女子事変
朝の五時三十分。僕はいつも通りの時間に起き、顔を洗うためにまだ開ききらない目を擦りながら洗面所に向かう。
「うーん、何か体に違和感があるんだよな」
洗面所の段差に引っかかり、大きな音が出てしまう。お嬢様が起きてしまったらどうしよう、とも思ったが寝室から音は聞こえない。
いつもより遠くにあるように感じる蛇口から水を出して顔を濯ぎ、洗顔フォームをつけて流す。大分開いてきた目で泡が残ってないかを鏡を見ながら確認する。
「ん?」
黒髪の美少女がそこにいる。僕の百七十五センチの身長と比べると大分小さい。どうだろう百五十センチないくらいだろうか。幼さを残した小動物のような目は、僕の瞬きにあわせて瞬きを返してくる。長く伸びた綺麗な黒髪が華奢な肩にかかり腰まで伸び、小さな顔のおかげで顔の余白が少ない。まっすぐ通った鼻筋に、触れば溶けてしまうのではないかと思うほどプルンとした唇。
「はーー!!?」
思わず出してしまった声は今度こそお嬢様を起こしてしまったらしい。寝室からうめき声が聞こえ、ばさりと掛け布団を跳ね除ける音、バタンと寝室の扉が開く音、ドタドタとこちらに歩みを進める音がして、洗面所の扉が開く。
「うるさいわね!この駄目執事!」
僕が仕える、冬神 刹那お嬢様は僕を罵った。
お嬢様は、僕の姿を捉えると目を大きくし、口を開けたままだった。僕も何を言っていいかわからなかったが、正気に返ったお嬢様が話しかけてきた。
「あんた、三笠をどうしたの?」
僕は驚いた、お嬢様の目が潤んでいたから。争いごとなどしたことがないだろう、細い、震えた手で僕の胸ぐらを掴む。
「私の、大切な執事をどうしたのって聞いてるの!」
僕の聞き間違いだろうか、お嬢様はいつも僕に文句を言うのだ。作るご飯が美味しくない、起こす時は優しく起こせ、気が遣えない。僕もその期待に応えようとはするのだが、どうもうまくいかずお嬢様を不快にさせてしまう。そんな僕をお嬢様は大切と言ってくれた。なんだか僕も涙が出そうだった。
「僕が三笠です」
震える声で僕はそう言った。
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「で?あんたが駄目執事の三笠だって言い張るの?」
リビングにあるいつも食事をとる机で、僕とお嬢様は向かい合っている。
「はい、僕が三笠 傑です」
いつもより高い声に違和感を持ちながら、肯定を表す。
「冬神財閥の令嬢である私の、執事だとあなたは言い張るのね?」
「そうでございます」
「じゃあ、私がいくつか質問するから、それに応えられたら少しは信じてあげる」
「はい」
「私のお母様の名前は?」
「フランシス・ルーゼハルト様でございます」
お嬢様のお母様であるフランシス様はアメリカ出身で、今もアメリカで冬月財閥の事業拡大に励んでいる。
お嬢様のブロンドヘアはフランシス様譲りで、金糸さえも霞む美しさを持っている。
はっきりとした御顔立ちも日本人とイギリス人のハーフであるフランシス様にそっくりであり、街を歩けばモデルのスカウトに毎回引っかかる。
ちなみにお父様である冬月 涼様は定住をせずに世界中を飛び回っており、長くお嬢様に仕えている僕でさえも数回しか会ったことはない。
「正解よ。でもこのくらい当たり前よね。ここに忍びこむってことは私の家族のことも知っているに決まっているもの。じゃあ次は調べてもわからないことよ?私が今通っている高校は?」
「花鳥高校でございます」
「ふーん、じゃあ私の好きな食べ物は?」
「ロールキャベツでございます」
「じゃ、じゃあ私の昨日の昼ご飯は?」
「私が用意したお弁当を食べるのを拒否して、購買で焼きそばパンを買っていました」
「わ、わ、私のブ、ブラジャーのサイズは?」
「Dでございます」
「なんでそんなこと知ってるのよ!この変態」
僕はお嬢様のビンタをくらい、気を失ってしまった。
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「う、うーん」
「あら、目を覚ましたの?駄目執事」
目を開けると、お嬢様が心配そうな顔で覗き込んでくる。
「も、申し訳ありません。お嬢様の手を煩わせてしまって」
よく見ると、僕は今ベッドの上にいる。お嬢様が運んでくれたのだろう。
「いいのよ、今のあんた軽いし」
「申し訳ありません、って、僕のこと信じてくださるのですか?」
「まぁ、まだ少し信じられないけど、あんたがずっと『お嬢様、お嬢様』ってうなされてたから……」
「ありがとうございます」
「それと、勘違いしないでよね。あんたが大切って言ったのは、あんたがいなかったら私の生活に支障が出るからなんだから」
お嬢様は恥ずかしかったのか、少し乱暴に寝室の扉を開け、今日はゆっくりしていいからと僕に告げてから寝室を後にした。
そんな訳にはいかないと、僕は起きようとしたけれど強烈な眠気に襲われてお嬢様の後を追うことは出来なかった。
やっぱTS百合が好きなんだ、私は!多分、更新はめちゃくちゃ遅いです。