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「なぁ、やっぱり止めたほうがいいんじゃないかな。」
そう言う僕を尻目に妻の早苗は着々と準備を進めている。
「やっぱり現実味がないよ。ほらあの時は俺も酒飲んでたしさ。それにそんな嘘なんて誰だって付くじゃないか。俺だって、この前課長に『フグご馳走してやる。』って言われて喜んで行ったら、結局割り勘だったんだぜ。なぁ、それと同じようなもんだろ。」
「ふーん。フグなんて食べたんだ。」
「いや…。それは…。」 まったく!なんで『フグ』の方に食い付くんだ。俺は『嘘』のほうに食い付いてほしかったのに。
「とにかく。ちゃんと準備はしておいたからね。後はちゃんとやってちょうだい。」
早苗はそう言うと、キッチンに向かって夕食の準備を始めた。キッチンからは、先程からカレーのスパイシーな匂いがしている。
昼食もカレーだったんだけどな。そう思ってはいるが、それを口に出して言うことはしない。
さっきの『フグ』の件は、かなり彼女をイライラさせたはずだ。そんな時に昼のカレーに触れてみろ。一方的に口撃の攻撃を受けてすぐにノックアウトだ。『早苗の口撃は上司の説教よりもダメージが強い』。それが夫婦生活の中で得た一番の情報だ。
いや、今は早苗の作ったじゃが芋がごろんと入った絶品カレーの話なんかはどうでもいい。それよりもあっちの問題をどうにかしなくては。
やるしかない。結論からすればそれは明確。でも、覚悟がなかなかつかない。その覚悟の部分が俺を一番悩ましている。
「卓也ー。ご飯よー。おもちゃ片付けて手を洗ってらっしゃい。」
「ハーイ!」
早苗に呼ばれて、俺の悩みの原因がリビングへとやってきた。この早さでは多分おもちゃもろくすっぽ片付けてなんていないんだろう。
俺はさっきまで卓也が遊んでいた部屋を覗き込んだ。
やっぱり。見渡すかぎりおもちゃが散らばっている。その中でも、俺は一つのおもちゃに、やはり目がいってしまう。くそ、こいつさえいなければ。そんな目で、本来は何の罪もない、いやテレビの中では絶対的ヒーローなこいつを、俺はついつい睨んでしまうのだ。
「パパ、ご飯できたよ!」
「あぁ、今行く。」
俺は憎きヒーローを最後に睨み付けてから、部屋を出た。
キッチンでは、卓也と早苗が楽しそうにおしゃべりをしていた。今日の卓也はいつもより少し興奮気味だ。まぁ、それも無理はない。なんたって今日、我が家に、卓也の憧れの者が方面する予定なのだから。
俺はそっとため息を吐いて、冷蔵庫に向かった。
「今日は、お酒は飲まないでね。」
俺の行動を予測していたのだろう、早苗の声が背中に突き刺さる。俺は無言で扉を閉めた。
「残念でした。」
テーブルに戻った俺に、早苗は可笑しそうに微笑みながら、キンキンに冷えた麦茶を渡してきた。まぁ、今日は仕方がない。これも…麦を使っている。
「ねぇ、パパ。」
俺がテーブルに着くのを待っていたのだろう、卓也は身を乗り出して話し掛けてきた。
「ん?」
嫌な予感がする。まぁ、だいたいこの手の予感は99%、いや確実に当たりはするんだが。
「今日、タイガーイエローが家に来るんだよね!?」
ほーら、やっぱり。
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