第43話 免許証交付②
「まったく、もういいですか?────では次は深度を測ってしまいましょう。と言っても先程少し説明した通り、特別なことをする必要はありません。そちらに十秒ほど触れて頂ければそれで結構です」
そう言ってアザトさんことシルフィが、両手をそれぞれユエとソルの持つ免許証へと差し向ける。間違っても指差したりはしないあたりが実に彼女らしい。
「・・・ふむり。参考程度に聞いておきたいんじゃが、深度がこの位だとこう、みたいなのはあるのかの?」
虹色のカードとやらを狙っているユエ達からすれば当然気になる部分である。
お決まりなところで言えば初期の等級がより上位のものとなるだとか。
あるいは何か協会から特典が付与されるのだろうか。ユエの知識から考えられるのはそのくらいであった。
だがシルフィからの返答は随分と呆気ないものだ。
「特にないですね。強いて言うなら、探索する歪園の測定深度と照らし合わせたり、他の探索士の方と共同で探索を行われる際の目安になる、といったところでしょうか。少なくとも協会から何かしらの特別待遇を受けられるといったような事はありません。ですので良かろうと悪かろうと、結果に囚われることなく頑張りましょうね」
「むぅ・・・なんじゃつまらん。これでは気合の注入に支障がでるわい」
「そうですね・・・虹色も出ないと言われてしまっては楽しみが残っていません・・・」
そんな期待とは裏腹なシルフィの言葉に肩を落とす二人。
正直なところ二人は別に深度がどうであろうと興味はなかった。ただ普通にやるのでは面白くないと言うだけのことで、もっといえばシルフィで遊びたいだけである。
「もう・・・いいから早く済ませて下さいよ・・・。そうそう、一般的な合格者はそれこそ深度1がよいところですよ。何らかの理由で歪園に入ったことのある方が漸く深度2に届くかどうか、といった具合です。ここグラフィエル支部での免許交付時の最深記録は4ですね。とある実戦経験豊富な騎士の方が"あると便利だから"という理由で取得された時のものです」
「ほほう・・・?」
そろそろ面倒になってきたシルフィから追加説明を受けたユエは少しだけ興味を示して見せた。
具体的な数字を出された途端に負けん気が顔を覗かせる。
「ちなみに我が国最強の騎士と言われるイサヴェル公爵様の深度は11らしいです。お隣の賢者ミムル様も同じく11だとか。凄いですよねー・・・一級探索士の深度が凡そ6から7、高くても8だと言われていますから、桁違いです。その他特級探索士の方々も10~11だと記録されています。まさに壁を超えた強さを持つ方々というわけですねぇ」
「そう言われては仕方ない、ならばわしは、せめてノルンに並ぶくらいの意気込みでやってやるわい!!」
「では私も、せめてミムル様に並べるように頑張りましょうか」
両手で握り込んだ拳を突き上げ決意を見せる二人の様子は、探索士を志したものならば誰もが一度は通る道であった。初めは誰もが頂点を目指し、夢や希望を胸にその道を歩み始めるものである。
だがその道は苦難と挫折の連続であり、努力や才能だけでは渡り切ることなど到底叶わない細い道であることをシルフィは知っている。それは努力と才能はもちろん、苦難と挫折を乗り越える胆力も、果ては運をも味方につけ、そしてその先で奇跡を掴みとって、ようやく辿り着くことができる険しい茨の道のりなのだから。
そんな挫折や苦悩を何度も目にしてきた彼女だからこそ、その難しさを知っているからこそシルフィは思うのだ。
(皆さん最初は仰るんですよね・・・いいから早くしてもらえないですかねぇ・・・)
「いいから早くしてもらえないですかねぇ?」
「・・・今多分、思っておることがそのまま口から出たぞこやつ」
「心底面倒そうな顔をされていましたね」
少々遊びすぎたかと反省した様子で、二人はすごすごと免許証を手に取った。これ以上無駄話を続けるといい加減に怒られそうな気配がした為である。
ユエはちらりとシルフィの様子を伺った後、仕方なく自分のカード、その計測用の枠を触ることにする。
「ではゆくぞ!・・・すぅ─────はぁッ!!」
「だから気合は要らないですってあれほど───────え」
散々関係ないと言われていたにも関わらず、謎の気合と共にカードに触れるユエ。
カードの変化はユエが気合を込めてからすぐに現れた。真っ白だったカードが、徐々に暗く深い灰色に染まってゆく。まとわり付くように昏い光の粒子を放ちながらも、ユエの希望していた虹色とは正反対で程遠い色の光であった。そのまま染まり続けたカードは十秒後、ユエが手を離した時にはすっかり染まりきり、手元には表と裏の両面ともが漆黒に染まったカードが残っていた。
「ふむ─────ハズレじゃ」
そういって肩越しに免許証をポイと放り投げるユエ。免許証は狙い過たずゴミ箱へと吸い込まれていった。
「ちょ───何してるんですかぁ!!」
慌ててカウンターを飛び出し、二人をそっちのけでシルフィがゴミ箱へとダイブ、暫くごそごそとしていたかと思えばどうやら無事救出できたらしい。安堵した表情でカウンターへと戻ってきた。だがそれもつかの間、当然だが彼女は怒っていた。
「よかった・・・じゃなくって!!何してるんですか!無くしたら面倒だって言ったじゃないですか!!結果が気に入らなかったからって捨てるなんて!このカードは探索士にとって生命の次に大事なものだと思って下さい!!」
「ぬぉ・・・す、すまぬ・・・いやだって真っ黒じゃったもん・・・」
「もん・・・じゃ無いんです!!」
「お、おぬしも自分のカードがこんな色だったらイヤじゃろ!そもそもなんなんじゃこれ!」
「知りませんよ!こんな色見たことないんです!」
「はいやっぱりハズレー!いらーぬ!」
丁々発止、子どものように言い訳をするユエとそれを咎めるシルフィ。
二人がやいやいと騒いでいる横で、ソルがおずおずと手を上げる。
「あの、私もよいでしょうか?」
「だから────あ、っと・・・コホン。えー、申し訳ありません取り乱しました。ではソルさんもお願いします」
「では失礼して・・・すぅ─────ふッ!!」
義姉に習ってか、ソルもまた何故か気合を込めていた。
「ですから─────え?」
気合は要らないと言おうとしたシルフィの言葉は最後まで続かなかった。
ソルの手が触れた途端、彼女のカードが光り輝いたのだ。初めは柔らかい白光が、続いて燃えるような朱、大空のような蒼、木漏れ日のような翠、といった具合に順に眩い光がカードから放たれる。
まさに虹のような美しい光であった。
「お?おおお?やりおったなソル!でかした!激アツじゃ!!」
「ふふ、お姉様のご希望とあらばこの程度、造作もありません」
「いやいやいや!なんですかこれ!このカウンターだけ悪目立ちしてるんですけど!!」
などと三者が喚いている間にもカードは輝き続けている。窓口毎に防音の魔導具が使用されているため会話等は聞こえない筈であるが、光までは防げない。このような事をしていればシルフィの言う通り当然目立つ。事実、隣の窓口担当や合格者さえも手を止め光に目を奪われていた。
そうして十秒ほどたった頃、最期の輝きとでもいわんばかりに一際強い黄金の光を放ったカードがほんの一瞬で漆黒へと染まり、ソルの手元に残っていた。
「・・・無念です」
そう言って肩越しにカードを放り投げるソル。カードは狙い過たずゴミ箱へ吸い込まれるかと思いきや、予想して既にカウンターを飛び出していたシルフィにより途中で阻止されてしまう。
「もうそれはいいんですって!!」
「ぬぉぉぉ!!なんでじゃー!今の演出でハズレは有りえんじゃろ!!」
「そもそも当たりとか外れとかじゃないんですッ!!」
ソルもその後シルフィから怒られることになったのだが、ソルにとっては何の痛痒も感じないようであった。そうして紆余曲折はあったものの、結局二人の手元に残ったのは真っ黒に染まった二枚のカードであった。
「で、結局なんなんじゃこの黒カードは」
「それがですねぇ、実はこのマニュアルには載ってないんですよね。ここには深度1から9までの色見本が載っているんですけれど。調べて来ますので少々お時間を頂いても宜しいでしょうか」
「うむり。かまわんかまわん。わし喉乾いたからそこのカフェでお茶でも飲んでるわい。分かったら呼んでくれーぃ」
「承知致しました。では、すみませんが少々失礼します」
そう言ってぱたぱたと小走りで何処かへ去ってゆくシルフィと、つまらなさそうな顔で漆黒のカードを指先でくるくると回しながらカフェへと向かうユエとソル。
先程まであれほど騒がしくしていた窓口は、悪目立ちしていた頃から一転して無人となった。
「残念でしたね、お姉様」
「うむー。ソルは惜しかったのぅ・・・わしのはなんかもう開幕からダメダメじゃったが」
「私も勝ちを確信してしまいました。・・・ですが私は、お姉様とお揃いになったので満足していますよ?」
「むー・・・そうは言うがめっちゃ地味じゃぞこれ・・・」
満足そうに頬を染めるソルと未だ不満そうなユエがカフェへと辿り着くと、そこではエイルが床に転がっていた。別段縛り捨てていた訳ではないのにも関わらず、腹を押さえ床を左右に転がりながら小刻みに肩を震わせている。大人しく待っていたかと思えばこの奇行であった。
見かねたユエが嫌々ながらも、もしかすると腹でも壊したのかもしれないと一応問いかける。
「・・・何をしておるんじゃおぬしは」
「ぐッ─────こ、ここから見てた、んスけど、くくッ・・・笑い死にするかと思ったッス・・・ッ!あの演出から、あれは卑怯・・・お腹痛いッス・・・ブフッ!!」
「申し訳ありませんお姉様。あとで責任持って躾けておきますので」
なんのことはない。
ただ笑いを必死に堪えていただけであったエイルを、ソルがカフェエリアの端へと蹴り転がして席を確保する。失礼な駄メイドへは一瞥もくれずにソルが二人分の注文を済ませ席へと座り、そのままシルフィが戻るまでの間、ゆっくりとお茶を堪能する二人。
「実際わしらの深度とやらはどうなんじゃろうか。わし全然知らんかったんじゃが、シルフィが言うには爺が11なんじゃろ?ということはわしらもそこそこいい線いっとるんじゃなかろうか」
「大叔父様はその辺りは私達には関係ないからと、あまりお話になられませんでしたからね。それに現役を退いて結構な年月が経っているでしょうから」
「現役時に11だったとして・・・はて、そういえば深度とやらは下がったりするんじゃろうか?」
「言われてみればそうですね、シルフィさんにあとで質問してみましょう。ともあれ私達はあの"聖樹の森"で育ったと言っても過言ではありません。きっと良い結果がでるのではないでしょうか」
「じゃといいがのう・・・」
などと先程の件に関して、あれやこれやと話をしているうちに数十分。ユエが二杯目のお茶に口をつけた頃、後ろから何者かに声をかけられた。無論何者かが背後から近づいてきていることには気づいていたし、シルフィの気配ではないことも分かってはいたが、敵意を感じなかったためにそのまま放置していたのだ。そもそも合格者への免許交付のみを行っている、いわば通常業務外のここ探索士協会では自分たちに声をかける者など限られている。
「失礼。私は探索士協会本部より、ここ探索士協会グラフィエル支部の支部長を命ぜられている者で、名をキィと言う。ユエさんとソルさんの二人で間違いないだろうか?」
振り返ったユエとソルの二人に対して自己紹介を初めたのは、支部長を名乗る細身の眼鏡をかけた男であった。その後ろにはシルフィと、先の実技試験で試験官を努めていた二人の男女の姿もあった。
なにやら試験官の男は楽しそうに口角を上げ、女のほうは少し落ち着きがない。
そんな様子を見たユエとソルは瞬時に頭を回転させ、そして同じ答えへとたどり着き、同時に返答した。
「人違いじゃ」
「人違いです」
どう考えても面倒事であると判断した、そんな二人の回答は知らんふりであった。
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