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別れ、再開、恋の行方。

作者: tempp

 私は魔女。魔女ということは世の中には秘密なの。

 そしてモテモテなのだ。これまで何百人も人と付き合った。なぜだか別れてもすぐまた新しく彼氏ができる。モテモテなのは私のせいで、魔女であるせいではない。決して怪しげな秘薬を使って他人をトリコにしたりするわけじゃぁないの。ここは大事なので強調する。つまり健全に普通の人間としてお付き合いをしているの。だって魔女だって言っちゃうと、とかく全ての都合の悪いことを魔法に関連付けようとする輩が多すぎるんだもの。まったく。


 けれども私はどうにも飽きっぽくて怒りっぽい。

 これも別に魔女であるせいじゃぁなくて、生まれつき怒りっぽいの、念の為。

 それでその結果、私は恋愛体質で、惚れっぽくてすぐ付き合うんだけどすぐに別れてしまうんだ。魔女といっても必ずしも強じん無双な精神を持ってるわけでもない。だから別れるときはだいたい元カレのことはぶっ殺したいほど大嫌いなんだけど、そんなふうにイラついた気持ちを心のなかに保管しているのも不健康。そう思うよね?

 つまりそんなものはとっとと自分の中からポポイと追い出してしまうのが吉でしょう。


 そこで取りい出したるのがこのリング。じゃじゃん。そういう時にとても便利なリングでお別れリングと名前を付けた。

 これは私が開発したとても細いリングなんだけど、相手の薬指につけて術を発動して翌朝になったらお互いのことをすっかり忘れてしまうのだ。それで術が発動するとリング自体は透明になって物を透過する性質が付与されるから生活に支障はない。誰も指輪の存在に気づくことはできない。ステルス機能も完璧だ。

 それで私は元カレなんかすっぱりきっぱり忘れ去り、新しい恋にダイヴすることができるのだ。


 彼氏とは今日でお別れすることをすっかり決めた。

 こんな思い出なんて明日の朝にはすっかり忘れているはず!


 それで隣で寝っ転がっている彼氏の肩をつっついた。ここは映画館で、隣からはすぴーすぴーと音が聞こえる。ちゃんとすっかり眠っている。さっき無駄に入ったカフェでアイスコーヒーにに眠り薬を混ぜたんだ。こいつは私にふさわしくない。

 顔はとてつもなく好み。スクリーンから溢れる光に照らされて影をつくるほどよく高い鼻筋とそこから繋がるちょっと分厚目の唇。弓を描くように細い眉毛の下には今は閉じられているがキラキラと煌めく瞳が隠れている。うーん、本当に好み。

 けれどもだらしないところが許せない。デートの約束をしたら3回に1回はすっぽかす。3回に1回は1時間は遅刻する。最初は許せていたのに時間がたつとだんだん許せなくなってくる。今日だって1時間も遅刻しやがって! せっかく予約してたチケットがだめになっちゃったじゃないか! 次の回を奢ってくれても1回分は払っちゃってるからお得感なんてまるでない!

 つもりつもって私と彼氏、いやもはや彼氏じゃなくてこいつだ。こいつを繋いでいた見えない何かはもうすっかり目減りした。けれども憎たらしい気持ちもこれで最後! すっかり寝こけている顔を最後にじっくり堪能したら私は出ていくんだ。

 そして私には次の恋が待っている!

 新しい彼氏が!

 祝おう!

 新しい出会いを!

 ……でももうちょっと見ていこう。


 未練たらしく眺め回して最後にその指に細いリングをはめようとした。そしてなぜだかうまく入らないことに気がついた。こんなことは初めてだ。エイエイと力を込めても上手く行かず、突然パキリという音がして頭がチリリと傷んだ。

 なんだ、これ。

 見ると手元で指輪が砕けていた。そして指の周りにも破片が散らかって、キラキラとスクリーンの光を反射していた。この指輪は細いけれどもそれなりの強度はあったはずだ。そして次の瞬間、何週間か分の記憶が突然流れ込んできた。それは代わり映えせず目の前のこの顔の素晴らしく美麗なこいつに当たり散らしている記憶。


 あれ?

 何故?

 よくわからないぞ。

 ……。

 …………。

 ……………………。 


 まさか、まさか私がこいつと付き合うのは2度目なのか?

 確かにの顔はとても好みではあるんだけど。うーん。

 そこで嫌な予感がした。このリングはとても細い。そうそう入らなくなるという自体は考えがたい。まさか……。


 ごくりと喉がなる。おそるおそる、怖いもの見たさで私はこれまで使用したお別れリングのステルス機能をオフにする呪文を唱えた。シュパと私だけが見える光が指と指の間を放電のようにたゆたい、そして霧散してこれまで使用したリングに向かって飛び立ったりはせず、隣に眠る彼氏の指に集約された。真っ暗な映画館の中で元カレの指が光り輝いている。

 私は悶えた。


 その薬指にギチギチにハマったリングを見た。

 うわぁ。これ、いくつあるのさ。

 1,2,3……駄目だ、数え切れる量じゃない。そして私は無数の光が『飛び立たなかった』ことを思い起こした。

 ひょっとして、まさか。

 私はひょっとして、何百人もと付き合ったという記憶はあったけれどもその詳細についてはお別れリングの作用で忘れてしまっていた。ひょっとしてそれは『何百人』という人数ではなく『のべ何百人』というだけで、全てはこいつ一人と付き合っていただけというのか?


 慄く。確かに顔はものすごく好みではあるのだけれど。

 本当に恐る恐る、主には怖いもの見たさで全てのお別れリングの効果を解除した。1回も2回も同じだよね、そんな軽い気持ち。けれどもその途端、『のべ何百人分』ものこいつとの出会いと暮らしと記憶喪失が頭に去来し、あまりの脳みそへの負荷がもたらす痛みにのたうち回った挙げ句、ほとんど同じ経緯で出会ってほとんど同じ暮らしをして、ほとんど同じところでブチ切れて飛び出すことを繰り返しているということを理解した。

 私……別にモテモテじゃなかったのか。ひどく落ち込んだ。


 落ち込んで……それでなんかもうどうでもよくなった。

 生まれ変わったらまた会いたいというドラマや映画はよく聞くけれど、というかこの映画のラストも多分そんなようなものだけれども、私たちは全ての記憶を失ってなお、何百回もめぐりあい直し、付き合い直してぶっ殺したいと思いながら別れているの、か。

 そうするとなんだかこの出会いが奇妙に運命的なものに感じ、何百回もブチ切れ続けるた彼氏の欠点は飽和しすぎてもはやどうでもよくなってきて怒りも淡雪のように溶け、相変わらず好きすぎるその美しい顔の唇にキスをした。


 きっと私とこの彼氏は明日も一緒にどこかにでかけているんだろう。何百回も別れても何百回も出会い直したくらいなのだから。


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