表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/103

第42話 免許証交付①

「ユエさん、ソルさん。お二人共合格おめでとうございまーす!」


ユエとソルの二人は試験合格後の免許証発行、及びその他の手続きのため協会受付窓口へと再度やって来ていた。日も落ちすっかり夜に差し掛かった現在、既に通常業務の窓口は閉まっており、全ての窓口が合格者用として使用されている。これから合格者達は窓口で免許証を交付され、その後は探索士として諸々の説明を受けなければならない。所謂初期研修のようなものである。

ちなみにエイルはやかましいのでユエの手によってカフェへと捨てられている。


担当はまたしてもアザトさんであった。

彼女は二人が受付へと足を運んだ際にカウンター内を逆サイドから走り、元いた職員と入れ替わっていたような気がしたが気の所為だろう。


「うむり。失格かと思うたがどうにか合格できてよかったのじゃ」


「あはは。ソルさんは心配してなかったんですけど、実はユエさんはもうだめかと思ってました、私」


「わしもじゃ・・・なにか邪悪な意思を感じる気がするんじゃが、この後無理難題でも押し付けられるんじゃなかろうな・・・」


今回の試験を通して、他の誰でもなくユエ自身が一番手応えを感じていなかった。ハッキリ言ってしまえば実技が終わった段階で、まさか合格するなどとは思っていなかったのだ。

だが結果は合格、それも史上初の実技科目百点超えである。

露骨な高下駄を履かされた気がして、手応えのなかったユエはどこか寒気を覚えていた。


「確かに無いとは言えませんねー・・・ま、その時は出来るだけで良いので手伝って下さい。ともかく、お二人とも合格されましたので無事免許証が発行されました。こちら受領と確認のサインをお願いします」


アザトさんはそう言って、トレイに乗せた二枚のカードをユエとソルのほうへとそれぞれ差し出した。一つの窓口にユエとソル二人並んで座っているため、分ける意味はないように思われる。それでもそれぞれ分けて差し出したのは恐らくマニュアルの通りに形を整えたのだろう。意外と細かいところで真面目なアザトさんであった。


「わ、見てくださいお姉様。ほとんど白紙ですよこれ」


「む、本当じゃ。・・・ハズレか?いや待て、読めたぞ。コレはアレか?今からなんやかんやして個人情報を読み取るなんかそういうあれじゃな!?」


渡されたカードを眺め、ソルが不思議そうに自分のカードをユエへと見せている。役割(ポジション)や発行支部、等級などは既に記されているにも関わらず、個人情報が何も載っていなかったのだ。それを見たユエにはピンとくるものがあった。この手のカードにはお決まりのイベントがあることを知っているのだ。だが彼女自身も原理はまるで分かっていなかったので、どうにもふわふわした表現になってしまった。


「御名答・・・というにはあやふやすぎますね?えっと、まず名前に関してはこれからお二人に確認して頂きつつ、恐れながら私が刻印させて頂きます。再発行になると手続きや書損したカードの素材がもったいないので。貴重なものなんですよ実はそれ。」


「そういえば私達、受験番号を渡されただけで名前等は一切伝えていませんでしたね」


「ふむり。アザトさんが自然に呼ぶので気づかんかったが、そういえばそうじゃな」


今にして考えれば確かに不思議ではあったがなんのことはない。意外と出来る受付嬢のアザトさんが、二人───カフェに捨てられている侍女を含めれば三人だが───の会話を聞いて呼び名を察していただけのことである。


「名前の記入が終われば次は『深度』を測り記載します。記載といってもこれは名前の横、その枠の中に数秒指を押し当てていただくだけで体内から排出される魔素量を自動で測り、表示するようになってます。その免許証には特殊な貴金属が埋められていて、深度が変わった際は再度指を押し当てていただければ随時更新が可能です」


「お、深度とやらは確か、爺が昔に言っておったな!あー・・・なんじゃったかのう?」


「ふふ、お姉様。魔素に対する適応度合いのことですよ」


幼い頃に勉強していたはずのユエがさっぱり忘れていた『深度』とは、簡単にいえばソルの言った通り魔素に対する身体の適応限界値のことである。

この世界のありとあらゆる場所に存在する『魔素』は、生きていく上で切っても切れない存在である。それは人間やエルフ、獣人や鬼人族といった種族に関係なく、獣ですらも例外ではない。また鉱物等の無機物ですらも魔素の影響を受けその構成を変化させる。


そんな『魔素』であるが、取り込みすぎれば毒となる。

身体の許容量を超えて摂取され続けた魔素はやがて身体を『深化』させる。

更に深化が進行すると人ならば歪魔へとその姿を変える。これが半人型歪魔の成り立ちである。

とはいえ生物は無意識下において、身体が勝手に必要量を超えた魔素を排出してくれるので普通に生活をする上ではほとんど問題はない。だが一部地域や歪園内等の極端に魔素濃度の高い場所に居座った場合はその自然排出が追いつかず深刻な問題となる。これが歪園内には長時間滞在できない理由だ。

この魔素に対する身体の許容限界のことを『深度』と呼び、同時にその許容限界値が『魔力』の総量となるのである。

なお『深度』が上がれば身体能力や魔力総量も上がるため、一般的には深度が深いということはすなわち、戦闘能力の高さに繋がると言われている。


「まさにソルさんの仰ったとおりです。歪園での活動が主となる探索士にとっては、深度は非常に重要視されます。また深度は心肺機能等と同じ様に、身体に負荷をかけることで鍛える事ができます。具体的には深化のギリギリまで歪園に滞在して帰還、といったことを繰り返したりですね。そうして深度を鍛え、歪園での滞在時間を伸ばし更に探索を進める、というのが探索士の基本なのです!」


「おー!思い出した思い出した!なんかそんなこと言っておったわい!!・・・爺の授業は退屈じゃったから半分寝とったんじゃよね」


「ふふ、鼻から提灯を出したお姉様は思い出すだけで・・・っと、失礼しました。続きをどうぞ」


顔を赤らめ、夢想の旅へと出発しそうになったソルが直前で踏みとどまる。人前でトリップする訳にはいかないのだ。それにまだアザトさんの説明は終わっていないのだから、脱線し続けるのも彼女に申し訳ない。


「何か触れてはいけないものに手をかけた気が・・・コホン。まぁともかく深度計測についての説明は以上です。ちなみに先程も言いましたがその免許証は特殊な金属で作られていますので、深度によって全体の色が変わりますよ」


「なんじゃと!それは・・・いや、そういえばわし魔力カスなんじゃった・・・今回は許しておいてやるわい。────じゃがわしが許しても、ソルが許すかな?」


「ふふふ、お姉様のため、虹色に輝くきらきらカードをお見せ致しましょう」


「いえ、多分虹色にはならないんじゃないかなー・・・あと、魔力が低い戦士系の方でも深化の際、身体能力向上に魔素が使われるので魔術師の方と排出量は変わらないですよ」


ユエが落ち込んで、その直後に不貞腐れた様子をみせたかと思いきや、今度は急に不敵な顔で何故かアザトさんを流し目で見ていた。その横ではソルが任せろと言わんばかりにふすふすと鼻息荒く腕まくりをしている。

やる気満々な二人がどうやら勘違いしているようなので、アザトさんが控えめに訂正を入れていた。


「・・・む、よく考えれば確かに、そうでなければ近接職は歪園探索でお荷物になってしまうのう・・・なるほど、つまりわしにも虹色レインボーカードの可能性が・・・?」


「お姉様、二人で虹色を出しましょう!」


「いえ、だから虹色にはならないんじゃないかなー・・・あと虹色とレインボーは意味一緒ですよね」


もはや話を聞いているのか聞いていないのか分からない二人に、アザトさんは訂正をするのも面倒になってきている。いいから早く話を先に進ませろとでもいいたげなジト目であった。とはいえ合格して浮かれている受験者などこれまで飽きるほどに見てきたアザトさんは、一々水を差したりはせずに二人を待ってくれている。こういった気配りの利くところが彼女の人気の出る所以なのだろう。

そんなアザトさんもさすがにもう待てなくなったのか、二枚の用紙をユエとソルにそれぞれ一枚ずつ、今回もトレイに入れて差し出す。


「はい、もういいですか?ではまずは名前の刻印からしてしまいましょう。こちらの用紙にお名前を記入して下さい。あ、ペンはこちらを。筆跡等もそのまま複写されますので、綺麗な字でお願いしますね」


アザトさんの言葉に今度は二人とも素直に従い、言われた通りに手早く記名する。

そうして用紙に書かれた二人の名前。ソルはもちろん、意外というべきかユエも実に綺麗な字であった。


「わ、二人ともお上手ですね。ソルさんは文字の傾きや歪みも無くお手本のような文字ですね。どことなく気品すら感じます。ユエさんの方はクセはありますが文字に緩急がついていて、そのメリハリが何というか・・・どちらかといえば綺麗と言うよりカッコイイって感じです」


「一体なんのレポなのじゃそれは。筆跡マニアかおぬしは」


「世の中には色々な方がいらっしゃいますね・・・世界は広いです」


「人を変態みたいに言わないで下さい!・・・まぁ実際人の書く文字を見るのは好きなんですけど」


誰かの書いた文字を見るのが好きだ、という者はそう多くはない特殊な嗜好だろう。そんな好みを持つアザトさんにとって、協会の受付は天職なのかもしれない。あるいはその逆、そんな嗜好のためにこの仕事をしているのかもしれない。話が脱線しそうなのでユエとソルの二人はこれ以上の質問を控えたのだが。


「コホン。では不肖ながらこの私、歪園探索安全確保支援士協会グラフィエル支部窓口担当官シルフィ・ノーアが、お二人の刻名を執り行います。(あまね)く歪みを祓い、お二人のこれからに女神スヴェントライトの導きがあらんことを」


咳払いをし、真面目な表情でそう宣言するアザトさん。先程二人が名前を書いた用紙を白紙の免許証の上に重ね、何かの道具を順に翳した途端に彼女の手元が光り輝いた。魔力を利用した魔導具なのだろう、彼女の魔力光と思われる優しい光であった。数秒後、光が収まると重ねていた用紙がすっかり消え去り、二人の名前がしっかりと刻印された免許証だけが残っていた。


「ふぅ・・・はい!これにて完了です。再発行はもう一度同じことをしなくちゃダメなので面倒ですし費用もかかりますので、無くしたりしないで下さいね?」


「・・・そんなことよりいまの数秒間、情報量多すぎんか?聞き慣れない役職と名前がいきなり出てきおったぞ」


「最後は本音が出ていましたね。面倒なので、と仰ってましたよ」


だが二人は、どこか儀式めいた様子でアザトさんが行った不思議な光景よりも、興味を惹く部分が他にあったらしい。求めていたものとは違った二人の反応に、アザトさんは頬を膨らませていた。


「そんなことよりってなんですか!ここで普通は皆さん感動するんですよ!?そもそも役職はともかく、名前は違うって最初から言ってるじゃないですか!誰ですかアザトさんって!!それにコレを毎回やるってなったらそりゃ面倒くさいに決まってるじゃないですか!なんですかこの二人はもう!もう!」


どうやら先の言葉は刻印の際に毎回行うらしい。確かにこういった場では形式も重要となるものだが、ユエからすれば再発行の度に行うとなると、微妙に格好がつかないように思われた。

だがそれを口にすれば、恐らくアザトさんから今以上にぷりぷりとあざとく怒られるであろうことが予想できたので口を噤んでいた。


「す、すまんすまん。良い名じゃと思うてな。えーと・・・シ、シル・・・さん?」


「私も大変似合っていると思いますよ、シルさん」


「もう忘れてるし!!いいえ、いいえ!もうお二人がそういう方なのは分かってますから!!さっさと次行きますよ!!」


口を噤んだは良いが、結局二人は怒られることとなった。



ここまでお読みいただきありがとうございました

評価、感想、ブックマーク登録もお待ちしております

次回もよろしくお願いします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ