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「いい?『時空の黄色い稲妻!タイガーぁー、イエロぉー!!』よ。手をガッと広げて、そのままジャンプするの。そして着地と同時に手を前に突き出すの。」

「こうだろ?」

「そうそう!いい?絶対間違えないでよ。卓也、タイガーイエローの登場シーン、完璧に覚えちゃってるんだから。」

「分かってるって。」

俺は若干苛立ちの混じった声で答えた。間違えるわけがない。これで本日15回目のリハーサルだ。これだけやれば、サルにでもできる。

「なぁ、XLサイズ本当になかったのかよ。」

俺はタイツに袖を通した時から感じていた不満を早苗にぶつけた。

「なかったわよ。私だって散々探したんだから。」

「だからってMサイズってのは…。」

俺は脱衣場の鏡に写った我が身を眺めた。

真ん丸と育ったビールっ腹にパツパツの太もも。そのくせ、腕は筋肉が衰えていて不恰好なほど細い。

「大丈夫。似合ってる似合ってる。」

早苗は俺の発言を受け流してさっさと風呂場の掃除を始めてしまった。

ヒローショーの後にもう一度風呂に入りたかったんだけどな。俺は小さくため息を吐いた。タイツの中に熱がこもる。

「大丈夫よ。タイガーイエローはカレーまんが大好きなんだから、それを沢山食べたってことにすれば良いんだから。」

ため息を聞いて誤解をしたのだろう、早苗のフォローがすかさず入った。そういうことじゃないんだけどな。そう思ったが、今度はため息を吐くのは止めた。

「じゃあ、卓也呼んでくるからね。」

早苗はそう言うと、脱衣場から出ていった。

俺はもう一度自分の姿をじっくりと見直した。これじゃヒーローっていうより、雪だるまだ。いや、お笑い担当のプロレスラーと言ったほうがしっくりとくるかもしれない。

これでヒーローが勤まるのか。自分自身の問い掛けにそんなわけないだろと苦笑いで応えた。じゃあ、卓也と早苗のヒーローには。その問い掛けには俺はどんな顔をすれば良いのだろう。

俺は答えを求めるように鏡の自分と視線を合わせた。肝心な答えは、タイガーイエローの機械的な顔に隠れて見ることはできない。

「タイガーイエロー!」

卓也の呼ぶ声が聞こえる。この声は俺とタイガーイエローのどちらを呼んでいるのだろう。

「ダメダメ。そんなんじゃタイガーイエローは来てくれないよ。」

早苗の声が聞こえる。やっぱりこういうのは早苗は得意だよなぁ。俺は笑みを浮かべた。鏡に写ったタイガーイエローの顔も笑っているように見えた、はずだ。

「タイガーイエロー!!」

また卓也の声が聞こえる。俺は勢い良く脱衣場の扉を開けた。

走る程の家でもない。だけど俺は全力で走った。下の階の中村さんと隣の部屋の土居さんには、明日の朝謝りに行こう。そう思いながら、全力で走った。

汗が噴き出る。体が熱に包まれるのが不快でならない。こんなにも変身タイツが不便なものであると知らなかった。

これからは、ヒローショーで頑張ってる人に敬意を示そう、俺はそう心に決めた。

リビングの扉を力一杯開ける。同時に卓也の歓声が上がった。

卓也の顔を見た。大丈夫、笑っている。視界の端に写った早苗も笑っていた、ように見えた。

間髪入れずに、声を張り上げる。

「黄色い稲妻!タイガーイエロー!」

そしてブヨブヨの手を懸命に強そうに見立てて、その場でジャンプ。



「ビリビリビリ!」



正に稲妻の音だった。

俺は呆然と立ち尽くす。

早苗と目が合った。予想していなかったわけではないのだろうが、まさか現実になるとは思っていなかったのだろう、口に手をあてたままキョトンとしている。

卓也は!?早苗も同じ事を思ったのだろう。同時に卓也に視線を移した。



笑っていた。大爆笑だった。

腹に手をあて、床を転げ回っている。あまりに可笑しかったのだろう。笑いすぎて喉がひくついている。

「い、いやぁごめん、ごめん。カレーまんを食べ過ぎちゃってな。」

俺は大げさなジェスチャーを付けて、おどけた声を出した。

「ねぇ。タイガーイエローさんもドジよねぇ。」

早苗のフォローがすかさず入る。

卓也はまだ笑っていた。ただ、うつ伏せの姿勢からでは、卓也の本心を探ることができない。

「情けない所を見せちゃったな。ハハハ。」

「もう、タイガーイエローさん、なにやってるのよ。でも、卓也。タイガーイエローさんだって失敗することもあるのよ。だから、卓也。失敗した人を馬鹿にしちゃいけないのよ。」

おいおい。ここで教訓かよ。俺は早苗を睨み付けた。

「ねぇ、ママ。」

卓也の声にハッとして振り向く。

「ど、どうしたの。卓也。」

早苗の声が微かに震えた。

「ど、どうしたんだ。た、卓也くん。」

俺の声は完全に震えている。



「タイガーイエローに、パパの服貸してあげたら。このままじゃあ、タイガーイエロー風邪引いちゃうよ。」

助かった。思わず隠しもせずにため息を吐いてしまった。同じ気持ちだったのだろう、もう一つ大きなため息が聞こえた。

「そうね。そうしてもらいましょう。」

「そうだな。そうしてもらおうかな。」

早苗と発言がほとんど一緒だった。なんだかんだで、俺と早苗は上手くいっているのかもしれない。

「じゃあ、僕取ってくるよ。タイガーイエロー、一緒に行こう。」

卓也はそう言うと、俺の手をグイッと引っ張って、リビングの扉を開けた。早苗と目が合った。早苗は胸を撫で下ろすジェスチャーをしていたずらっ子のように舌を出して笑っていた。。

「ねぇ。」

リビングの扉を閉めると、卓也が話し掛けてきた。 「どうしたんだい。卓也くん。」

卓也がまだ幼くて良かった。心からそう思う。

「ありがとう、パパ。」

「え?」

「タイガーイエローの真似してくれて、ありがとう、パパ」

前言撤回。

「い、いつ分かった?」

「だって、タイガーイエローが家に来るわけないもん。」

そりゃそうだ。

「それに…。」

「それに?」

「タイガーイエローのポーズ、そうじゃないもん。」

「えっ?でもママが…。それにパパだってちゃんと観てるんだぞ。」

「この前、『ハイパーダイナモ』でタイガーイエローがパワーアップしたの。それでポーズが格好よくなったんだよ。」

「パパ、その時いなかったか?」

「パパ、ゴルフだったじゃん。」

「…ママは?」

「ママは、町内会のお掃除。」

「なんだよ。それー。」

俺はその場でへたり込んでしまった。タイツの割れ目からだらしない贅肉が飛び出していたが、もうそのままにしておいた。

「でも、嬉しかったよ。パパ頑張ってくれたし。」

なんだよ、息子にフォローされるって。そう思うと、情けなくて、恥ずかしくて、でも少しだけ、ほんの少しだけ嬉しい気持ちになった。

「コノヤロー、パパを馬鹿にしやがって。」

俺はそんな嬉しい気持ちを誤魔化すように卓也の頭をクシャクシャに撫でた。

「わぁー、ごめんなさい。」

卓也は笑いながら俺の手から逃れるように体をくねらせた。

あぁ、そういうことか。

俺は卓也をギュッと抱き寄せた。

「なぁ、卓也。今度の日曜日、遊園地行こう。」

「えっ、遊園地?」

「そう、わいわいパークだ。本物のタイガーイエローに会いに行こう。」

「本当!?」

ほーら、やっぱり。

「あぁ、本当だ。」

「約束だからね。」

「あぁ、約束するよ。だから卓也。早く服を持ってきてくれないか。このままじゃ、パパ風邪引いちゃって、今度の日曜日わいわいパーク行けなくなっちゃうよ。」

「分かった。今持ってくるね。」

そう言うと卓也は寝室へと駈けていった。

やっぱり。あれが卓也の本当の笑顔だ。偽りのヒーローを見破った時の笑い声や仕草は、全部無理してやっていたんだろう。

卓也はそういう子だ。やさしくて、ちょっとませてて、そのくせまだまだ甘えん坊で。そして、そんな子のパパが、俺だ。

「いいの?あんな約束して。」

振り返ると早苗が立っていた。よく見ると、目に涙が溜まっているようにも見える。

「あぁ、任せとけ。俺はこの家のヒーローなんだから。」

俺は胸を叩いてみせた。 「じゃあ、もうちょっとダイエットしなきゃね。」

すかさず早苗のツッコミが入る。

早苗はそういう奴だ。しっかり者で、でもどこか抜けてて、家族のことを第一に考えてて、ちょっと涙もろう。そして、そんな早苗の夫が俺だ。

「何言ってるんだ。これでも俊敏に動けるんだぞ。」

そう言って、俺はシャドーボクシングをやってみせた。

ジャブ、ジャブ、ストレート、相手のフックをかわして、必殺のアッパー。

「うわぁ、パパ、ダサーい。」

着替えを持ってきた卓也が笑っている。

「ねぇ。パパ、盆踊りしてるみたいよね。」

卓也から着替えを受け取った早苗が笑っている。

「おいおい、こっちは真剣なんだぞ。」

反論する俺も笑っている。

よーし。ラストだ!

「トゥ!タイガーキック!」

出来もしないハイキックをやってみせた。ハイキックのつもりのキックはミドルキックとなり、片方の足でバランスを崩して、俺は尻餅をついた。3人の笑い声がきれいに整った。卓也も早苗も俺も笑っている。俺は、こんな家族の小さな幸せを守っていきたい。タイガーイエローみたいなヒーローになれなくていい。我が家のヒーローにもなれなくてもいい。ただ、この家族の幸せを見守る、そんな存在でいられたら良い。


「ちょっと、夜なんですよ!」

「田辺さん。何か大きな音が聞こえましたけど大丈夫ですか。」

チャイムの音とともに中村さんと土居さんの声が玄関の向こうから聞こえてきた。

明日はゼリーの詰め合わせでも買って謝罪だな。

偽りの中年ヒーローは、そう心に決めた。

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