第12話 九界
短めです
駆けていった姉を見送り、ソルは魔法の準備を始める。
準備と言っても特段何かが必要な訳では無い。必要なものは己のみ。
「お二方、これより暫くの間私は周囲に気を配ることができません。ですのでその間、私を護っていただきたいのです。お姉様が向かわれた以上あちらは問題ありません。もしも周囲の歪魔等が現れた場合の、その保険と考えて頂ければ」
「あ、ああ・・・それはいいんだが、何をするつもりなんだ?」
「もちろん私も、全力でお護りさせて頂きます。ですがその・・・?」
ユエとソルの会話は聞こえていたが、阿吽の呼吸で行われた二人の意思疎通だけでは情報が足りなかった。
どうやらユエが足止めを行い機会を作り、ソルが止めを担うということは分かったのだが。
だが今の自分達では足手まといになってしまうことが分かっていたために、二人とも口を挟まなかった。
「"魔法"って言ってたか?それは魔術とは何か違うのか?」
「はい。おっしゃる通り魔法と魔術とは異なります。時間が惜しいので詳しい説明は省略させて頂きますが、乱暴に説明をすればつまり、魔術から汎用性を引いて範囲と威力を足したもの、といったところでしょうか。私とお姉様の愛の結晶です」
「あ、愛ですか・・・?」
「では、申し訳ありませんが宜しくお願い致します」
ちらりとユエの方を見やれば、すでに戦闘を再開しているようだ。
姉が自分に託してくれたのだ。こんなに幸せなことはない。ならば期待に応えるのみ。
そうしてソルは瞳を閉じ、自分の中の静かな世界へと潜っていった。
魔術とは、遥か昔に開発された技術である。
世界中を漂う"魔素"。人は誰もがありとあらゆる行為から意識せずとも魔素を摂取して生きている。
例えば呼吸や、食事。それどころか空気と接触しているだけでも皮膚から吸収される
そうして取り込まれた魔素は、時間とともに体内でそれぞれの身体に適した形へと変化する。その魔素が変化したものが"魔力"と呼ばれる。
変化の過程で魔力には個体差が生まれるために、それぞれ得手不得手がある。それが魔術適正へと現れる。
体内の魔力を操り、術式をなぞるように呪文で流れを補助し、身体の外へ放つ。それが魔術だ。
術式を自分で作成することが出来るようになれば、体内に魔力がある限りは望むように魔術を変化させることができる。
ちなみにユエは身体操作と同じように、魔力操作の技術だけは圧倒的である。エルフの中でも更に特別だと言われるソルよりも、だ。
にも関わらず魔術が使えないのは、魔力の放出が恐ろしいまでに下手だからである。
対して"魔法"とは。
魔力ではなく、周囲に漂う魔素を直接操る術のことを、ユエとソルはそう呼んでいる。
魔素を操作する理論は過去にもあったし、研究されていたこともあるらしい。だが今は全てが遥か昔に凍結されている。
理由は単純で、体内にある魔力を操作することに比べ、難易度が比べ物にならないほどに高いのだ。
ユエはそんな魔力操作すら初めから簡単そうにやってみせた。だが操作した魔素を、どうすることもできなかった。
だからソルに教えた。全てを感覚で行っているユエの言葉を理解できるのは、ソルしかいなかった。
ミムルですらユエが何を言っているのか理解できなかった。妹だけが、姉を理解していた。
魔法とはつまりイメージだ。妄想といってしまっても良い。
自分の思い描いた妄想に、空気中の魔素を操り、巻き込み、当てはめる。
ユエが作り上げた妄想という名の設計図。
その設計図をソルがなぞって放つ故に愛の結晶。馬鹿馬鹿しい話だが、その馬鹿が魔法を作り上げた。
容量の限られた魔力ではなく、辺りを漂いほとんど無尽蔵に存在しているともいえる魔素を利用する特性上、効果範囲や威力の上限が桁外れに高い。
世界中でたった一人だけが行使を許された術、それが魔法だった。
効果領域を設定する。姉は敵を打ち上げる筈だ。ならば目に映る空に、逃げ場は要らない。
威力を落とす必要もない。定めた領域以外に影響は出ないのだから。
事ここに至り、もはや悩むことなど何も無くなった。
「開け楽園───汝、恐れを知らぬ者。槍を砕き、龍を殺し、微笑み自ら生命を燃やし尽くす。水底の魔女さえ誘惑すること叶わず、いかなる謀略でさえ手は届かず。壮麗に輝く楽園が瓦礫と化そうとも、誰も愛を奪えない。我が血は高貴ならざる故に、冷たく淀む血で頬を染めることすら叶わず。故に願う。我に正義があるのなら、鎮まらない怒りの火を。──"九界"──『灼熱の世界』」
詠唱を終えると同時、轟音が鳴り響き狼人が空へと舞い上がるのが見えた。
ほら。
お姉様のことで分からないことなんて一つもないんだから。
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