表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/103

第41話 合否発表

探索士協会の四階にある一室で、二人の試験官にもう一人の男を加えた三人が会話をしていた。

現在は試験終了から三十分ほど経っており、ユエにぶっ飛ばされた男が治療を受けているところである。


「あー、一応防具着けててよかったぜホント。───痛ッ!おいコラ乱暴に動かすな」


「ちょっとは我慢しなさいよ。昔はこのくらい日常茶飯事だったでしょうに、一級に上がってからちょっと弛んでるんじゃない?」


二人は探索士協会で週に一度、副業として試験官の役を担っている。

一方で、二人とも同じ部隊(パーティ)に所属しており、今でも探索を行っている現役の探索士でもある。

十年ほど前からここグラフィエルを拠点に活動しており、順調にキャリアを積み、様々な経験を積み、何度も死線を乗り越えてようやく一級探索士となったのが一年前。依頼に対しても真面目に取り組み、協会からの信頼も篤かったこともあり、その縁で今は試験官などという仕事も行っているのだ。


「ヴィリー、君が怪我をするなんて久しぶりなんじゃないか?それも受験生が相手ときた。まだ初心者だったころからリスク管理には人一倍うるさかった君が、怪我をして帰ってきたことなんてそれこそ数えるほどしか無かったと記憶しているんだが。油断はいけないね?」


そう言って怪我の治療を受けている男試験官に、どこか親しげに話しかけてきたのは、部屋の奥の執務机へと座る細眼鏡と髪を撫で付けたオールバックが特徴の男であった。

だが声をかけられた男試験官、ヴィリーは彼の言葉を否定する。


「これは俺と、そして()()の名誉にかけて言わせてもらうけどな。俺は油断なんてしていなかったよ。万全の状態で、正々堂々と試験をするつもりで戦って、そんで何も出来ずに負けた」


「あら、随分と素直ね?もうすこし言い訳でもするかと思っていたけれど」


「言い訳のしようもなかったよ。じっと注視していたのにまるで動きが追えなくて。防御もへったくれもないほどに疾かった。胸に打撃・・・あれは恐らく掌底か?まぁともかく、食らったと思ったら次の瞬間には壁に突き刺さってたよ。情けないことにな。・・・こうなると、試験前に床を割った話も事実だったんだろうな」


ヴィリーは先程の試験を思い起こし、反芻するかのように感想を口にする。

そんな彼の表情は悔しさと情けなさが半々といったところだろうか。


「ここグラフィエル探索士協会支部に於いて、押しも押されもせぬ一級探索士である君にそこまで言わせるとは、件の彼女ははてさて一体何者なんだろうね。こうなってくると共に受験していたという、やたらと美人なエルフの彼女も気になるというものだが、そちらはどうだったんだい、リスニ?」


眼鏡の男が今度は魔術試験を担当した女性試験官、リスニへと水を向ける。

リスニはヴィリーに対する言葉遣いとは違い、眼鏡の男へと敬語で答える。


「非常に優秀でした。文句の付けようもないですね。汎用魔術をいくつか使ったのみでしたが、全て詠唱を省略していました。それでいて威力の減衰などは見られず、それどころか一般的に使われている同一の魔術よりも威力が向上しているほどです。そんな技術を持ちながら、確実に手を抜いていましたね。底は全く見えませんでしたが、恐らく私よりも数段上の術者だと個人的には感じています」


リスニからみたソルの評価は最上のものだった。

先程行われた魔術試験はシンプルであった。攻撃役であれば的となる様々な物を魔術で攻撃してもらい、その威力を測る。支援役であればその効果量を実際に魔術をかけさせて測る、といったものだ。

探索士協の扱う魔術は基本的に、当てられて、かつ敵を倒せるかどうかだけが求められる。

ゆえに試験方法は単純なもので良いとされている。


「ベタ褒めだね・・・彼女は筆記も満点だったそうだよ。名前は・・・はて?そういえば名前を聞いていなかったな」


「支部長は相変わらず、抜けているのか単に興味がないのか・・・まぁ私達も受験番号しか知らないですけれど」


「それはいいとしてともかくだよ。結局のところ鬼人族の彼女の評価をどうするか、だったね。話を聞く限り、私はもう満点でかまわないと思うのだが。ここグラフィエル支部では初の満点となるだろうが、ヴィリーとの約束の件もあることだからね」


誤魔化すかのように眼鏡の位置を直し、話を本題へと戻す副支部長。

三人が今こうして集まっているのは他でもない、ヴィリーとリスニからユエの評価をどうすればよいか、と上申を受けたためであった。

実力は申し分なく通常であれば問題はなかったのだが、ヴィリーの発した二つの言葉のせいで面倒なことになっていたのだ。つまりは満点と失格のどちらを優先するのかである。

だが支部長の回答は思いの外単純明快であった。


「もちろん俺も満点で構わないと思っている。言い出しっぺだし、そもそも失格云々はちょっとした注意で言っただけだからな。むしろ俺を負かしたのに試験に落ちたなんてことになったら、現役探索士で試験官をやってる俺の立場が無い」


ヴィリーはもともと実力至上主義である。戦士であれ魔術師であれ、探索士に最も必要なのは戦闘能力であると信じている。極論彼は筆記試験すら要らないとさえ思っている。性格が破綻しているだとか、犯罪者だとかでもない限りは、実力が全てに勝ると考えて今までやったきたのだ。


リスニはヴィリーほど単純ではなく、戦闘能力と同じくらい歪魔や歪園に対する知識も重要だと思っている。だが、実技試験に於いては実力を見せてもらえさえすればそれでいいと彼女も考えており、ユエはまさにその実力を見せつけたのだから否やなどあるはずもなかった。


「私も同意します。最近は人的消耗も多く、探索士はいくら居ても多すぎるということはありません。それが実力のある優秀な者ならばなおさらです。彼女達とは是非、共に探索を行ってみたいと思っています。同盟(ユニオン)に誘ってみようかしら?」


結局二人の試験官からは否が出ることはなく、この場に於いてユエの満点評価は満場一致となった。

だが二人と支部長には解像度に差があった。


「では、彼女の実技は満点ということで構わないね。ところで二人に水を差すようで言ってなかったんだが、実は彼女は筆記が悪くてね、実技で満点をとっても不合格なんだ」


「「は?」」


自分を倒した相手が不合格など納得いかないなどと言っていたヴィリーと、同盟にでも誘おうかなどと考えていたリスニ。そんな二人はここにきて支部長から衝撃の事実を知らされることとなった。では今までの会話は一体なんだったのか、満点かどうかなど最初から関係がないではないか。

だがどうやら支部長の話はこれからが本題だったらしく、至極真面目な顔で言葉を続けた。


「そこで、だ。今しがた君たちも言っていたように、実力のある物を遊ばせておくなど言語道断。今後彼女が我らが探索士協会へ齎すかもしれない"何か"に比べれば筆記の点数など些細なことだ。そうだろう?そこで君たち二人に・・・特にヴィリー、君に頼みたいことがあってね」


ここまで言われれば、ヴィリーとリスニの二人は支部長が何を言おうとしているか凡そ理解できた。グラフィエル探索士協会の支部長である彼が冗談を言っているところなど、少なくとも二人の記憶には無い。

つまりはこういうことだ。

筆記で足りなかった点数分、彼女の実技の点数に下駄を履かせろ、と。


「それはその・・・不正、じゃないのか・・・?」


「いくらなんでも・・・その」


当然、話を持ちかけられたヴィリーとリスニは二の足を踏む。合格して欲しいとは思うが、だからといって不正行為に加担したくはない。

だが支部長は、そんな二人の言葉を予想していたかのように言葉を用意していた。


「いいや、不正ではないよ。そもそも合否のボーダーラインというものは、受験者達が過去の試験結果を参照して『恐らくこのあたりだろう』と言っているだけに過ぎない。いつのまにかそれが受験者達の間で真実のように語られるようになり、我々もそれに合わせる形を取ってはいたが・・・実際には協会の規約に基づいて定めらたものではないし、我々は満点が百点などとも明言していない上、何処にも明記されていない。つまりは白、あるいはグレーということだね」


探索士試験において二科目合計で150点以上とれば合格というのは、もはや周知の事実である。

だが支部長の話によれば、それはルールとして決められている訳では無いとのこと。


「あー、つまりその、どういうこと?」


「ヴィリー、君にも分かりやすく話すなら・・・」


「話すなら?」


「支部長の私が良いと言っているのだから、君はつべこべ言わずに採点用紙に『120』と書いて提出すればよろしい」


つまり今回の話し合いは、要約すれば『彼女を落とすよりも、合格にした方が協会にとってメリットが大きいと予想されるため、辻褄合わせのために120点をつけろ。あとはこちらでどうにかする』ということであった。支部長は恐らく、二人からの上申を受けた段階でそうするつもりだったのだろう。

こうして二人が上申した案件は、ここグラフィエル支部の最高責任者によるゴリ押しで幕を閉じたのだった。




─────────



実技試験を終えて数時間後、カフェで寛いでいたエイルを加えたユエ達は、現在実技の試験結果と、それと同時に発表される試験合格者発表を一階のテーブルについて待っていた。


「やけに大きな音がしたと思ったらやっぱり姉様だったんスねぇ。しかも結局地面割って失格って・・・いやー、笑い死にするかと思ったッス」


「ぐぬぬ・・・ぐうの音も出ん・・・」


「それに引き換え、姫様は相変わらず卒なく(こな)したみたいッスね」


「魔術師のほうは随分と楽な試験内容でした。魔術を放って当てるだけですからね」


机に突っ伏して小刻みに震えているユエと、いつもと変わりなくそんな義姉の髪を整えているソル。

同時に受験したはずの二人だったが、すっかり明暗が分かれていた。


「ま、イサヴェルでも試験は受けられるッスから。次頑張ればいいッスよ」


「くっ・・・わしだけ後輩・・・」


そんな折、試験の結果が発表されたのだろうか、不意に掲示板のほうが騒がしくなった。

受験者達の一喜一憂する声が聞こえ、その後声は徐々にどよめきへと変わってゆく。


「おい、アレ見ろよ!やべぇって!」


「・・・百点が満点じゃなかったのか」


「いやいや、お前も見てただろ?百点じゃ足りないって!あのヴィリーさんが壁に刺さってたんだぜ?」


「見た見た!いや見えなかったけど!凄かったよなぁあの娘」


聴こえてくるのは困惑や驚き、賞賛など様々な声。

だがテーブル席であるこの場所からでは、人だかりが邪魔となって掲示板がまるで見えない。


「ん、なんか騒がしいッスね・・・なんか嫌な予感がするッス」


「ふふ、私はよい予感がしますね。お姉様、行きましょう」


「わしだけ後輩・・・ん?んおぉぉ?」


立ち上がって掲示板を確かめにゆくエイルと、未だ震えていたユエがソルに引きずられながらそれに続く。二人よりも先に人混みをかき分け、掲示板の元へとたどり着いたエイルは急ぎユエの受験番号を探し、そして目を見開いた。

遅れて到着したソルは、当然だと言わんばかりに微笑みを浮かべながら、義姉の目を掲示板へと促す。

最後に、面倒そうに掲示板を見やったユエの顔が、徐々にその色を変えてゆく。


「い・・・いよっしゃぁー!!見たか駄メイド!これがわしの実力じゃー!!」


「いやいやおかしいッス!上限突破してるじゃないッスか!異議あり!!」


「やりましたね、お姉様。これで私たちは同期ですね」


掲示板には多くの受験番号と点数、そしてその合否が掲出されていた。

そんな掲示板の一番下にはこう書かれていた。


───受験番号102番 筆記 35点 実技 120点 計155点  合格



いいおに です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 読み始めたばかりで以前の話に書くのもアレですけど良い鬼なら『1102』では? 『102』ならいーおにと書いた方が語呂合わせになりそう。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ