序の口の序の口(ゼロからのスタート)
適当に平積みされている本を手に取っても、なんやかんやで収穫はあるもので。
例えば、〝水の国〟の水質が過去最低レベルにまで何物かに汚染されている、とか
〝機の国〟で新たなテクノロジーが開発された、とか
アカデミーの奥にある古びた歴史書?を開けば〝魔王〟がいて遠い昔にどうのこうのあった、とか
壁に貼ってある地図を見ると、どうやらこの世界は俺がいた世界と違って平面な世界である、とか
魔法の基本は四大元素を知ることからのスタートで、術者のレベルに応じて威力や範囲が変わるなど
適当な本を取っても、この世界のことを何も知らない俺に新たな知識として蓄積されていくのが分かる。
とりあえず分かったことは
・〝水の国〟…最近水の汚染が問題となっている
・〝金の国〟…錬金術の街なんだとか
・〝大地の国〟…世界中の書物が集まるセナトゥス・アカデミーがある
・〝火の国〟…アーテルとアルブスが永遠の戦争を行っている(らしい)
・〝木の国〟…今は〝機の国〟と呼ばれている(らしい)
・〝土の国〟(情報なし)
・〝天空の国〟(情報なし)
・〝海の国〟…人魚と共存している(らしい)
・〝W・E自治国〟…世界の果て
という、9つの国があるらしい。
国の情勢はよく分からなかったが(そこまで探すのが面倒だった)火の国のトップはハルさん曰く「お飾り番長」らしいし、大地の国は治安がいいらしいし、国によって様々な自治の形があるのだろう。
…多分。
あと気になるのは魔王の存在だ。
どっかのゲームじゃあるまいし、まさか俺が魔王と戦う…なんてこと、ないよな?
平凡な高校生にそんな力があるわけない。
あるわけないし、そもそも魔王はある日を境にこの世から姿を消してしまったらしいから
魔王と直接対峙することはなさそうだ。
そして。
残念なことに、俺が住んでいた世界の情報はどの本にも一文字たりともなかった。
ホントに悪い夢を見ている気がしてきた。
適当な席で項垂れる。
大きなため息をつくと、知らない女の人に静かにするように諭された。
俺、これからどうなっちゃうんだろう。
机に突っ伏す。
脳裏に浮かんだのは、落下する俺を見つめる母親の顔。
目を見開いて、俺の名前を呼んでいた。
母さん、今何してるんだろう。
「ショウ」
不意に俺の名前を呼ばれて、ビクッとした。
身体を起こすと、そこにはハルさんが立っていた。
「どうだ?なんか分かったか?」
「いや…」
そうか…とハルさんも残念そうな顔つきになるが、すぐにその表情が変わる。
「ショウ、もしかしたらこの世界のどこかにお前を知ってる奴がいるかもしれねえぞ」
「いないですよ…」
世界中の書物が集まるこの場に、俺の住んでいた世界の情報が何一つないってことは
つまり俺のことなんて知ってる人なんて誰ひとりいないわけで。
だんだん思考がネガティブになっていく。
もしかして、雪国に住んでいたっていうのが夢だったのか?
「そう気を落とすなって、俺にいい考えがある」
「いい考え…?」
完全に脱力していた俺の腕をぐいっと持ち上げ、ハルさんは再び俺の腕を引っ張って歩き始めた。
「ちょっと、ハルさん!」
「まあまあ、いいから」
なすがまま、俺はハルさんに連れられてアカデミーを後にした。
次に連れてこられたのは〝アドヴェンチャー・ステーション〟と呼ばれるカウンターだった。
アカデミーの受付と違い、たくさんの人でごった返している。
「ハルさん、ここはなんですか?」
「ここはな、世界を旅するための許可証を発行してもらう場所だ」
「世界を旅…?」
するとハルさんは俺の双肩をがしっと掴み、目をキラキラさせて俺を見つめた。
「この世界にはもしかしたらお前を知ってる奴がいるかもしれんべ?だからショウ、冒険者の登録して世界中を旅して知ってる奴を探せばいい!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
急な展開に、俺の背中に汗が伝う。
「俺、冒険したことないし、そもそも普通の高校生で!戦闘能力とかなにもないし、何もできないですし!」
「始まりはいつも唐突だ!」
「何言ってるか分からないんですけど!?」
この人、ガチで言ってる。
首を大きく振って、必死に抵抗する。
「っていうかマジで、俺無理です!」
「ショウ、心配するな!」
「心配どころが不安しかないですって!」
「大丈夫だ、俺も一緒に行く!」
…へ?
ハルさんの顔を見ると、真剣な表情で俺を真っ直ぐ見つめていた。
「ショウに戦闘スキルがなくても、俺が護衛してやるから安心しろ!」
「え、ちょっと、ハルさん、だって戦争は!?つーか大体ハルさんって確か隊長で偉いんじゃ!?」
「俺一人欠けたって戦争の勝敗に影響はねえよ。それに、この世界のこと何も知らない奴に『じゃあサヨナラ』って言えるほど薄情なやつじゃねえよ、俺は」
「いや、でも…」
戦闘経験がある人が一緒に来てくれるのはありがたい申し出だった。
でも、本当に、この人に頼んでいいのだろうか。
「いいんだよ、俺が選んだ道なんだから。ショウは気にするな。俺のわがままなんだからよ」
そう言ったハルさんの表情は、どこか晴れやかに見えた。
「じゃあスキルと現段階のステータスの確認しますね」
そう言われて案内された場所は小さな部屋だった。
部屋の真ん中には淡く光る水晶が、なんの原理か分からないけれど宙にフワフワと浮いている。
「手をかざしたらしばらくそのままでお願いします」
なんか小説やアニメでよく見るやつだ。
言われた通り手のひらを水晶にあてる。
ぴり、と肌を冷たい空気が撫でた。
不意に、雪下ろしをしていたあの瞬間を思い出す。
朝の空気のように、冷え切って、澄んだ空気。
「…はい、ありがとうございます。結果が出るまで、待合室でお待ちください」
こんなんで自分のステータスが分かるもんなのか?と疑問を抱きつつ
俺は小部屋を後にした。
待合室に戻ると、ハルさんが一足先に待っていた。
どうやら冒険者の登録が終わったらしい。
登録することのメリットは、どこの国でも通行できるパスポートみたいなものが得られること。
冒険の手柄によって報酬が払われること、などがあるらしい。
「まあ俺は火の国で実戦経験があるからな、冒険者登録には時間がかからんわけよ」
「そうなんですね」
「ショウのステータスが気になるな…忘れてるだけで意外とポテンシャルが高かったりして」
「そんなわけないじゃないですか」
とか言いながら、もしかしたらチート級のスキルとか持ってたりして。
そうすればこの世界で無双できるじゃん、最強じゃん。
そうなったら金持ちになって悠々自適に過ごそう。
…勿論、元の世界に帰れる情報も集めつつ。
〝雪国で育ったただの高校生がひょんなことで異世界転生~オールカンスト&チート級のステータスで世界征服する話~〟
そんな話が始まる───。
わけがなかった。
受付の人から渡された一枚の紙には俺のステータスが記載されていて。
見方が分からなかったのでハルさんにそれを見せると、ハルさんは苦笑いして俺に告げた。
「…びっくりするほど普通だな、ショウ」
「え。」
体力の値も平均値、魔力量もほぼゼロ、特殊技、特殊ステータス検知なし。
普通!平凡!一般人!
…が、俺らしい。
つまり〝冒険者として不向き〟ということ。
不向き=冒険者にはなれないってことになるわけで…。
「こりゃ冒険者になるために、ちょっとした修行が必要みたいだな…」
「…ホントですか」
「俺が護衛するとは言ったけど、限度があるからな…。それに、ショウ自身でなんとかしなきゃいけない時が来るかもしれんし、せめて魔法の一つは習得したほうがいいと思うんだよな…体術は俺が稽古をつけるとして、問題は魔法か…」
とりあえず、大賢者がいる〝水の国〟に行くか。
ハルさんはそういうと、俺の肩をバシっと叩いた。
「水の国に行けば、魔法が使えるようになるんですか?」
「水の国を治める〝大賢者〟がものすごい魔法使いでな。弟子を取って自分の魔法を教えたり、魔法の勉強会を広くやったりと、魔法面において教育者的な存在なんだよ。そこにいけばなんとかなるだろ」
「なんとかなる、って…」
なんとかならなかったらどうするんだ。
俺が元の世界に戻れる日が来るのは、いつになるのか。
───
「すみません、上長」
「あン?どうした」
「先程冒険者登録をした男性のステータスの一部分に、測定不能な項目が出まして…確認してもらいたく」
「どれ…魔法の潜在能力値か…はは、てんで魔法のセンスがねえ男だな」
「いえ、四大元素の潜在能力ではなく…ここなんですけど」
「ん…こりゃなんだ?なんでここだけ測定不能…?この項目でエラーが出るなんて初めてだな。俺が調べておく。こいつの情報、預かるぞ」
「はい、お願いします」