魔王様視点
慌てて出ていったフィリナさんに驚いていると師匠の笑う声が聞こえてきた。私は眉を寄せて言う。
「師匠……。からかったんですか?フィリナさんのことを。」
師匠は肩を震わせながら言った。
「フィリナさんは面白いね。すごく顔に出てた。」
私ははぁとため息をついた。
「何を言われたのかは知りませんが、いじめないでくださいね。」
私の言葉に明らかに不満そうな顔になる。それには触れずに話を進めた。
「魔石、ありがとうございます。」
「別に構わないよそれくらい。また贈り物かい?」
「いえ、これは私的な買い物です。」
私の言葉には返事をせず、師匠は煙管を吹かす。煙と煙草の独特な匂いが部屋の中を満たした。慣れ親しんだその匂いになんだか懐かしい気持ちになる。師匠は顔を上げると、思い出したように言った。
「そうだ、ヴィア。私のことをフィリナさんに言ってなかったみたいじゃないか。まったく、伝えるべきことはしっかり伝えなさいと以前から言っているだろう。」
…伝え忘れていた。
師匠のお叱りを黙って聞き入れる。しばらくお説教が続いた後師匠はため息をついた。
「君のせいでフィリナさんにどういう関係なのか聞かれてしまったよ。」
そうなのか?彼女が私のことに興味を持つなんて珍しいな。
意外なことだったのでおもわず聞いてしまう。
「どういう風に答えられたんですか?」
「君の育て親と言ったよ。彼女凄く驚いていたねぇ。」
育て親か…。私の感覚としては半分当たりで半分違う。確かに親に捨てられた私を拾ってここまで育ててくれたのは師匠だ。でも、同時に私にとっては魔術の手ほどきをしてくれた師匠でもあるのだ。だから親だとかいう意識はあまりない。
私が曖昧に頷くと、師匠は頬杖をついて言った。
「君がここに来たのは私をフィリナさんに会わせるためだけではないだろう。」
早く本題にと促されたので話始める。
「師匠、魔物の売買の件の調査はできていますか?」
「ああ、大方目星はついた。おそらくはこいつだろう。」
そう言って数枚の紙を手渡してくる。それを受け取り、ざっと目を通した。
予想通りだったな……。これで解決するといいが……。
眉間を揉みながらため息をつく。師匠がからかうように言った。
「まったく、こんなことも調べられないなんて。魔王城は上手く回っているのかい?」
「お望みでしたらいつでも席を開けますが?」
「いいや、遠慮しておくよ。私は隠居しているからねぇ。ところでオルドとリテアは元気かい?」
「相変わらずですよ。」
私の答えに師匠は懐かしそうに微笑む。私が魔王になる前は師匠も魔王城で働いていた。リテアとオルドとは特に同じ世代で仲良くしていた。
「もう今の魔王城は私が知っているのとは違うのだろうね。」
師匠は少し寂しそうな顔をした。でも直ぐに笑顔になる。
「だが、君が治めている魔王城ひいては魔界のほうが私がいた時よりも随分いいのだろうね。」
「師匠、それは買いかぶりすぎですよ。でも前より良くなっているといいです。」
私が魔王になる前、つまり前魔王の時代は散々だった。秩序がなく荒れており、街中での乱闘など日常茶飯事だった。
それを数百年かけて統制したのだ。もちろん師匠や他のみんなの力を借りて。
フィリナさんは前の魔界を見たら驚くだろうな。今とは全然違うからな。
驚いてあんぐりと口を開けているフィリナさんの様子を想像して少し笑う。それを目ざとく見つけた師匠が笑って言った。
「もしかして今フィリナさんのこと考えたのかい?」
図星をつかれて少し動揺する。師匠は昔から心が読めると言われているくらい人の気持ちを言い当てる。
フィリナさんも何か言われたのだろうな。
師匠はふと真剣な顔をした。
「ヴィア。君はフィリナさんのことを好いているのかい?」
「……。」
突然の質問に言い淀む。師匠は問い詰めるように言った。
「答えなさい。これは大事なことだから。」
「……愛していると思います。」
そう答える。恐らく出会った時から彼女のことを好いていた。そしてそれはいつしか愛に変わった。
私の答えに師匠は虚をつかれたような顔をした。
「……まさか君からそんな言葉が聞けるとはねぇ。」
「何がですか?」
「なんでもないよ。君がそういうなら安心だ。それで、いつ伝えるんだい?」
「伝えるつもりはありませんよ。」
「え?」
師匠は驚いている。けれど私の答えは変わらない。
「まさか、君が振られるのかどうか危惧しているという訳では無いだろう?」
「ええ。」
「だったらなぜ?」
「彼女にはもっと相応しい相手がいるからです。」
師匠はため息をついて呆れた目をこちらに寄越してきた。でも私はそれに何も言わない。
彼女には私は相応しくない。彼女ならもっと素敵な相手を見つけられるはずだ。私よりも。
「……もしかしてあのことを気にしているのかい?それは君のせいでは……。」
「だとしても私は汚れすぎている。」
フィリナさんは綺麗だ。きっと私の過去を知ったら嫌いになる。
「……だから伝えない、と。」
師匠がぽつりと言う。私は静かに頷いた。
「でもねぇ、私はフィリナさんが君の過去を知って嫌いになるような子ではないと思うんだよ。」
「……はい?」
「それにね、きっと君が思っているよりフィリナさんの君への想いは大きいよ。きっと諦めない。」
「それでも……私は……。」
「まぁ今はそれでいいよ。」
師匠は煙管を咥える。そしてふっと煙を吐いた。それはゆらゆらと陽炎のように揺れていた。
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