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「はあーぁー。」
思いっきり出したため息は、独特なエコーで浴室全体に広がった。
風呂から上がったら、俺は決断しなければいけない。多分脱衣場には、いつものヨレヨレスウェットじゃなく、日曜の朝に見慣れたあの黄色のタイツが置いてあるのだろう。
早苗は昔から行動力のある奴だ。こうと決めたらそこに向かってまっしぐら。『猪みたいな奴なんだよ』、部下に妻の話題を聞かれたらこう答えるようにしている。
今回だって何軒もお店を駆けずり回ったにちがいない。『だって卓也が喜ぶ顔が見たいじゃない。』、理由を問われればきっとこう答えるはずだ。ただ今回は度が過ぎている。
「はぁーあー。」
また大きなため息を出してしまった。俺はため息が浴室全体に広がるのを聞かないように、わざと大きな音を立てながら顔をバシャバシャと洗った。
なんでこんなことになってしまったのだろう。俺は今一度自分自身に問い掛けてみた。まぁ、正解はとうに分かりきっているのだけれど。
卓也とその約束をしたのは、2週間前の金曜日。確か俺が、会社の同僚と居酒屋をハシゴした日だ。
その日はすごい寒い日で、よしじゃあ酒でも飲んで暖まろうってことで、1軒目で仕事の労をねぎらって、付き合いで2軒目に出掛けて上司と部下と家族の愚痴で盛り上がって、勢いで3軒目に向かって、…そこから先は覚えていない。
早苗の話によると、その後俺は、深夜2時くらいに帰宅して、寝ている卓也を無理矢理起こして、おもちゃ箱をひっくり返して、早苗のお説教をまるで聞かずに、卓也が大事にしているヒーローのフィギュアを掴み取って、こう高らかに発言したらしい。
「パパはこいつの親友なんだ!!」
今考えると、なんともくだらなく、そしてなんとも馬鹿げた発言だった。こんな発言を会社の飲み会でしゃべったとしても、笑ってくれるのは、酒に弱くビールジョッキ半分でベロベロになってしまう向井くんぐらいだろう。それほど、現実味も面白味もない発言だったのだ。 しかし、子どもの発想力というか心の清らかさってのは、俺が考えていたよりも断然質が良かったらしく、卓也はその話を思いっきり信じてしまった。
「ホント!?じゃあ、僕をタイガーイエローに会わせてよ。お願い!」
子どもは時に幼稚で、子どもの発言の影響力なんてものは微々たるものだ。ただ、酒に酔った大人の方がさらに幼稚で、そのくせ発言の影響力は凄まじい。
「あぁ、いいぞ!いつでも会わしてやる!卓也はいつがいい?そうかそうか。よしじゃあ次の次の金曜日だ!パパが携帯電話で呼んでやるから。ん?大丈夫だよ。怪人ってのは日曜の朝にしか現われないんだ。だから、金曜日は大丈夫なんだよ。ん?そうそう。神様が決めたんだよ、『怪人さんは日曜日にしか地球に来ては行けません』って。だから、卓也。金曜日楽しみにしてろよー!」
子どもの頃、友達と『タイムマシーンがあったらどうする』という話題で盛り上がったことがある。その頃の俺は『戦国時代に行って活躍する』と明言していた。ただ、大人になって分かった。タイムマシーンはもっと生活に密着したものに使うべきだと。そして、今なら断言できる。俺が使うべきタイムマシーンの日付は、2週間前の金曜の深夜2時だ。
「あなた。そろそろ準備しないと。卓也が寝ちゃうわよ。」
脱衣場から早苗の呼ぶ声が聞こえた。『寝てくれたほうが好都合なんだけどな。』、そんな叶いもしない願いはため息と共に浴槽に吐き出した。
俺は顔をバシャバシャと洗って、勢い良く浴槽から飛び出した。
さぁ、偽りのヒローショーの始まりだ!
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