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第40話 歪園探索安全確保支援士実技試験②

探索士協会内部の修練場ではいよいよ実技試験が始まろうとしていた。

なおユエは修練場の地面を叩き割った罪で、試験開始前だというのにたっぷり十分ほど絞られ、ついでに順番が最後へと回されている。教官の魔術によって修復自体は既に済んでいるがそこはそれ、だからといってお咎め無しという訳にはいかなかった。


「えー、ではこれより実技を開始する。なお居ないとは思うが、次に地面を割った者は失格となるので注意するように」


「ぐぬ・・・」


受験生達の前に立ち開始を宣言する教官からじろりと睨まれ、ユエはばつが悪そうにしていた。

筆記が悪かった分、ここで取り返さなければと意気込んでいたところで出鼻を挫かれる結果となってしまった。

内心では「直ったのだから別にいいじゃろ」などと思ってはいるものの、自分が悪いのも事実なので黙して従うしかなかった。実技で失格になどなっては目も当てられないのだから。

そんなユエを後ろから監督していた女性試験官はといえば、試験とは別のことを考えていた。


(周囲で見ていた者からの証言では踵落としで割ったと言っていたけれど・・・この子が?こんな大穴、魔術でもそう簡単には空かないと思うのだけれど。それこそ応用魔術、それも最低でも二級以上でないと無理じゃないかしら・・・?にわかには信じ難いわね・・・)


一般的に魔術はその難易度や殺傷力、規模などを勘案して十段階に分けられている。

十級から五級までが汎用魔術と呼ばれ、魔術の中でも基礎とされている。学園等で教えている魔術もこの範囲までだ。

そして四級から一級までを応用魔術と呼び、その難易度の高さも一気に跳ね上がる。使用者によってそれぞれ改変を加えられていることも多く、応用魔術を一つでも使えるのならば魔術師として一人前とも言われている。


そんな応用魔術の二級ともなれば使える人間も一握りだ。二級魔術が使用できる者は超一流といっても過言ではない。さらにその上、一級魔術ともなれば書物でしか確認出来ない魔術ばかりだ。行使できる者などほとんどおらず、それこそ各国にそれぞれ片手で数えられるほどしか居ない。


ちなみにソルが以前に行使した"光彩陸離"が二級に相当する。改変され過ぎていてもはや原型を留めていない上、厳密にいえば彼女が使ったときは"双束"という改変も行われているために一級魔術相当となるのだが。

ともあれ、それに匹敵するほどの威力がなければこの大穴は開けられないだろう、というのが女性試験官の見立てであった。


(でももし事実なら・・・この子は何者?試験官である私達よりも強いんじゃないの?)


探索士協会の試験官ともなればもちろん実力も相応のものが求められる。

魔術師の試験を担当する彼女もまた、その実力は当然高い。二級魔術ならばいくつかは行使することが出来るれっきとした超一流だ。


女性試験官がそのようなことを考えている間にも試験は進んでいた。彼女の担当する魔術の試験は近接戦闘試験後に行われる予定であるが、だからといって見なくても良いなどということはない。

彼女にも意見を求められる場合があるゆえ、今は集中しなければと彼女は気を引き締めた。


試験会場が壊されるなどというハプニングはあったものの、試験は順調に進んでゆく。

試験内容は別段奇を衒ったようなものではなく、教官との模擬戦で実力を見るだけである。受験生の人数を考えればなかなかに重労働なのだが、教官らからすればひよっこの相手をするだけでは疲労などさほども感じないのだろう。


この模擬戦は勝ち負けで結果を決めるわけではなく、最低限五級相当の依頼をこなせる程度に戦闘ができると認められれば点数を貰える。具体的には、小型の獣単体と戦っても十分に倒せると判断されれば良い。それだけ出来ればあとは現場に出て腕を磨くことが出来るからだ。実際にここまでの受験生はほとんどが丁度そのくらいの実力であった。教官に一撃入れられるわけではないし、終始あしらわれるだけだが基礎は問題ないといったレベル。二人ほどは「おっ」と思わせる素質を持っていたようで、実技担当の教官は彼らに80点という高得点を付けていた。


そうして一時間もたったころ、いよいよ本日の実技試験の最後、ユエの番が回ってきた。

ここまで見学していたユエは試験官の反応等から、おおよそ合格のボーダーラインを把握していた。だがユエはそれ以上、満点を取らなければならないのだ。満点を取ったところで不合格が決定していることなど知らないユエは気合を入れて臨む。


「さて、では始めようか。いつでも構わない、好きに攻めてきてくれ」


「あいわかった。・・・ときに、満点を取るには何をすればいいんじゃろうか」


「おっ、やる気だな?だが満点などそうそうやれん。過去にも、俺の記憶では一人も居なかった筈だ。だがそうだな・・・もし俺に勝てれば満点をやろう。どうだ、気合は入ったか?」


「なるほど、目標がハッキリしていて分かりやすいのう。・・・約束じゃぞ?」


「ああ、約束だ。探索士たるもの挑戦なくして先はない。まぁ頑張ってみてくれ」


近接戦闘を担当している試験官もまた実力は折り紙付き。その発言からも自信のほどが伺える。

だが一方で、横から監督していた魔術担当の彼女はどうにも嫌な予感がしていた。

先程の話、踵で床を軽く割ったというのがもしも誇張ではなく事実だったとしたら。


(・・・いえ、いくらなんでも心配しすぎね。彼は世界中に百人と居ない、現役の一級探索士よ?受験生なんかに負けたり────)


そんな彼女の思考は最後まで続かなかった。

目を離していた訳では無い。思考はしながらもユエのことは見ていたし、少し離れた場所から監督していたのだから、本人たちよりも状況はよく見えている筈だった。


二人が会話を終えたと思った次の瞬間にはユエのことを見失っていた。

否、正確にはユエの動きを視認できなかったのだ。戦闘に於いて、全ての動作には「起こり」がある。これは獣や歪魔とて例外ではない。走るならば重心を移動させる。殴るのならば腕を振り上げる。飛ぶのならば膝に力を込め踏み込む。

だが彼女には、ユエのそんな「起こり」すら見えなかった。


彼女は知りもしないことではあるが、ユエはこの国最強と言われ"渾天九星(ノーナ)"でもあるベルノルンと渡り合っている。いかに彼女ら試験官が一級探索士であろうと、超一流であろうと、ベルノルンよりも強いなどということは決してない。実力に自信のある彼女らでもそんなことは口が裂けても言えない。


であるならば。

彼女らにユエの動きが見えるはずなどなかった。

つい今しがた修練場の端まですっ飛んでいった男も、見えていなかっただろうことは想像に難くない。なにせ防御姿勢すら碌に取れていないのだから。ユエがわざわざ防具の上から手を抜いて殴らなければ、下手をすれば致命傷足り得ただろう吹き飛び方であった。それを表すように、修練場の壁に突き刺さった彼の胸当てはしっかりと破壊されていた。


「おー。画面端まで飛んでいったわい。・・・まぁあれだけすっ飛ばせば満点じゃよな?」


判定を下すものが居なくなってしまったために、そう言って女性試験官のほうへと問いかけるユエ。

倒せば満点と言質も取った上ですっ飛ばしたのだから文句なく満点だろう、と。

気がつけば同僚が飛んでいった、程度のことしか分からなかった彼女は、呆気に取られたままであった。


「おーい、どうなんじゃー?」


「え、あ・・・えっと」


ユエの再度の呼びかけにようやく意識を向けた女性試験官はユエが元いた場所、試験開始の立ち位置へと目をやり、言葉につまりながらもどうにか判定を伝える。


「えっと・・・あの・・・失格です」


彼女の目線の先には、ユエの踏み込みで盛大に割れた地面があった。

そう、割れた地面である。思い出されるのは試験開始前に男性試験官が言っていた言葉。


『えー、ではこれより実技を開始する。なお居ないとは思うが、次に地面を割った者は失格となるので注意するように』


彼は確かにそう言っていた。


「・・・あ」


ユエも、彼女の目線に釣られるように自らが元いた場所を見て、今更のように声を上げる。

こうして見事、失格によりユエは探索士試験に落ちたのだった。

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