どこ見て判断してるんですか!
僕がそれに気づいたのは、とてもとても遅かった。昨日もジロジロ見られてるなぁー、ちょっとやだなーとか思ってはいたし、今この状況になるまでに気がつく機会は絶対にあった筈なのだ。
寝癖を治す時とか、昨日買ったノースリーブの白いワンピースを着た時とか、電車の窓に映る自分を見た時とか。
「ねぇ、一緒に遊ぼうよ」
「それな、本当に可愛いからさどっか行くなら一緒についてってあげる」
二十代にいくかいかないか程の見た目の男の人にナンパされるまで気がつかないというのは、自分でも驚いている。
あれ、僕sayoyoさんに男って言った気がするな。というか言ったな。今僕めちゃくちゃ女の子だな、というか女の子より女の子してるな。白のノースリーブのワンピース?今そういえばそんなん着てるな、麦わら帽子まで被って。CMでしか見ないような絵に描いたような夏の少女やってるな。夏を身に纏ってるな。
自分が男という認識が一周回って強すぎる。ここまで気が付かない?
まぁ、この中でマシなのワンピースか?と手にとって、日差しが強いから帽子欲しいなと思って昨日買った麦わら帽子被って。
電車を降りて駅の南口の方へ向かう途中。まず一人目の茶髪をセンター分けにした人に進行方向を防がれ、それに気づいた僕がステップを踏んで回避行動を取ろうとしたところで二人目の黒髪マッシュの人に防がれたというのが今の状況。
「可愛いね」
「それな、今日一人?」
時計を見ると、乗り換えが上手く行ったために待ち合わせの時間にはまだまだ余裕はあるのだが、僕の心には何の余裕もない。
これってどうやってここから回避すんの?これsayoyoさんに何て言えばいいの?というか今僕の見た目結構ロリだけど僕で良いのか?
「アババババ」
脳の処理が追いつかなくなって意味のない言葉が口から漏れる。
「大丈夫?」
「それな、もし体調悪いんだったらほら近くに休憩する場所あるからいこうか?」
訳がわからなくなって放心状態になったところを見逃さない二人は僕の手を強引に取ろうとした。
「待ちな!」
大きな声に反射的に振り返ると、お嬢様とは違い恐らく地毛ではない金髪のお姉さんが立っていた。臍が見える黒のTシャツに、黒のスキニーパンツというイケイケな格好。キリッとした気の強そうな目が特徴的な顔をしている。
「さすがにその娘はやめときなって、そんなロリっ娘にまで手を出すっていくらなんでも。確かにめちゃくちゃ可愛いけどさ。なんなら私がアソビ、なんでもない」
「「じゃあ、お姉さん一緒に遊んでくれる?」」
謎の阿吽の呼吸でハモりながら近づいてくる二人。
「ありえねぇから!」
お姉さんは僕の手をとって早歩きでしばらく歩いた。お姉さんの気迫に圧された二人は追ってくることはなかった。
「ありがとうございます、こういうの初めてで」
「あなた可愛いんだから気をつけなよ?ここら辺あんまり治安が良いとは言えないからさ」
僕の目線まで屈んで微笑んでくれるお姉さん。
かっかっこいい!
「じゃあ、私行かないとだから」
ヒールの音を鳴らしながらお姉さんは僕から離れていった。
あれ、でもその方向って?僕もお姉さんと進行方向が同じだったので後ろをついていく。
「あれっ、あなたもこっちなんだ。少しかっこよく去ろうとしたのに」
「ここに行くんですよ」
スマホの地図アプリに指を指す。
「あっ、私と同じだね。一緒に行こうか私、ボディーガードやったげる」
またお姉さんに手を取られる。
僕めちゃくちゃ中身男ですけど大丈夫ですか?なんて言えるわけなく大人しく、僕に気を使ってさっきより遅いペースで歩いてくれているお姉さんについて行った。
「じゃあね」
地下にあるカラオケチェーン店に着き、お姉さんは受付の方に向かった。
『つきました』
僕はsayoyoさんにメッセージを送る。
すると、受付にいるお姉さんのスマホが鳴った。
お姉さんはスマホを見て何かを打ち込んだ。
僕のスマホが鳴る。
『私も今着いたところです』
『今どこにいます?』
お姉さんのスマホが鳴り、しばらくして僕のスマホが鳴る。
『受付中です』
お姉さんも気がついたようで、僕としばらく目を合わせる。
しばらくの沈黙。誰かが歌っている流行りの曲がはっきり聞こえる。
「あのォ、その、sayoyoさんですか?」
「う、うんそうだよ」
僕らは少し気まずくなりながら、案内された部屋に一緒に向かった。
部屋に入った瞬間、sayoyoさんに詰め寄られる。
「idetsukiさん、というかidetsukiちゃん。嘘は駄目だよ?私だから良かったけど、貴方まだ中学生くらいでしょ?しかも、男の人なんて言って」
そりゃそうだよね、つっこむよね。
しかし、sayoyoさんは僕のことを上から下までじっくり見た後、ある一点で視線を止める。
それは僕の胸元の辺り。
「ごめんなさい。もしかして歳上だったりしますか?」
「どこ見て判断してるんですか!」
思わず声が大きくなってしまった。
「ちゃんと17ですよ」
「成る程、後でいつも何食べてるか教えてね」
いや、いつもというかまだこのメロン抱っこして三日目です。
「idetsukiちゃん何で男の人なんて嘘ついたの?」
「いやまぁあれは何というか忘れてたとしか言いようが……」
「忘れてたって、idetsukiちゃん面白いね」
クスクスと笑うsayoyoさん。
なんとかいけたっぽいぞ。
「idetsukiちゃんさ、タメ口で良いよ?」
「いや、僕は仕事柄敬語の方が喋りやすいので」
「あー、執事やってるって言ってたもんね。というかメイドさんか」
「そうですね、それが絶対影響してます」
「idetsukiちゃんってさ僕っ娘なの?」
「へっ、はぁ、別に普通じゃないですか?」
sayoyoさんが不思議な表情をしているのを見て気がつく。
またミスった、普通じゃないね。
「アハハ、そうです。僕っ娘なんですよね」
「ふーん、お兄ちゃんとかがいるとたまに僕っ娘になる子もいるみたいだけどそうなの?」
「いや、僕一人っ子なんでナチュラルボーン僕っ娘です」
「そうなんだ」
それから僕たちは今やっているゲームの話をしたり、歌を歌ったり楽しい時間を過ごした。
退室十分前を告げる電話が鳴り、楽しい空気が崩れる。
「延長してもいい?」
「一時間までなら大丈夫です」
時計を見ると三時過ぎ、夜ご飯の買い物がまだ終わってないけど何作るかはもう決めてあるからさっさと買い物をしちゃえば五時半程には家に着けるだろう。
「あのね、私今日は恋愛相談しに来たの」
真剣な顔で僕の方を見るsayoyoさん。
「僕で良ければ」
恋愛経験ゼロの僕にアドバイスなんてできないかもだけど……。
「私ね、好きな人がいるの」
「成る程」
「その人は学校で一番美人で、頭も良くて、運動神経も抜群で、家もお金持ちなの私とは生きてる世界が違うの」
「漫画のキャラみたいですね」
「それをidetsukiちゃんが言ったら色々お終いなんだけど……まぁいいや、とにかくその人のことが好きになっちゃって」
「それって女性の方なんですか?」
「そう」
「本当に相談相手僕で良いんですか?」
「idetsukiちゃんだから良いの。ほら、ネットの知り合いってある種ドライと言うか俯瞰的に見れるでしょ?それに身近な人にこんな相談できない」
そう言ったsayoyoさんの顔は苦しそうだった。
こんな時、お嬢様だったらなんって言うかなぁ。あの人のことだからバッサリ行きそうだけど。僕は頭の中でお嬢様を想像する。
「あのですね、僕の友達の女の子が学校で一番美人で、頭も良くて、運動神経も抜群で、家もお金持ちな生きてる世界が違う女性を好きになったらしいんです」
『成る程ね、同性ということはもうこの際どうでもいい。悩むだけ無駄、どんだけ悩んでもお付き合いがしたいのであれば相手の了承が必要だから。そういう趣味じゃなくても人間なんて変わるもんだし。というかそんな完璧な人いるの?私だって家でこんなんなのに?』
とりあえず、空想のお嬢様の言葉を最後の方の言葉を切ってマイルドに伝える。
「確かにそうだね」
sayoyoさんは言葉を噛むようにして耳を傾けてくれた。
そこからsayoyoさんはその人がどれだけ素晴らしい人かと言うことを教えてくれた。楽しそうに話すsayoyoさんを見ていると時間はあっという間にに過ぎて、本日二回目の電話が鳴った。
「今日はありがとう」
「僕もありがとうございました。楽しかったです。また機会があれば」
「じゃあね」
反対側のホームに向かうsayoyoさんに手を振って、僕は家に向かった。
今日の夜ご飯のメインはきんぴらの豚バラ巻き。
ここからしばらく三日に一回程の更新になります。楽しみにしてくださっている方々、申し訳ありません。