隠しきれない先輩と気づかない俺
『かんぱーい!』
俺は先輩とカチンッとグラスをぶつける。
「はぁー、毎週この日がオアシスだよ!」
先輩はそう言いながらグラスいっぱいに注がれたハイボールをグイっと飲む。
「ちょっと先輩飛ばしすぎですよ」
「え?そう?大丈夫だよ、私お酒に強いから」
「そんなこと言って、いつも酔いつぶれているじゃないですか」
「マジ?覚えてないわ」
「記憶飛ばしてますやん。それはダメでしょう」
「まあまあ、いいじゃないか。せっかくの花金なんだ、君も先輩である私のおごりなんだから、じゃんじゃん飲んでいいよ」
「……それじゃあ、お言葉に甘えて」
俺はそう言って、生ビールを一気に飲み干す。
先輩はその姿を見て嬉しそうに笑う。
「おー、良い飲みっぷりだね!やっぱり君が飲んでるを見るのは気持ち良いわ~」
「それは良かったです。……何撮ってるんですか」
「いや、あまりにも気持ち良い飲みっぷりだから写真撮っとこうと思って」
「……さいですか」
先輩はそう言いながら、スマホを見てニヤニヤする。
そして、スマホを口元に近づけて何か囁く。
「スマホの待ち受けにしよっと」
あまりに小さすぎて聞こえなかった。
「……何か言いました?」
「い、いやなんでもないよ。さぁ、まだまだ時間はあるからさ、気が済むまで飲もうよ。すいませーん、ハイボールもう1杯!」
その気が済むまで飲んだ先輩の世話をするのはこの俺なんだが……
まぁ、気になっている人と一緒にお酒を飲めるというのとても良い事だから別にいいのだけどね。
こんなでもとても仕事が出来ると言うのだから驚きだ。
「人は見かけによらない」というがまさにこの人はそう。
俺も何度仕事で助けてもらった事か。
そんな先輩に俺はいつの間にか好意を抱いていた。
でも先輩はいろんな人が狙っているという噂がある。
だから僕はこうやって先輩と飲めるだけでも大満足なのだ。
……と思っていたのだが、
「アハハハハ!君の話はいつ聞いても面白いね!全く良いつまみだよ。アハハハハ!」
「……そんなに笑ってもらえて嬉しいです」
先輩と飲むのはやっぱり大変なのだ。
「まったく、君という人は良いなぁ~、家で飼いたい!」
「な、何言ってるんですか。ダメに決まってるでしょ」
「うふふ、もちろん冗談だよ、じょーだん、えへへ。そうだ、君って今彼女いるの?」
「えっ?いきなりどうしたんですか?」
「ただ単に気になっただけよ。そうでどうなの?」
「……いませんよ」
「えっ!いないの!意外だな~」
「そうですか?」
「そりゃそうだよ!君って優しいし、仕事できるし、イケメンだし、性格良いし、もう完璧、パーフェクトヒューマンだよ?それなのに彼女がいないなんて」
「……なんすか、喧嘩売ってるんですか?」
「いやいや、そういう意味じゃなくて、君、女性社員の中だとすごく評判が良いんだよ?」
「ホントっすか?」
「本当だよ!みんな君のことを狙っているんだよ。……まぁ、私もだけど」
「?」
「だ、だからさ、意外だなと思って」
へぇー、そうなんだ。
俺のことを狙っている人がいるとは。
最後はボソッと言ってたから何言ったか聞こえなかったけど、先輩がそう言うならそうなのだろう。
だからと言って、俺が先輩を好きなのは変わらないが。
「それでさ、じゃあ君は好きな人はいるの?」
「ふぇ?」
「逆に君がなんか気になっている人とかいないのかなと思って」
まさか好きな人からこんな質問が来るなんて。
これはこれでショックなのだが。
「……いますよ」
「えっ!いるの?だれだれ教えてよ!」
「えー、流石に嫌ですよ」
「でも、先輩誰にも言わないよ?」
「それでもダメです」
「じゃ、じゃあヒント!ヒントちょうだい!お願い!」
やめて!俺のライフもMPもとっくにゼロよ!
なんで先輩はそんなに俺の好きな人が知りたいのだろうか。
「……同じ部署の人です」
「同じ部署か!いったい誰だろう~、うちの部署の女の子皆可愛いからね~」
「そ、そう言う先輩こそ彼氏とかいないんですか?」
「うん?私?」
「はい」
「うーんそうだな、知りたい?」
「それはまぁ」
「ニシシ、教えな~い」
「……」
「嘘嘘、いないよ」
そうなのか……良かった。
でも、先輩の方こそ意外だな。
「先輩こそ意外ですね」
「そうでしょ?意外でしょ?みんな見る目が無いんだよな~」
「本当そうですね、先輩可愛いし、優しいし、可愛いし、仕事バリバリできるのにもったいないですよ」
ハッ
ヤバい、マズい、これは言い過ぎた。
そう思って先輩の方に顔を向けると先輩は顔を真っ赤にさせて固まっていた。
それから俺の視線に気づいたのか、無理やり口角を上げて笑う。
「ア、アハハハ、君は面白いな!そんな冗談が言えるなんて」
そう言いながら肩をバンバンと叩いてくる。
そして、グラスで顔を隠す。
「ま、まさかこんなことを言われるなんて。う、嬉しい~」
「せ、先輩大丈夫ですか?」
「あ、大丈夫大丈夫!そろそろお互いに良い感じで酔ってきたようね。お開きにしましょうか」
「そうですね、そうしましょう」
そうして、お互い席を立つが先輩は酔っているから体勢を崩してしまう。
俺は間一髪のところで先輩を支える。
「だ、大丈夫ですか。やっぱり飲みすぎですよ。」
正直に言うとこれはいつものお約束だから、この後は先輩の「大丈夫大丈夫、ちゃんと歩けるから」というのが返ってくるはず。
だけど先輩は凄く狼狽した様子で「だ、だ、大丈夫だから!」と言って一人で会計に行ってしまう。
……ホントに大丈夫だろうか?
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「今日もごちそうさまでした」
「こちらこそ、いつも付き合ってくれてありがとね」
「いえいえ、先輩と飲むのは楽しいですか」
「うふふ、そう言ってもらえて嬉しいよ」
「それじゃあ、いつも通り先輩を送っていきますね」
「ホントいつもすいませんね」
「そう思うなら飲みすぎないでください」
「それは無理!」
「……さいですか。それじゃあ行きましょうか。……先輩?」
俺が歩き出そうとすると隣にいる先輩はスルッと俺の手と自分の手を繋ぎ合わせてくる。
「い、一体何を?」
「何って手を繋いでいるだけだよ?それがどうかした?」
「い、いえなんでもないです」
「うん?顔が真っ赤だよ?どうかしたのかな?……まさか君が好きな人って」
「あぁ、もう行きますよ!」
そう言って俺は早歩きで歩く。
「ちょ、ちょっと待ってよ!おいていかないで!」
そんな先輩の声を聞きながら俺は先を歩く。
追い付かれたくない。
酔いのせいじゃない真っ赤な顔を見られたくない。
はぁー、俺はいつ先輩に思いを伝えられるようになるんだか。
そんなため息がまた夜の闇に消えていった。
皆さんこんにちわ 御厨カイトです。
今回は「隠しきれない先輩と気づかない俺」を読んでいただきありがとうございます。
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