第39話 歪園探索安全確保支援士実技試験①
わ、割りました
筆記試験日から明けて翌日、ユエとソル、エイルの三人は今日も朝から探索士協会へと足を運んでいた。
いわずもがな、二日目に行われる実技試験を受けるためである。
「いやー、昨夜はエラい目にあったッス。ここ、まだたんこぶが残ってるッス」
「ふん、自業自得じゃ」
まだ痛むのか、頭を擦りながらしょぼくれるエイル。
どうやらあの後、無事に捕獲されてたっぷりとお仕置きを受けたらしい。
「ふふ、私は見ていて楽しかったですよ」
「わしは無駄に疲れたわい・・・まったく、なにゆえこのような巫山戯た従者が出来上がったんじゃ」
目上の物をイジり倒して遊ぶメイドなど、恐らく世界中を探してもエイルくらいのものだろう。疲れた様子でエイルを見やり、大きなため息を吐くユエ。実際にはこの不遜な従者を作り上げたのは他でもない、ユエとソルなのだが。従者としてではなく、友人や家族と同じように接し、またエイルにもそうするように幼いころに約束をした結果が、今のエイルを作り上げている。
「いいじゃないッスか。どうせ実技は二人とも満点なんスから。遊べるのは昨日だけだったんスよ」
「やはり遊んでおったかこやつ・・・」
「もちろんッス。私は姉様で遊ぶためなら歪魔にだって魂を売るッスよ」
エイルはもはや隠す気もないらしい。彼女からすれば、ユエはくだらないことでも付き合ってくれる悪友的なポジションにあるのだろう。一方ユエからしても、エイルでしょっちゅう遊んでいるのでお互い様とも言える。
なおエイルも含め三人は知る由もなかったが、本試験は筆記と実技がそれぞれ100満点で、二つの合計点が150点以上で試験合格、つまりは75%が当落ラインとなる。
ちなみに先日のユエの筆記試験の点数は35点で受験者中最下位である。現時点で、仮に実技を100点で終えたとしても、すでにどう足掻いても不合格であった。
そんなユエとエイルの話を聞いていたソルが、何かを思い出したかのように両手を打つ。
「あ、それで思い出しました。昨夜、街中に歪魔が現れたようですよ。なんでも、凄まじく俊敏な二体の歪魔が街の中を飛び去って行ったとか。騎士団が報告を受けて現場に急行した頃には、既に姿が見えなくなっていたそうです。人的被害が出なかったのが救いだと、宿の受付の方が仰っていました」
「物騒じゃのう。下手をすれば死人がでるところじゃろうに」
「これだけ大きな街だと、やっぱ監視網も穴があるんじゃないッスか?知らないッスけど」
ここ王都グラフィエルは当然のことながら侵入者や敵襲に備え、常に兵士が監視と警戒を行っている。門はもちろん、街を覆う城壁の上にも監視が置かれ、昼夜を問わず常に兵士達が巡回している。
だがそれでも、エイルの言う通り、完璧に外敵をシャットアウトできるわけではないのが現実である。
目に見えない小さな穴は、どうしても存在してしまう。ソルの話す歪魔は、そんな小さな穴を抜けて来たのかもしれない。
「まぁ被害が出なかったというなら重畳じゃな。わしらも試験に集中できるわい」
「姉様は昨日の挽回をしないといけないッスからね」
「やかましいわ!」
そんな世間話をしながら、昨日と同じように受付へと向かう三人。なお受付は本日もアザトさんであった。そうして受付を済ませる一方で、昨日とは建物内の雰囲気が違う気がユエには感じられた。
探索士になろうという者たちはやはり腕に自信があるのだろうか、周囲の受験者達を見回せば昨日と比べ、皆やる気に満ちた顔をしている。
「ふむ・・・気負いすぎではなかろうか。空回りせねばよいがのう・・・」
得てして、そういった気合は空回りするものである。それを知っているユエは、どうにも彼ら彼女らが心配になってしまった。合格者数が決められているわけでもなし、今は同じ試験を受ける仲間のようなものだと思っていたゆえに。
「いつも実技試験の日はこんな感じですよ。むしろユエさんは落ち着きすぎです。腕に自信がおありで?」
アザトさんからすれば、受付嬢となってからもう何度も見てきた光景である。
これはいつも通りであるし、逆に昨日と同じく気の抜けた様子にも見え兼ねず、ユエのほうこそが浮いていると彼女が言う。
「む・・・どうじゃろうな。やってみんと分からんよ」
「私は戦いに関してはまるで素人ですが・・・なんでしょうね、ユエさんとソルさんからは、歴戦の探索士達ともまた違う、何か特別な雰囲気を感じます・・・なんてね」
そういってユエへと向けてウィンクをするアザトさん。
あまりに自然なその仕草をみたユエは、彼女の話の内容よりも「何人の男たちがこれに騙されてきたのだろうか」ということの方が気になっていた。彼女の容姿でこのような仕草を自然に見せられれば、それこそ歴戦の探索士といえどひとたまりもないだろう、と。
「ちなみになんじゃが、試験内容は教えてもらえたりするんじゃろうか」
とりあえず余計な想像を頭から追いやり、これから行う試験のことへと話を誘導する。
昨日余裕を見せた結果痛い目を見た手前、ユエは少し慎重になっていた。
「それは後のお楽しみ、です。ですが・・・先程書いて頂いた戦闘スタイルに合わせ、それぞれ試験内容が変わります、ということだけお教えして差し上げます!あとはダメですよ!」
両手でバツを作り、にっこりと笑ってみせる彼女はやはりあざとかった。
教えて貰えるなどと、さほど期待していなかったユエは肩を竦めてみせる。
そもそもユエは、魔術を使った試験でさえなければ自分にとっては恐らく問題ないだろうと思っているし、既に受験済みのエイルが太鼓判を押しているのだ。心配などなにもいらない、筈である。先日の一件が微妙に脳裏を過ったが。
「ふむ、まぁやるだけやってみるわい。では行ってこようかの」
「はーい!そこの廊下を真っ直ぐ進んで、外の修練場へ向かってくださーい」
元気よく手をふるアザトさんに見送られ、ひらひらと後ろ手を振りながらソルを伴って支持された場所へと向かう。ちなみにエイルは昨日と同じく、会話の途中で既にカフェへと駆け込んでいた。
そうして二人が向かった先には、大きな広場、グラウンドがあった。隅にはなにやら的のようなものがいくつも転がっており、鎧を着せられた人形や、何に使うのかわからない土嚢もあった。
アザトさん曰く修練場とのことだが、一目見ればまさにそうだと分かるほどに修練場であった。
受験開始時刻までは自由に待機していてよいのであろう、あたりを見回せば、既に何人かの受験者が準備運動を行っているのが見える。ストレッチを行う者もいれば、ペアを作り模擬戦を行っている者など様々である。
「ふむ・・・わしらも何かしておくか?」
開始時刻まで手持ち無沙汰となってしまったユエが、なんとなくソルへと提案をしてみたところ、ソルは乗り気であった。何やら嬉しそうですらある。
「よいのですか?では是非、久しぶりに組手など如何でしょう!」
「ふむり・・・どれ、ならばソルの成長を見せてもらうとしようかの」
ソルにとっては義姉との修練は何者にも代えがたい、至福の時間の一つである。
以前は毎日のように行っていた義姉との訓練は、このところ移動や移動中のハプニング等で回数が減っている。そんな中ユエから提案があったとなれば、彼女に否応などあるはずもない。元気よく即応するのは当然のことであった。
「ではいつも通り。わしに一発入れるかソルが降参するまで、じゃ」
「はいっ!今日こそは一本取ってみせます」
ぐっと拳を握りしめ、気合を入れたソルが、ユエから少し間合いを取って構える。
彼女らの組手はいつも同じだ。武器は用いず徒手空拳。
ユエが初手を譲り、基本的には受けに回る。ある程度経つと、ユエからも適宜攻撃を挟むようになり、最終的にソルが降参して終わるというのが今のところのお決まりとなっていた。だが今日こそは義姉から一本奪えるようにと、準備運動だというのにソルからは既に本番以上の気迫が溢れている。
そんな二人の様子に、何が始まるのかと周りの受験者たちも注目し始めた。自分たちの行っていた準備運動の手を止めてまで見物を始める始末である。
もともと目立つ容姿の二人だ。そんな二人がなにやら始める様子であれば、興味を惹くのも無理はないと言える。
「───往きますッ」
観衆の中、開始の合図を兼ねた声が響く。
途端にソルの姿がぶれ、いつの間にやらユエの背後へと。ユエやベルノルンなどとは比べるべくもないが、だがそれでも相当に早い。そこらの騎士程度では見失ってしまう程度には早いだろう。
事実観衆からは驚きと困惑の声が上がっていた。
ユエが必ず、初手は避けずに受け止めることを分かっているソルの初手は、威力重視の全力の蹴り。
ユエ直伝の、腰の捻りを最大限に加え、体重をしっかりと乗せた回し蹴りは狙い過たずにユエの頭部へ向けて放たれた。
その速度は、足の動きが振れて視えないほどである。
とはいえユエにとってはまだまだ遅い。弾けるような音と衝撃、ふわりと風を舞い上げつつも放たれた渾身の蹴りは、ユエの左手一本で受け止められてしまう。
「む・・・威力が随分と上がっておるな」
「くっ!───はあッ!!」
受け止められた足を引き抜き、勢いをそのままに後ろ回し蹴りを放つソルだったが、首を傾げるかのように少し頭を傾け、たったそれだけでユエには当たらない。
ソルは軸足を綺麗に刈り取られ、すっぱりと地面へ転がされてしまう。
「今のは手拍子じゃな。態勢を崩したままで無闇に放つ後ろ回し蹴りなど、そうそう当たらんぞー」
手拍子とは、相手の行動につられるがまま、よく考えずに打ってしまう一手のことだ。
つまりソルは、足を掴まれ初手をあっさり防がれたことで、すぐに次の手を打たなければと焦ってしまい、最も繰り出しやすかった後ろ回し蹴りを選択してしまった、ということだ。
だが後ろ回し蹴りは一時的とはいえ相手から眼を切ることとなる。態勢を崩していることで蹴りの速度も数段落ちてしまっている状態なのだから、選択肢としては微妙であるという指摘だった。
ソルは転ばされたといっても、ただ尻から落ちるような真似はしない。そんな姿を見せればすぐに拳を突き付けられて試合終了である。
片手を地面へと着き、円を描くように足払いへと繋げる。
単打では終わらず、一手ごとにしっかりと次へと繋ぐソルの体術は実に見事なものである。事実、周囲で見守る受験者達らは呆けたように口が空いている。彼らからすれば、深窓の令嬢もかくやといった様子のソルからは想像出来るはずもない、熟達した格闘術が眼前で繰り広げられているのだから。
とはいえソルの目の前に居る小さな化物、近接お化けからすればまだまだ足りない。
ソルの足払いもひょいと跳ねて躱し、そうかと思えばそのまま宙で一回転、ソルへと向けて踵を降り下ろす。身体の小ささを利用したコンパクトな動作から放たれた踵落としは、「とりあえず軽く一発」といったその見た目からはまるで想像できないような轟音を辺りへ撒き散らした。
当然の様に修練場の地面は叩き割られ、罅割れと共に大きな穴が開いている。
観戦していた受験者達はといえば、何が起きたのかわからないとでも言うようで、阿呆のように口を開いている。今しがた見ていた少女の動作と、それが齎した結果がどう考えてもつり合わない。
しかしそんな観衆の驚きや戸惑いを他所に、舞い上がる砂煙の中でソルは次の行動を起こしていた。義姉を前にして、この程度で一々止まっていればすぐに終わらされてしまう。
当然ながら先の攻撃は躱している。瞬時に風魔術を詠唱もせずに行使、自らの身体を吹き飛ばすようにして側面へと逃れていた。せっかくの土煙を利用しない手はないと考え、すぐさま反転して煙に紛れたまま接近する。
恐らく義姉は自分を見失ってなど居ないだろうが、義姉の防御を貫くには威力に拘るしかない。
砂煙の中、ユエの姿を確認したソルが選んだのは飛び膝蹴りだった。事ここに至り、避けられることなど考えている場合ではない。ただ威力だけを求めた選択。
ソルの想定通り、ユエは見失ってなど居なかった。
だがユエは受けることを選択する。これは義妹の成長を見るための組手ゆえに、それを受け止めるのもまた自分の役目であると。
かくしてユエの頭部へと正面から突き刺さったソルの膝は、しかしユエを倒すには威力が足りなかった。
「・・・いや普通に痛い!また腕を上げたのぅ!」
感想を述べながら、着地したソルへときっちり拳を突きつけるユエ。
今の自分にできる渾身の攻撃を真正面から受け、すこし額を朱くしただけのユエを見てソルは自重するように苦笑いを浮かべた。
「ふふ、やはりまだまだ足りませんか・・・参りました」
固唾を呑んで見守っていた他の受験者達だったが、どうやら二人の組手が終わったと悟ったのか歓声をあげて二人を讃えはじめた。色々と聞きたいことがあると言わんばかりに、皆が二人へと駆け寄ろうとした、その時だった。
「おい大丈夫か!!さっきの爆音は一体何だ!?怪我人は!?」
扉を開け放ちながら、恐らくは試験官であろう男女が大声で安否を確認しつつ修練場へと駆け込んできた。そんな彼らは辺りを見回し、修練場の惨事を目の当たりにする。
「全員無事・・・ですか?」
「うぉ、なんだこれ。魔術の暴発か?なんか地面に嘘みたいな大穴空いてるぞ。・・・何があった!?誰の仕業だ!?」
その問いかけに、受験者一同は顔を見合わせ、そして少しの間を置いてそっとある一点を指さした。
その指先はもちろん、大穴を明けた張本人の顔であった。
「・・・む?───おぉ!!わしか!?」
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