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氷結の咆哮、光が見る夢  作者: 如月 茜
水の国と大地の国と俺
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その物理の宿題、提出されませんよ

 と、いうわけで。

 冒険者になるために申請しに行ったはずなのに、結果は〝冒険者として不適格〟だった俺。

(ある程度のパラメーターやステータス、スキルがないと認定されないらしい)

 ハルさんに「修行が必要だな」と言われ、早速俺達は〝水の国〟へと旅立つために船に乗り込んでいた。


 修行って…。

 部活の練習、合宿みたいなものだろうか。

 それともどっかの漫画で見たような、常軌を逸したものなのだろうか。

 どっちにしろ、大変であることに変わりはなさそうだけど…。


「ハルさん」


「あ?」


 船の中にある食堂みたいな、広々とした部屋に椅子や沢山の人(冒険者かな)がいる部屋で、俺とハルさんは軽食をとっていた。

 ハルさんは丸いパンと、ジョッキに注がれた酒を飲んでいる。

 俺はというと、何も食べる気力もなく

 柑橘系の味がするジュースをちびちび飲んでいた。


「水の国ってどんなところですか」


「んー、この世界の大半の人間が一度は行く国だなあ」


 というのも、水の国というのはかなり神聖な国で

 冒険者も一般人も、その国にある神殿で祝福を受けたり、清純な水で身体を清めてもらいにいくために

 水の国を訪れるらしい。

 生まれた赤ちゃんに水神の加護を授かりに行ったりするんだとか。


 そんな神聖な国に住む〝大賢者〟って、どんな人なんだろう。

 そして、そんな神聖な国でどんな修行が行われるのだろう。


「ところで」


 俺は素朴な疑問をぶつけてみた。


「結構色んな国に行けてますけど、冒険者の登録っていります?俺」


 色んな国と言っても、まだ3つの国しか行けてないが。

 俺の問いに、ハルさんは酒を一口飲んで話し始める。


「それはな、ショウ。誰でも行ける国にしか行ってないからな」


「へ…あ、そういうことですか」


「そう。大地の国も水の国も、基本誰でも入国出来るのさ。火の国だってあの時メリーダンスナイトロールがちょうどあったけど、本来なら上級以上の冒険者が傭兵としてくること以外港は解放されてないんだぜ」


「…まじすか、なるほど」


 やっぱり冒険者になるしかないのかあ。

 こんな普通すぎる高校生が、本当に漫画やアニメで見たような冒険者になれるのだろうか。




 たどり着いた〝水の国〟は、地面がほぼなく、道路の代わりに水路が街中を巡っていた。

 家は水面に浮いていて、どうやら大きな船の上に家が建っているらしい。

 水は透明に近く、下を見ると水没した建物がいくつもあるのが分かる。


「水の神殿までちょっとかかるから、船借りていくぞ」


 水の国での移動手段は小舟が多いらしい。

 ハルさんは慣れたかんじで水路脇に停まっている小舟の船頭さんに声をかけた。


「水の神殿まで」


「はいよっ」


 船頭のおじさんは慣れた手つきでオールを漕ぎ、船はゆっくりと動き始めた。

 いつも移動で使ってる大型の船よりも揺れは少なく、俺はゆっくりと街並みを観賞することにした。

 揺れないように低めに作られている家々。

 大地の国よりは小さいものの、市場もなかなかの盛り上がりだ。

 日差しはそこまでキツくはないが、傘をさした人が船に乗ってる人もいる。


 そういえば、俺のこの格好は周りの人にどう見られているのだろうか。

 ダウンジャケット脱ぎたいけど、中制服だしな…。


「あっ!」


 しまった、大切なことを思い出した。

 前に座っていたハルさんがこちらを見る。


「どうした、ショウ?」


「物理の宿題今日提出で…あ…」


 言いかけて気付いた。

 物理の宿題とか、やってもやってなくても関係ない。

 ここはもう、俺の知ってる国ではないのだから。


「いや、なんでも…ないです」


 あーあ、なんでこんなことになっちまったんだろう。

 ま、物理の宿題提出しなくていいからいいか。




 船で着いた水の神殿は、洋風の街並みと打って変わって

和風の神社のような風貌だった。

 船着場に船を寄せ、水の神殿に足を踏み入れる。

 セナトゥス城より派手さはないけれど、厳かな雰囲気が辺りを包んでいる。


「ようこそ水の神殿へ。身体のお清めでしょうか?それとも祝福の祝詞をご所望でしょうか?」


 入口にいた人が尋ねてくる。

 ハルさんは「大賢者に会いに来たんですけど」と

 提示された選択肢のどれにも当てはまらない言葉で返した。

 すると、水の神殿の人は首を横に振り、きっぱりと言った。


「それはできかねます。大賢者様は多忙の身故、ご面会をお断りしております」


 その言葉に面食らうハルさん。


「え、ここで大賢者に修行してもらえるって聞いたんだけど…」


 ここで不意に、俺の脳裏にアカデミーで読んだ本の一文が蘇る。


「あ…ハルさん、もしかしたら水の国の───」


 と、その時だった。

 どん、と強い衝撃音が神殿を揺らす。


「う、わっ!?」


 足元がふらつき、手すりに腰を打ち付ける。


「なんだ!?」


 ハルさんが腰に下げている武器に手をかける。

 いつもの笑顔じゃなく、初めてハルさんと会った時の、鋭い眼光だった。


「な、なにが…まさか…大賢者さまの身に、なにか起こったのでは」


「そりゃまずいな…大賢者はどこにいる!」


「お、奥の…本殿かと…!」


「よし、ショウ、行くぞ!」


「ええっ!?」


 ハルさんのとんでもない発言に、俺の喉からは素っ頓狂な声が出る。


「俺が守ってやるから、ついてこい!」


「えええっ!?!?」


 何言ってんだこの人。

 そう思った刹那、足元に水がざあっと流れ込む。

 勢いはないが、水の色はさっき見た透明のものよりも少し濁っていた。

 なんだか嫌な予感がする。なんとなく。


「ショウ!行くぞ!」


「~~~~~~っ!」


 もうどうにでもなれ!

 俺はハルさんの後を追った。




 奥の部屋にたどり着いて、俺は目を疑った。

 部屋に浮く、大きな水球。

 にしがみつく、青緑色の髪の女の子。

 水球はぐるぐると暴れ、その姿を球に留めていなかった。

 そして、水球のあちらこちらから濁った水が漏れている。


「こんの…大人しくせいというに!」


 今にも暴れてる水球から振り落とされそうな少女に、ハルさんは大声で呼びかけた。


「助けに来たぞ!何か出来ることはあるか!?」


 少女はハルさんの声に気付き、こちらに視線を向ける。


「おお!助っ人か!心強い!おいお前、なんでもいい、攻撃魔法を使えるか!?」


「なんでもいいなら使えるぞ!炎魔法でいいか!?」


「頼む、この水球に一撃浴びせてくれ!とびきりのやつをな!」


 少女の一言にハルさんは両手を合わせ、何かを呟きはじめる。


「焔、今ここに現れ閉じれよ縛れ、火鎖(フランマ・アルマ)!」


 するとハルさんの身体から幾つもの赤い線が現れ、水球に向かって飛び出していった。

 それらは暴れていた球体に絡みつき───赤く燃える線から無数の棘が何本も何本も伸びては水球を突き出し、動きを完全に止めた。


「ナイス!」


 女の子は水球から飛び退き、手を水球にかざす。

 水球から漏れていた水は収まり、水球本体も緩やかな動きへと変化していた。


「ふうー…なんとかなったが、さて、どうしたものか…」


 少女は水浸しになった身体をプルプルと震わせ、水滴を払う。


 そして俺達に改めて向き合い、「…感謝する」と、浮かない顔でお礼を告げた。


「お主らが来てくれねば、窮地を脱せなかったやもしれん。水神様も最近不機嫌が過ぎるので困っておるのじゃ…」


 女の子は裾を握りしめ、水を絞る。

 そして言葉を続けた。


「ところでお主ら、水の国の住人じゃなかろう?水の神殿になんの用じゃ」


 女の子の瞳も、髪と同じ青緑色をしていた。

 身長は俺の膝くらいしかなく、来ている服も少し大きめだ。


「あー、大賢者様に会いたかったんですけど、もしかしてあなたが…?」


 ハルさんが尋ねる。

 いかにも、と少女は答えた。


「水の国の国王、もといこの国を統べる大賢者、ヒスイじゃ。その面だとなにかワケありのようじゃな。助けてもらった礼に、話くらいは聞いてやっても良いぞ」



 大賢者というから髭をたっぷりたくわえたおじいさんかと思ったのに、びっくりすることだらけで脳が追いついていかない俺がいた。

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