だとは思っていないよ」


「十分立派な肩書じゃと思うがのぅ・・・それで?」


実際に王都の支部長ともなれば相当に地位の高い役職である。だがキィはそれを鼻に掛けるようなことはせず、他人に対して失礼な態度は取らないよう心がけていた。部下に対しては当然命令を行うこともあるが、部下とそうでない者との線引がしっかりとなされている。それが功を奏したのか、ユエの態度が多少は軟化したように彼の目には見えた。


「まずは君たちの深度についてだ。シルフィから聞いているかも知れないが、このマニュアルには深度1から深度9までの見本が載っている。このように白から始まり順に色が変遷してゆく」


そう言ってユエとソルに見やすいよう、マニュアルとやらを開いて見せるキィ。

社外秘だったりしないのだろうか、などと一瞬ユエの頭を過るが、支部長が見せてきたのだから気にしないことにする。


そうして見せられるままに眺めてみれば、確かに九種の見本が記載されていた。

だがシルフィやキィの言う通り、確かに何処を見ても黒色のカードは載っていなかった。


「ちなみに後ろの二人、ヴィリーとリスニは深度7。色でいうと青から少し深く染まった色。厳密に言えば深縹(こきはなだ)色だ」


「七!確か一級探索士が六~八と言うておったのう・・・凄い二人ではないか」


そうして覗き込むように、キィの後ろへと目をやるユエと目が合った二人は、ようやくといった様子で少しだけ前に進み出て自己紹介を始めた。


「もうさっき試験で一度会ってるけどな、俺はヴィリーだ。これでもそれなりに名の知れた探索士なんだぜ?」


「私はリスニです。ヴィリーとは同じ部隊(パーティ)であり同盟(ユニオン)に所属しているわ。よろしくね。二人は同盟に興味ないかしら?よかったら───」


「すまないがリスニ、それは後にしてくれ」


そういってリスニの勧誘を斬るようにしてキィが話を戻す。ヴィリーとリスニの二人もここは大人しく見守るつもりのようで、あっさりと後ろへと下がっていった。否、リスニは少し不満そうな顔であった。


「話を戻そう。これまでこのグラフィエル支部で記録されている交付時の最高深度は4だ。ここにも載っているが、紫に近い菖蒲色だね。さて、そして君たちだが───」


「む、ちょいと待て」


「おや、質問だろうか」


先程の続きを話し始め、キィが今回の本題に入ろうかと思ったところで今度はユエから待ったがかかる。とりあえず話を全て聞いて、後から質問をしようかと考えていたユエであったが、先程のシルフィの説明を受けていた段からどうにも気になることがあったのだ。


「先週あたりにメイド服を着たエルフが受験に来たと思うんじゃが、あやつの深度はいくつだったんじゃ?」


ユエとソルの背後、カフェエリアの隅で転がされているエイルを指差してキィへと尋ねるユエ。

そう、普段の態度からは想像し辛いが、あの駄メイドは普通に強いのだ。それに幼い頃からユエやソルほどではないにしろ、二人に着いて何度も"聖樹の森"へと入っている。

そんな彼女が深度4以下だとは、ユエにはとても思えなかった。


「ふむ・・・?彼女は君たちの知り合い、いや身内だろうか?ならば話しても問題ないか・・・シルフィ、彼女の担当は君だったろう?」


「は、はい。えっと・・・エイルさんは深度をその場では計測せずに帰ってしまいまして・・・」


「ぬ・・・?」


シルフィが言うには、エイルはカードへの記名を行った後、さっさとその場を後にしたらしかった。実際、深度は探索士にとってある種のパラメーターとも言えるがゆえに、周囲に知られたくないなどといった理由から持ち帰ってこっそり計測する者は少数ながらも存在する。殆どの者は深度1や2なので気にするようなことでもないのだが、そこはそれ。やはり緊張や恥ずかしさなどがある者もいるのだ。

そんな当時の様子をシルフィが語っていたところ、当の本人がいつの間にかやって来ていた。


「お、なんスか?私の話ッスか?」


「エイル、おぬし何故その場で計測せんかったんじゃ?別に恥ずかしいなどというわけでもあるまい」


「ああ、それッスか。いやいや、姉様も説明受けましたよね?『交付時の最高深度は4です』って。ということはこの場で計測したら少なからず面倒なことになるって分かるじゃないッスか。こーんな小さい頃から二人に着いて歪園に入ってたのに、どう考えても4ってことは無いッス」


「ぬ・・・そう、なんじゃろうか」


「そうなんスよ。あの時私は一応姉様達を探してたのもあって、面倒事のリスクは避けてたッス。だからさっさと帰ったんスよ」


「ふむり・・・なにやらわしが面倒事になると予測できんかった阿呆とでも言われている気がするのう・・・して、結局深度はいくつだったんじゃ?」


「7ッス。姉様達には前にも見せたッスけど、その様子だと覚えてなさそうッスね」


そういってエイルは懐から表も裏も一面青色に染まった免許証を取り出して見せた。確かに以前エイルと再開した時に見せられた記憶が薄っすらとユエの脳裏に蘇る。あの時は免許証の色に意味があるなどと知らなかった故に、覚えていなくとも致し方ないといえるのだが。


「・・・なるほど確かに、もしも彼女がその場で計測していれば、私は恐らくエイルさんに声をかけていただろうね」


「私も彼女の試験は覚えてます。なるほど、私達と同じ7でしたか・・・通りで試験中も随分と余裕があるように見えたわけです。であれば確かに、彼女に依頼をしていたでしょうね」


エイルの深度を知っていれば今回の依頼もエイルに持ち掛けていただろうと話すキィ。同様にその当時も試験官を務めていたリスニがそれに同意を示した。


「ね、こうなるわけッスよ。私の先見性はエルフ(いち)ッス」


それ見たことかとエイルは胸を張ってみせる。

無駄に威張るエイルを見ていたユエは無性に悔しい気持ちになってきたので、とりあえずエイルを蹴り飛ばした。胸を張るな嫌味か、と。

そんなユエとエイルの様子を努めて無視しながらキィは話を戻した。


「深度7ともなれば一握りの実力者だ。ヴィリーとリスニがこの支部でトップの探索士であるように、エイルさんもまた五級でありながらトップの実力者であるといえる。そして話を戻すが、君たち二人だ」


「おお、話の腰を折ってすまんかった。わしらのこの、しょうもないハズレカードが一体何だと言うんじゃ」


「君たち二人の、この漆黒のカードは私も過去に一度だけ見たことがあってね。つまりこれが意味するところは───」


「いやまぁ凡そ察しはつくがの・・・深度10じゃった、ということじゃろ?」


キィの言葉を先回りするようにユエが答えを導き出す。

9まではマニュアルに記載されていて、かつ黒のカードがその中には該当しないとなれば答えなど一つである。予想することはさほど難しいことではなく、消去法で誰でもたどり着いたことだろう。

だが続くキィの言葉はユエの予想とは違っていた。


「───11だ」


「うむり、まぁそんなもんじゃろ───む?」


「ユエさんとソルさんの深度は11だ。これはかの統括騎士団長、イサヴェル卿と同じ深度だ。探索士協会として過去に公爵閣下を少しばかり手助けした際に見せてもらったことがあってね。間違いない」


「おお、あやつと同じか!わしらもなかなかではないか!」


「目標達成ですね!・・・本当は虹色を出したかったのですが」


「なかなかどころか、これは凄まじい事だよ。イサヴェル公爵は疑う余地なく世界最強の一角だ。それと同じ深度で、しかもその若さ。紛れもなく君たちは世界でも有数の強者だと言っていい。来年の神託が今から楽しみだ。あと虹色は出ないよ」


キィから聞かされたユエとソルの深度は"渾天九星(ノーナ)"として名高いあのベルノルンと同じ深度11。

それは言うなれば、この二人の姉妹が世界最強へと名乗りを上げたと同義であった。今はこの場にいる数人しか知らない事だが、もしも神託の際に"渾天九星"が入れ替われば、否応なく世界へと名が轟くことになるだろう。

だがユエとしてはそれよりも気になることが会った。


(これは店の宣伝に使えるのではなかろうか・・・?そうなれば活動資金も潤沢になるじゃろ?そしてわしも刀鍛え放題になるじゃろ?・・・よーしよし見えてきた見えてきたぞ!!)


ユエは自分達の腕前がどうこうよりも、これを利用した売名により店の繁盛へと繋げることを考えていた。キィの台詞などはほとんど聞こえておらず、それから暫くの間皮算用を続けていたのだった。

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